05. 波紋
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約束の日、僕らは四人でギルドの掲示板前に集まった。
「さて、どれにしよっか」
ルミナが並んだ依頼票を眺めながら、楽しげに指を滑らせる。
「わ、私は……その、実戦は、まだ、したことがなくて……足を、引っ張らないか、心配で」
「大丈夫だって。無理はさせないから」
ルミナはそう言って、一枚の依頼票を抜き取った。
「これなんてどう? 東の森、はぐれた家畜の捜索。牧場から逃げ出した山羊が三頭。半日仕事だね」
依頼票の隅には、小さく「推奨輝度:8等星以上」と書かれている。
冒険者の強さは、輝度という単位で測られる。8等星が最弱で、1等星が最強。数字が小さくなるほど、格上ということになる。
もっとも、上を目指すほど道のりは長くなる。カイルいわく、周りの先輩冒険者には6等星、5等星まで上り詰めた者もいるというが、それでも8等星の僕にとっては、まだ途方もなく先の話に思えた。まして1等星ともなれば、名前を挙げられる者すら数えるほどしかいない、いわば生ける伝説だ。
依頼にはそれぞれ推奨輝度が設定されていて、その釣り合いが取れていないほど、危険度は跳ね上がる。
あの日のクリムゾンベアが討伐推奨5等星だったことを思えば、今回の依頼がどれだけ身の丈に合っているかが、いやでも分かる。
輝度は、ギルド備え付けの水晶――星紋鏡に触れることで測定される。同時に、その人が持つ固有のスキルも、水晶によって自動的に可視化・登録される仕組みだ。何を持って生まれたかは、自分では選べない。ただ、水晶に映し出されるのを待つだけ。
「地味な依頼だな」
カイルが欠伸交じりにそう言った。
「地味だからこそ、なんでしょう?」
僕が言うと、ルミナは満足げに頷いた。
「そういうこと」
ルミナが頷くと、シエルがおずおずと手を挙げた。
「わ、私、山羊を見つけるくらいなら……索敵の魔法、少し使えます」
シエルが、ぼそぼそと、それでもはっきりと申し出た。
「頼りにしてるぜ」
カイルがそう言うと、シエルは驚いたように顔を上げ、それからまた俯いた。だが、口元は少しだけ緩んでいた。
東の森は、僕がクリムゾンベアと遭遇したあの森とは反対側にある。木々の背は低く、朝の光がまだらに地面へ落ちていた。危険度が低いというのは本当らしく、空気そのものが穏やかだった。あの日の緊張感が嘘のように、鳥のさえずりが遠くから聞こえてくる。
森に入る前、牧場に立ち寄って、逃げた山羊を引くための縄を分けてもらっていた。
「じゃ、手分けしようか。リオンとシエルは北側、私とカイルは南側。何かあったら、これで合図」
ルミナが取り出したのは、装飾のない、筒型の小さな笛だった。
「危ないことがあったら長く一回。見つけたら、短く二回。分かりやすいでしょ」
「わ、分かりました」
僕とシエルは北側の茂みへ向かった。二人きりで歩くのは、これが初めてだった。何を話せばいいのか分からず、しばらくは足音だけが響いていた。
歩き出してすぐ、シエルが小さく杖を掲げる。「――サーチライト」 囁くような詠唱と共に、淡い青の光が、円を描くように広がって消えた。
「……この辺りに、反応、あります。一つ」
「すごいですね、その魔法」
「そ、そんな……これくらい、誰でも」
「誰でもは、できないと思います」
シエルは何か言いかけて、結局何も言わずに、ただ頬を赤くして俯いた。歩きながら、僕はふと尋ねた。
「魔法の勉強、いつから?」
「物心ついた頃、から、です。親が、その、学者だったので……家に本しかなくて」
「羨ましいです。僕は、剣を握ることしか知らなくて」
「そんな、ことは……リオンさんは、リオンさんの得意なことが、あると思います」
シエルは俯きがちに、それでもはっきりとそう言った。その一言に、僕は少し驚いた。人見知りな彼女が、こんなふうにまっすぐ言葉をかけてくれるとは思っていなかった。
「ありがとうございます」
「い、いえ……その、思ったことを言っただけ、なので」
照れくさそうに視線を逸らすシエルの横顔を見ながら、僕はこの人ともう少し話してみたいと、素直にそう思った。
「シエルさんは、どうして冒険者に?」
「その……小さい頃から、魔法の才能があるとは、言われていて……本で読んだことを、実際に試してみたくて。学者になる道も、あったんですけど……」
シエルは言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「机の上だけじゃ、分からないことが、あるんじゃないかって。そう、思ったので」
意外な答えだった。人見知りで気弱そうな彼女の中に、そんな芯があるとは思っていなかった。
「格好いいと思います、その考え方」
「か、格好いいだなんて……そんな、大した話じゃ」
シエルは慌てたように俯いてしまったが、その口元は、確かに緩んでいた。
茂みの奥から、小さな鳴き声が聞こえたのは、それからすぐのことだった。
白い山羊が一頭、木の根に脚を取られて動けずにいる。
「い、いました……!」
シエルが声を上げると同時に、僕は駆け寄って山羊の脚を根から外した。持っていた縄を首にかけると、山羊は暴れながらも、思ったより素直に大人しくなった。
「大丈夫、もう平気ですから」
声をかけると、山羊はさらに落ち着いた様子を見せた。
シエルが懐から笛を取り出し、短く二回、澄んだ音を鳴らす。
「あと、二頭、ですね」
「はい。この調子で――」
僕がそう言うと、シエルはもう一度、杖を構えた。淡い光がまた円を描いて広がる。
「……もう一つ、反応、あります。すぐ近くに」
「探しましょう」
教えられた方向へ進むと、程なくして、茂みの隙間から二頭目の白い姿が見えた。呑気に草を食んでいる。逃げ出す隙も与えず、僕は縄をかけた。
「あっさり、ですね」
「シエルさんの索敵のおかげです」
僕がそう言うと、シエルは俯きながらも、口元を緩ませた。
「あと一頭……」
「はい。この調子なら――」
言いかけながら、シエルが合図を送ろうと笛を口元に運んだ、その時だった。
南の方角から、長く一度、笛の音が響いた。
「――危険信号」
二人の間から、一瞬で和んだ空気が抜け落ちた。
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