07. 距離
正式にパーティを組んでから、最初にしたことは拠点探しだった。
「さすがに男女四人で雑魚寝ってわけにもいかないでしょ」
ルミナがそう言いながら見て回ったのは、外壁沿いにある冒険者向けの安宿だった。手持ちの資金を出し合って、隣り合った二部屋を借りることになった。片方にルミナとシエル、もう片方に僕とカイルという振り分けだ。
「まあ、駆け出しにしちゃ上出来だろ」
カイルはそう言って、自分の荷物を無造作に部屋の隅へ放り投げた。木の床がぎしりと軋む、狭い部屋だった。二つ並んだ簡素なベッドと、小さな机が一つ。生活感というにはまだ早い、殺風景な空間だ。
ここ数日は、依頼の合間に安宿を探し歩いていた。値段と場所、部屋の広さを見比べながら、四人で頭を突き合わせて相談する時間は、それだけで不思議と楽しかった。一人で暮らしていた頃には、味わったことのない感覚だった。
「狭いのは苦手ですか」
「いや、逆だな。田舎の実家がもっと狭かったから、これでも広く感じるくらいだ」
カイルはそう言って、ベッドに大の字になった。
「そっちは?」
「僕も、慣れてます。ずっと、母と二人でしたから」
母、という言葉に、カイルは一瞬だけ黙った。それから、あえて軽い調子で言葉を継いだ。
「そうか。まあ、これからは一人じゃないってことだ」
その一言が、思いのほか胸に沁みた。誰かと同じ部屋で夜を過ごすなんて、いつ以来だろう。木の軋む音も、隣で誰かが息をしている気配も、不思議と嫌ではなかった。
翌日から、簡単な依頼をいくつかこなす日々が始まった。荷物運び、街の見回り、簡単な討伐――輝度に見合った、地味な仕事ばかりだったが、こなすたびに、四人の呼吸は少しずつ合ってきているように感じた。
その日の依頼は、街道沿いに巣くうゴブリンの討伐だった。数は多くて三、四体、討伐推奨は最下級。危険度としては、これまでこなしてきた依頼とそう変わらない。
「わ、私、索敵します」
シエルが小さく杖を掲げると、淡い光が円を描いて広がった。
「……二体、います。少し先の茂みに」
「またお前の索敵頼みだな」
カイルがそう言うと、シエルは照れくさそうに、それでも心なしか誇らしげに杖を握り直した。
教えられた方向へ進むと、ゴブリンはあっさりと見つかった。人よりも一回り小柄な体に、緑がかった土気色の肌。落ち窪んだ目と、耳障りな金切り声のような唸り声を上げながら、錆びついたナイフを振り回している。カイルが真っ先に斧を振るい、僕も加勢する。数の少なさもあって、戦い自体はものの数分で片がついた。
「あっさりだったな」
カイルが戦斧を担ぎ直しながら、拍子抜けしたように笑う。
「シエルの索敵のおかげだよ。奇襲される心配がなかったから」
ルミナがそう言うと、伸びをしながら僕らの方を振り返った。
「わ、私は、ただ、みんなが強いから……」
「十分助かってます」
僕がそう言うと、シエルは照れたように俯いた。
こなす依頼のたびに、それぞれの役割が少しずつ形になっていく。カイルが前で受け止め、僕が斬り込み、シエルが索敵と援護、ルミナが全体を見て支える。まだぎこちない部分は多いけれど、噛み合う瞬間が増えるたびに、互いへの信頼が確かに積み上がっていくのを感じた。
依頼を終えた帰り道、四人並んで、夕暮れの街道を歩いた。ここ数日、こなす依頼の数だけ、こうして並んで歩く時間も増えていた。
「今日も、あっさり片付いたな」
カイルが戦斧を担ぎ直しながら、伸びをする。
「大した稼ぎにはならないけどね」
「そのうち、もっと稼げるようになるだろ。焦ることねえよ」
カイルがそう言うと、ルミナが機嫌よく笑った。
「こういうの、いいよね。何でもない話しながら帰るの」
「わ、私、家族以外の人と、こうして並んで歩くの……初めて、かもしれません」
シエルがぽつりと呟いた一言に、一瞬だけ空気が静かになった。それから、カイルが何でもないことのように言った。
「なら、これから何度でもこうして帰ればいい」
その言葉に、シエルは目を丸くしてから、小さく、けれど確かに頷いた。
和んだ空気のまま、カイルがふと思い出したように僕を見た。
「そういや、リオン。お前、いつまでその喋り方するつもりだ?」
「喋り方、ですか」
「その敬語だよ。もう仲間だろ、俺らは。もっと気楽に話せばいいのに」
「そう、言われましても……」
「ほら、練習だ。俺のこと、呼び捨てにしてみろ」
急に言われて、僕は口ごもった。
「カ、カイル……さ……」
「さん、はいらねえよ」
「……カイル」
やっとのことで、名前だけを口にする。柄にもなく、心臓が少し速くなった。
「よし、上出来だ」
カイルは満足そうに笑って、僕の頭をくしゃりと撫でた。
「ちょ、子供扱いしないでくだ――しないでよ」
言い直した語尾に、自分でも驚く。ルミナが吹き出した。
「今の、いい感じじゃない」
「そ、そうですか?」
「ほら、また出た」
「あ……」
指摘されて、頬が熱くなる。それでも、悪い気分ではなかった。
「まあ、いいさ。焦らなくても、そのうち慣れる」
カイルはそう言うと、それ以上茶化さずに、話題を変えた。そのさりげなさが、かえってありがたかった。
その日をきっかけに、僕の言葉遣いは、少しずつ変わっていった。気を抜くとすぐに敬語へ戻ってしまうけれど、みんなと話す時には、前よりずっと、肩の力が抜けるようになった。もっとも、シエルの方は相変わらず、僕にも敬語のままだったけれど。
思えば、母が死んでからずっと、自分の言葉遣いを気にしたことなんてなかった。誰かと話す機会そのものが少なかったからだ。それが今は、呼び方一つで冷やかされ、照れくさい思いをする。
宿へ戻る道すがら、僕はふと思った。こんな時間が、いつまでも続けばいい、と。
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