33. 手札
朝食を終えると、僕らはそのままギルドへ向かった。受付で借用の手続きを終えたカイルの案内で通されたのは、外壁沿いに広がる訓練場だった。
「冒険者登録さえしてれば、誰でも借りられるんだと。有料だけどな。レティシアさんに聞いた」
「それでも、こういう場所があるだけ助かるよね」
ルミナがそう言って、大きく伸びをした。
等間隔に並んだ木人、革張りの大型ダミー、離れた壁際には的当て用の的まで揃っている。こんな場所があったなんて、知らなかった。
朝の澄んだ空気の中、遠くで剣を打ち合う音が響いている。まだ肌寒さの残る風が、頬を撫でた。
「じゃあ、まずは俺から行くぜ。リオン、構えろ」
カイルが戦斧を構える。僕は剣を抜いて向き合った。
「――手加減、してよね」
「お互い様だろ」
カイルの一撃が横薙ぎに振るわれる。水晶で感じたあの技の感覚が、体を突き動かした瞬間、剣は自然と刃を迎えていた。受け流す感覚と同時に、視界がわずかに開ける。
「――リポストレイジ」
剣を返す動きに、自然と力が乗る。反撃の一閃がカイルの戦斧を弾き飛ばす。戦斧は大きく弧を描いて、カイルの背後の地面に深々と突き刺さった。返す刃の切っ先が、そのままカイルの首筋の寸前で止まる。
「おいおい、マジかよ」
丸腰になったカイルが、両手を軽く上げてみせた。
「今の、すごい迫力でした……」
シエルが小さく拍手をする。カイルは苦笑いを浮かべながら、衝撃で痺れの残る手を、何度か振っていた。
「くそ、まさか丸腰にされるとはな。手加減してくれと言うべきだったのは、俺の方だったな」
「ご、ごめん……」
予想外の切り返しに、動揺した声がつい裏返る。ルミナがくすくすと笑い声を漏らす。
「そういえば、まだ試してない技があって」
「へえ、それも見せてよ」
三体の木人に囲まれるように、その真ん中に立つ。剣を強く握り直した。
「――ピアクルムサークル!」
剣を軸に、体が独楽のように一回転する。軌道上にあった三体の木人、それぞれの表面に、斬撃の跡が刻まれた。
「へえ、囲まれても慌てなくて済みそうじゃん」
ルミナが、感心したように目を丸くした。
「よし、俺も負けてられねえ」
カイルは地面に刺さった戦斧のもとまで歩いていくと、柄を引き抜いて軽く担ぎ直し、等間隔に並んだ木人の正面に立った。
「あの木人、頑丈な魔法がかけられてるから、多少殴っても壊れないってレティシアさんが言ってた。遠慮なくいくぜ」
そう言うと、戦斧を大きく頭上へ振りかぶる。
「――喰らえっ、グラヴィスブロウ!」
振り下ろされた刃が、地面を割るように叩きつけられた。地響きにも似た音と共に、衝撃が扇状に広がり、正面に並んだ木人が次々と大きく揺れる。表面には、幾筋もの深い亀裂が走っていた。
「これなら、群れの中に突っ込んでも、纏めて薙ぎ払える」
「すごい……木人が、何体も一斉に……」
シエルがそう言うと、ルミナも小さく口笛を吹いた。
「頼もしいね」
そう言ってから、カイルは声を少し落とした。
「――もう一つ、水晶で感じた技があるんだけどよ。名前は『デヴォティオストライク』……らしい」
「どんな?」
「防御を捨てる代わりに、攻撃が跳ね上がる。怯みもしなくなるみたいだ」
「使いどころは、難しそうだね」
「けど、それだけの威力があるってことだろ? いざって時の切り札があるのは、悪くない」
「頼りにしてます」
シエルが、はにかむように微笑む。ルミナも、面白がるように口の端を上げた。
「うちのタンク、思ったより頼れるじゃん」
その言葉に、僕も小さく頷いた。まだ見ぬその技の姿を、少しだけ楽しみに思いながら。
「じゃあ、次は私の番」
ルミナが進み出て、木人の一つに指先を向ける。
「――フィスラマーク」
人形の表面に、淡い紫の光が一瞬走った。
「これで、木人の防御は下がってるはず。試しに、殴ってみて」
言われるまま、カイルが軽く一撃を入れる。普段の一撃よりも、明らかに深く木の表面がえぐれた。
「おお、本当だ」
「これくらい、朝飯前だから」
得意げに笑うルミナを見て、僕もつられて笑った。今日は、ただ純粋に、みんなの成長を喜べる日だった。パーティ全体の火力を底上げする、縁の下の力持ちのような支援技。ルミナらしい、と思った。
「――あと、水晶で感じた技が、もう一つあるんだけどね」
「まだあるの?」
「『ヴィタサークル』。自分を中心にして、その場にいる仲間全員を回復する技。スキルだから詠唱はいらないんだけど……感覚的に、続けて何度も撃てるものじゃなさそう」
「すごい……緊急の時、頼りになりそうです」
「――あと、実はもう一つ。こっちはスキルじゃなくて、勉強して覚えた魔法」
「勉強……?」
「『ピュリファイ』。出血とか毒とか、普通のヒールじゃ治せない状態異常を取り除く魔法。こっちは詠唱が必要だけどね」
「いつの間に、そんな……」
「そういえば、前にちょっと出かけてた日、ありましたよね?」
シエルの一言に、カイルが得心したように頷いた。
「ああ、あれか。てっきり、野暮用だとばかり」
「まあ、そんなとこ」
ルミナは、いつもと変わらない調子でそう言うと、軽く笑ってみせた。
「今日はどっちも効果を感じられないだろうから見せないけどね。実戦で、ちゃんとお披露目するよ」
「最後は、私です」
シエルが杖を掲げ、静かに息を整えて集中すると、詠唱を始めた。
「――ラディアントウォール」
淡い金色の光が僕らを包み込み、肌の表面に薄い膜が張るような感覚が走った。
「――スターマイト」
もう一つの光が重なると、握った剣の柄に、力がみなぎるような感覚が加わる。
「おお……なんか、体が軽い」
カイルが自分の腕を見下ろし、驚いたように呟いた。ルミナも興味深そうに、自分の手のひらを握ったり開いたりしている。僕の腕にも、いつもより力がこもっているのが分かった。まるで、体の奥からほんの少し強くなったような、不思議な感覚だった。
「二つとも、パーティ全体にかかる魔法なんです。マナの消費は、結構大きいですけど……」
俯きがちに説明するシエルの声には、確かな誇らしさが滲んでいた。
「シエル、すごいじゃん」
「あ……ありがとう、ございます」
照れくさそうに俯くシエルを見て、カイルが笑う。
「――あと、一つだけ」
シエルが、ふと表情を引き締めて言った。少し離れた場所に立つ木人へ、真っ直ぐに向き直る。カイルの一撃を受けてもなお、崩れずに立っている木人だった。
「――コンセントレート」
一瞬、シエルの周囲の空気が張り詰める。纏う気配が、明らかに変わった。
「――遥かなる星よ、その光を、この手に」
杖の先に、無数の光の粒が集まっていく。前に見た時よりも、渦の勢いは明らかに増していた。
「――アストラルバースト!」
解き放たれた光が、木人を呑み込む。轟音と共に、木人が跡形もなく砕け散った。
ルミナが、珍しく言葉を失っている。カイルも、口を開けたまま固まっていた。
「え、それ反則じゃない?」
「このスキル、直後に使う魔法の威力と精度を底上げしてくれるんです。ただ、連続では使えないので……その一発に懸けるしかなくて」
シエルが、少し照れくさそうに、それでいてどこか誇らしげに笑った。
「……弁償、俺らの財布でどうにかなるかな」
カイルが、乾いた声でそう呟いた。
一通り試し終えた頃には、日はすっかり高く昇っていた。それぞれの新しい力は、まだ完全に使いこなせてはいない。それでも、何かが確かに変わり始めていた。
「これなら、次はもっと、うまくやれる気がする」
カイルの言葉に、僕らは自然と頷き合った。
「次は、ちゃんと実戦で試してみたいですね」
シエルの言葉に、みんなが顔を見合わせて頷いた。まだ知らない自分たちの力を、これから少しずつ、確かめていくことになる。
それは、少し怖くて、それ以上に、待ち遠しいことだった。
まだ気づいていない何かが、僕らの中には、他にもきっと眠っている。それを知る日は、そう遠くないはずだ。
汗を拭いながら見上げた空は、来た時よりも、ずっと澄んで見えた。
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