08. 鍵
明日も投稿します!
今後も毎日投稿頑張りますので、どうかお付き合いをお願いしますm(_ _)m
ある日の依頼の帰り、街道脇の茂みで暴れていた、犬ほどの大きさの魔獣を、四人がかりでどうにか撃退した時のことだった。
猪のように図太い体つきで牙を剥いて突進してきた魔獣は、ラッシュボア、討伐推奨7等星。カイルが正面から受け止め、その隙にルミナとシエルが側面から仕留めにかかる。僕は最後の一撃を叩き込み、決着をつけた。息を切らしながらも、動きに無駄がなくなってきている。
「よし、片付いたな」
カイルがそう言うと、拳を軽く握って、僕の前に突き出してきた。
「……何、これ」
「知らねえのか? 拳を合わせるんだよ。上手くいった時の、景気づけだ」
言われるがまま、僕は拳をぶつけた。こつん、と小さな音がする。それだけの、何でもない仕草。
「田舎じゃ、狩りの後にみんなやってたんだよ。言葉より、これの方が早いだろ」
「これから、毎回やるの?」
「毎回ってわけじゃねえけど。まあ、いい仕事した時くらいはな」
「カイルの田舎って、どんなところなんですか」
「山ばっかりのど田舎だよ。冒険者なんて洒落たもんもいなくてな、猟師と木こりばっかりだった」
「そうなんですね」
「今度、話してやるよ。長くなるけどな」
カイルは照れくさそうにそう言うと、戦斧を担ぎ直して先を歩き出す。ルミナとシエルが、少し離れたところでその様子を見ていた。
「仲良いよね、二人とも」
ルミナがからかうように言う。
「そうかな?」
シエルは何も言わず、ただ小さく微笑んでいた。
その日から、うまくいった依頼の後は、決まってカイルと拳を合わせるようになった。大した意味のない、ちょっとした習慣。それでも、こつん、という音がするたびに、胸の奥が少しだけ温かくなった。誰かと積み重ねていくものが、少しずつ増えていく。それが、たまらなく嬉しかった。
シエルとルミナは、そんな僕らを見るたびに、決まって顔を見合わせて笑った。
「今度は私たちともやる?」
ルミナが冗談めかしてそう言うと、シエルまでもが小さく頷いていた。
「わ、私も……その、興味は、あります」
「これは、男同士の話だ」
カイルがそう言って、にやりと笑った。二人はそれ以上食い下がらず、顔を見合わせてくすくすと笑い合っていた。
僕はその音を、いつまでも覚えていたいと思った。カイルの拳はいつも僕よりずっと大きく、硬い。それでも、当ててくる強さはいつも控えめで、まるで加減を心得ているようだった。
その日の夜、僕は部屋の隅で、旅装から荷物を整理していた。カイルはもうベッドで寝息を立てている。
鞄の底、いつも触れないようにしている場所に、小さな布の包みがあった。ほどくと、古びた鍵が一つと、色褪せた手紙が出てくる。母の遺品だった。
鍵に合う鍵穴を、僕はまだ見つけられずにいる。手紙には、母の字で短い言葉が綴られているだけだった。
『いつか、あなたが知るべき時が来たら』
それだけだ。何を知るべきなのか、誰から聞くべきなのか、一切書かれていない。
母の字は、丸みを帯びた優しい書体だった。何度も読み返した手紙は、折り目のところが白く擦り切れている。それだけ、僕がこの一文を、繰り返し確かめてきたということだ。
母が生きていた頃、何度か尋ねたことがある。父のことを。だが、母はいつも困ったように笑うだけで、答えをはぐらかした。今にして思えば、あの笑い方には、何か言えない事情が隠れていたのかもしれない。
それでも、母との記憶は、悪いものばかりではなかった。不器用な手つきで繕ってくれた服。夜、眠れない僕の傍らで、静かに歌ってくれた子守唄。断片的な記憶は、どれも色褪せることなく、今も鮮明に残っている。
もう、答えを聞くことはできない。
鍵を、そっと指先で撫でる。冷たい金属の感触だけが、確かにそこにあった。この小さな鍵一つが、母と僕を繋ぐ、数少ない糸のように思えた。
「――何、それ」
不意にかけられた声に、僕は思わず肩を跳ねさせた。振り返ると、戸口にルミナが立っていた。
「あ……その、母の遺品、です」
動揺すると、まだこうして敬語が顔を出す。自分でも、少し情けなくなった。
「見ても平気?」
少し迷ってから、僕は頷いた。ルミナは鍵を手に取り、しげしげと眺める。
「古い鍵、だね。どこの鍵だろ」
「分からない。母は、何も話してくれなかったから」
「お父さんのことも?」
不意打ちのような問いに、僕は一瞬、言葉に詰まった。
「……うん。何度か聞いたことはあるけど、はぐらかされて。それきり」
「そっか」
ルミナはそれ以上、踏み込んでこなかった。詮索しない、というより、ちょうどいい距離を心得ているような、そんな聞き方。
「ふうん」
ルミナはしばらく鍵を見つめていたが、やがて何も言わずに、僕の手のひらへそっと戻した。
「大事なもの、なんだね」
「うん。母が、最期に残してくれた、数少ないものだから」
「いつか、分かるといいね」
軽い調子はそのままなのに、その一言だけは、いやに真っ直ぐ僕に届いた。からかうことも、深追いすることもせず、ただそう言ってくれる。それだけで、救われた気がした。
それだけ言って、彼女は部屋を出ていった。
いつもなら、もう一言くらい茶化してきそうなものなのに。扉が静かに閉まる音を聞きながら、彼女にもまた、踏み込まれたくない部分があるのかもしれないと、ふと思った。
僕は鍵を布に包み直し、鞄の底へしまう。
しばらくの間、天井を見上げていた。カイルの寝息、窓の外を渡る風の音。何でもない夜のはずなのに、今夜はやけに、いろんなことを考えてしまう。
この鍵の答えも、父のことも、いつか分かる日が来るのだろうか。答えの出ない問いを抱えたまま、僕は静かに目を閉じた。
いつか、あなたが知るべき時。
その日が、思ったよりずっと近くにあることを、僕はまだ知らなかった。
読んでいただき、ありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願いいたします!
もっと頑張れます!




