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10. 余韻

今後も毎日投稿頑張りますので、どうかお付き合いをお願いしますm(_ _)m

 異変が起きたのは、帰り道――隣街を出てしばらく経った頃だった。


 街道脇の茂みが、不自然に揺れた。


「――来る!」


 ルミナの声とほぼ同時に、痩せた狼のような魔獣が二匹、道に飛び出してくる。灰色がかった粗い毛並みに、削げた頬。牙を剥き出しにした口元からは、絶えず低い唸り声が漏れていた。グレイウルフ、討伐推奨7等星。群れで動き、連携して獲物を仕留める習性があるとギルドの資料で読んだ覚えがあった。8等星の自分たちにとっては、一対一でも決して油断できない相手だ。まして二匹同時となれば、対応を誤れば足を掬われかねない。


「ひぃっ……グ、グレイウルフだぁ……!」


 御者台の商人が、震える声で悲鳴を上げた。


「リオン! 二匹とも来るなら、分担するぞ!」


 カイルが一匹に向かって戦斧を振り上げる。もう一匹が、商人の方へ回り込もうとするのが見えた。


 剣を抜いて素早く割り込む。驚異的な脚力で地面を蹴り、飛びかかってきた魔獣の一撃を、体をひねって受け流す。これまで積み重ねてきた実戦の感覚が、頭より先に体を動かしていた。


「リオン、危な――」


 ルミナの声が聞こえたが、それより早く、牙が眼前に迫っていた。


「フッ……!」


 短く息を吐き、地を蹴って横へ跳んだ。牙が空を切る音が、耳のすぐ側で弾ける。着地と同時に、低く保った体勢のまま踏み込んだ。相手の次の動きを読み、僅かに崩れた体勢の隙を突く。狙いを定め、切っ先を突き出す。剣先が肩口の毛皮を貫き、致命傷には至らないまでも、確かな手応えが返ってくる。怯んだところへ、間髪入れずに、流れるように首を切り裂いた。


 カイルの方も、ほぼ同時に一匹を叩き伏せていた。


「やるじゃねえか。動き、随分良くなったな」


 カイルが感心したように口笛を吹く。


 息が上がっていた。だが、僕はその死骸を見下ろしながら、小さな違和感を覚えていた。


「グレイウルフって、こんな街道近くに出るものなの?」


「いや……普通は、もっと森の奥にしかいねえはずだ」


 カイルの声にも、微かな戸惑いが滲んでいた。


「わ、私も、変だと思います……ここまで、街に近い場所に出るのは、聞いたことが、なくて」


 シエルが不安げに呟く。商人も、御者台の上で顔を強張らせていた。


「本当に、最近はどうなっちまってるんだ……」


 それ以上、誰も何も言わなかった。


 結局、それ以外は他に何かに襲われることもなく、隣街への納品も、空になった荷馬車での帰路も、大きな問題なく終わった。


「また何かあったら、お前らに頼むとするよ」


 商人はそう言って軽く笑うと、荷馬車を引いて去っていった。


「にしても、無事に戻れて良かったぜ」


「そうですね」


 僕がそう返すと、カイルは笑って戦斧を担ぎ直した。敬語に戻ってしまったのが面白かったのか、頭を軽く小突かれる。




 帰り道、ギルドに寄って報告と報酬の受け取りを済ませた。受付にいたレティシアは、グレイウルフの件を聞くと、表情を曇らせた。


「街道近くで、ですか……分かりました、記録しておきます。他にも同じような報告が、ここ数日でいくつか」


「他にもあったんですか」


「はい。今朝お話しした通りです。やはり、何かが起きているのかもしれません」


 レティシアはそう言うと、帳簿に何かを書き込みながら、小さく息を吐いた。


「大丈夫だとは思いますが……何かあれば、すぐにギルドへ」


「分かりました」


 僕がそう答えると、レティシアは少しだけ表情を緩めて頷いた。


 報告を終えて、僕らは酒場に向かって歩いていた。日はすっかり落ち、街には夜の色が広がっている。


「さっきの話、大丈夫かな。グレイウルフだけならいいけど」


 僕がそう漏らすと、ルミナが横から答えた。


「心配しなくても、私たちなら平気だよ。それに――」


 言いかけて、ルミナは一瞬だけ言葉を切った。


「それに?」


「ううん、なんでもない。とにかく、腹ごしらえしよ」


 軽い調子でそう言って、ルミナは先に歩き出した。その一瞬の間に、僕は妙な引っかかりを覚えたが、それが何なのか、うまく言葉にできなかった。


「あれ……?」


 不意に、シエルが足を止めた。


「どうした?」


「今、何か……聞こえませんでした?」


 僕らも足を止める。耳を澄ましてみたが、聞こえるのは、街の喧騒と、遠くの鐘の音だけだった。


「何も聞こえないけど」


「気のせい、かもしれません……ただ、その、森の方から」


 シエルが指差したのは、東の森――僕らが試し依頼で訪れたあの森の、さらに奥の方角だった。


 しばらく全員で耳を澄ましたが、何も起きなかった。


「気のせいだろ。飯にしようぜ」


 カイルがそう言って歩き出す。ルミナも笑いながらそれに続いた。


「そうだね、考えすぎだよ」


 その言葉に、僕も頷いた。頷いたはずなのに、なぜか胸の奥が、小さくざわついていた。




 その夜、宿の窓辺で、僕はふと外を見た。星が出ている。いつもと変わらない、静かな夜。


 だが、東の空の低い場所――森のある方角だけが、ほんの少し、翳って見えた気がした。


 雲だろうか。それとも、僕の気のせいだろうか。


 僕は窓に背を向け、自分のベッドへ戻る。隣ではカイルがもう寝息を立てていた。何気ない日常の音だ。それなのに、いつもより、少しだけ耳が澄んでいる自分に気付く。


 ベッドに横になっても、なかなか寝付けなかった。瞼を閉じても、さっき見た森の方角の翳りが、まぶたの裏にちらついている。


 気のせいだと、そう思い込む。


 壁一枚隔てた隣の部屋から、かすかな物音がした。ルミナかシエルが、まだ起きているのかもしれない。


 少しだけ耳を澄ましてみたが、それきり音は止んだ。眠れずにいるだけかもしれないし、単に寝返りを打っただけかもしれない。


 ただ、その夜を境に、街のあちこちで、少しずつ奇妙な噂が囁かれ始めることになる。

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