06. 足音
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「行きましょう!」
僕は二頭の山羊の縄を握ったまま、シエルと共に音のした方角へ走った。
音のした方向、開けた草地の隅で、最後の一頭が追い詰められていた。取り囲んでいるのは、犬ほどの大きさの獣が十匹近く――コボルトの群れだ。灰褐色の粗い体毛に覆われ、犬とも人ともつかない歪な顔つきをしている。二本の足で立ち、節くれ立った手には、それぞれ粗末な棍棒や石斧のようなものを握っていた。一匹一匹は討伐推奨最下級、8等星でも十分に対処できる相手だが、これだけの数となると話は別だった。ルミナが一匹を相手取り、残りはカイルが一人で食い止めていた。
「十匹近くか。ちと骨が折れるな……!」
カイルが斧を振るい、群がる何匹かを牽制する。それでも、囲みきれない数が、じりじりと間合いを詰めていた。
「シエル、山羊を!」
叫ぶと同時に、僕は握っていた二頭分の縄をシエルの手に押し付け、剣を抜いて駆け出していた。
「わ、分かりました……!」
シエルが、怯えて動けなくなっている最後の一頭に縄をかけ、他の二頭と一緒に、慌ただしく戦線の外へ連れ出していく。その背中を見届ける余裕もなく、僕はカイルの隣に並んだ。
「カイル、そっちは!」
「まだ、いける!」
二人がかりで、群れの半数以上を引き受ける。剣を振るうたび、コボルトが怯み、後退る。数の暴力に押し潰されそうになりながらも、なんとか持ちこたえていた。
一匹が横合いから飛びかかってきた。反応が一瞬遅れる。石斧の切っ先が頬をかすめ、鈍い痛みが走った。
「危ねえ、油断すんな!」
カイルの怒声に、僕は慌てて体勢を立て直す。仲間がいるということは、守られるだけじゃない。誰かに気にかけてもらえる分、油断すれば迷惑をかけることにもなる。
息が上がる。汗が目に染みる。それでも、隣にカイルがいるというだけで、一人で戦っていた時とは比べ物にならないほど、心強かった。
ルミナは、自分に向かってきた一匹だけを、短剣で的確に仕留めていた。それ以上は深追いせず、周囲の様子に目を配っている。回復役としての立ち位置を、崩さないままだった。
しばらくして、山羊を安全な場所まで避難させ終えたシエルが、戦場に駆け戻ってくる。
「わ、私も、援護します……!」
杖を構え、「――ライトショット!」 叫ぶと同時に、群れの一角に光弾を放つ。狙いは逸れ、直撃はしなかったが、爆ぜるような音と光に、残っていたコボルトたちが怯んで後ずさった。
「今だ!」
その隙を突いて、カイルと僕とで、残る数匹を一気に追い散らす。
数の分だけ、戦いは長引いた。一撃で仕留めきれず、二の太刀、三の太刀を重ねて、ようやく一匹が沈む。まだ浅い剣筋を、経験のなさが如実に物語っていた。僕たちはまだ弱い。それでも、じりじりと押し切るようにして、群れは次第に数を減らし、やがて残った数匹も、戦意を失って森の奥へ逃げていった。気づけば、あれほど高かった太陽が、いつの間にかずいぶんと傾いていた。
牧場へ山羊を送り届けると、老いた牧場主が何度も頭を下げて礼を言ってきた。
「本当に、助かりました。皆さんのおかげです」
「いえ、依頼ですから。無事に見つかってよかったです」
老爺は皺だらけの顔をくしゃりと歪めて、何度も頭を下げた。その様子に、じんわりと温かい気持ちになる。
依頼票に判を受け取り、僕らはギルドへの帰り道を歩いた。橙色に染まる道を、四人で並んで歩く。ただ、誰かと同じ歩調で帰るというだけのこと。でもこんなにも心地よい。
「にしても、あんなに湧くとはな……肝が冷えたぜ」
カイルが夕焼けを見上げながら呟く。
「ですね」
「十匹近くも、よく凌いだね。危なかったよ」
「カイルさんが半分以上引き受けてくれたので。僕は、正直夢中でした」
「いや、お前も大概踏ん張ってたろ」
カイルがそう言って、僕の肩を軽く叩いた。手のひらの熱が、じんわりと肩に残る。誰かにこんなふうに認められるのは、いつ以来だろうと、ふと思った。
「わ、私の光弾も、少しは役に立ちましたか……?」
「もちろんです。あそこで怯んでくれなかったら、もっと長引いてました」
僕がそう言うと、シエルは何度も瞬きをして、それから小さく「そう、ですか」とだけ返した。
ルミナは少し後ろを歩きながら、そんな僕らを眺めて、楽しそうに目を細めていた。
「じゃ、決まりだね」
「何がです?」
「正式加入。今日ので、はっきりしたでしょ」
ルミナはそう言って、カイルとシエルの顔を順に見た。
「俺は異論ないぜ」
「わ、私も……よろしく、お願いします」
二人の返事に、ルミナは満足そうに頷いた。
「ってわけで、リオン。書類、追加で書いてもらうことになるけど」
「はい。――よろしくお願いします!」
自分の声が、思ったよりもはっきりと出たことに、少し驚いた。
その足でギルドに寄り、正式なパーティ登録の手続きを済ませた。受付にいたレティシアは、書類に並んだ四人分の名前を見て、少しだけ表情を緩めた。
「無事に、まとまったんですね」
「はい。おかげさまで」
「よかったです」
それだけ言うと、レティシアはいつもの事務的な態度に戻り、書類に判を押していく。それでも、その一言には、僕たちの行く末を案じてくれている、そんな確かな温度があった気がした。
手続きを終えて外に出ると、日はすっかり暮れていた。
「よし、今日は決起会だな! 朝まで飲み明かすぜ」
カイルが景気よく声を上げる。
「わ、私も、ご一緒していいですか……?」
「当たり前でしょ、私たちはもう『パーティ』なんだから」
ルミナが笑いながらシエルの背中を軽く押した。
四人で連れ立って、行きつけになりつつある通りを歩き出す。誰かの軽口に誰かが笑い、また誰かがそれに乗っかる。ただそれだけのやり取りが、今の僕には何より貴重なものに感じられた。
四人分の足音が、夕暮れの道に重なって響いていた。
誰かとまた一緒にいられる。それだけのことが、こんなにも心強い。
ようやく、僕の「冒険」が、本当の意味で始まった気がした。
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