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31. 帰路

 下山の道のりは、思っていたよりも長く感じられた。


 前線基地に戻り着く頃には、日はすっかり落ちていた。担架を追うようにして辿り着いた基地は、負傷者の呻き声と、慌ただしく行き交う人の気配とで、いつも以上に騒然としていた。


 ガイウスの遺体は、彼のパーティの天幕へと運ばれていく。僕らも、後を追うようにしてついていった。


 天幕の前で、ガイウスのパーティの仲間たちが、僕らを迎えた。誰も、言葉を発さなかった。ただ、力なく項垂れ、それぞれのやり方で、喪失と向き合っているようだった。


「――お前らが、あいつの最期に、一緒にいてくれたのか」


 やがて、パーティの一人が、掠れた声でそう言った。責める響きはなかった。ただ、確かめるような、そんな声だった。


「はい……最後まで、僕らを守ってくれました」


 それだけ言うのが、精一杯だった。相手は小さく頷くと、それ以上は何も聞かなかった。


「――あいつらしいな。昔から、そうだった」


 それから、彼は少しだけ目を細めた。


「あいつ、お前らの話をよくしてたよ。真っ直ぐで、危なっかしい奴らだ、目が離せねえ、ってな」


 笑っているのか、泣いているのか、判然としない声色だった。カイルが、堪えるように奥歯を噛みしめる。


 その一言に、僕は何も返せなかった。ただ、頭を下げることしかできなかった。


 天幕の隅に、あの大剣が、静かに立てかけられていた。血に濡れたままの刃が、篝火の灯りを鈍く弾いている。二度と、その持ち主の手に握られることはない。


 それぞれの天幕へ引き上げてからも、僕らはしばらく、口を開かずにいた。カイルの拳には、まだ僅かに震えが残っていた。




 基地での数日を経て、隊列は、ルクスガルドへの帰路についた。


 出立の前、セドリックが、僕らのもとへ立ち寄った。


「今回の件、報告書には皆さんの功績として、正式に記録しておきます。……それと」


 彼は、いつもの気安さを、無理やり装うように、眼鏡の位置を直した。


「ガイウスさんのこと、残念です。街に戻られたら、また」


 それだけ言うと、彼は一礼して、他パーティの方へと去っていった。最後まで、その仮面を、脱ごうとはしなかった。


 行きは十日以上かけた道のりを、帰りは、驚くほど短く感じた。誰もが口数少なく、それぞれの喪失を抱えたまま、街道を戻っていく。道中、カイルの故郷の村の近くを通り過ぎる時も、誰も、立ち寄ろうとは言い出さなかった。今は、その余裕さえ、なかった。


 ルクスガルドの外壁が見えてきた頃には、あれから、十日近くが過ぎていた。


 門をくぐると、行き交う人々の、いつも通りの喧騒が耳に飛び込んでくる。笑い合う露店の店主、はしゃぐ子供たち。何も変わっていないその光景が、今は、ひどく遠いものに感じられて。




 ギルドに戻ると、レティシアが真っ先に駆け寄ってきた。


「――皆さん、よくぞご無事で」


 その顔が、僕らの様子を見て、みるみる曇っていく。


「……ガイウスさんは」


 誰も、すぐには答えられなかった。それが、何よりの答えだった。


「そう、ですか」


 レティシアは、それだけ言うと、しばらく俯いたまま、動かなかった。やがて、静かに顔を上げる。目元は、赤く染まっていた。


「あれほどの手練れの方を亡くすなんて……ギルドにとっても、大きな痛手です。それに何より……皆さんが、こんなにも辛い思いをされて」


 レティシアはそう言うと、手の甲でそっと目元を拭った。それから、いつもの事務的な態度を無理やり取り戻すように、小さく咳払いをする。


「――手続きを、進めますね」


 事務的な報告書に、彼女は、いつもよりずっと時間をかけて、丁寧に文字を綴っていった。


 報告を終えた後、輝度の再測定をすることになった。星紋鏡に、四人揃って、順番に手を触れていく。


「カイルさん、シエルさん、リオンさん、ルミナさんも――皆さん揃って、6等星です」


 レティシアの声に、誰も、素直に喜べなかった。


「わ、私も……ですか」


 シエルが、消え入りそうな声でそう呟く。誇らしさよりも、戸惑いの方が大きいようだった。


「――上出来だ、とは思うが」


 カイルも、力なくそう漏らすだけで、いつものような快活さはなかった。


「――四人揃って上がるとはね」


 ルミナだけが、いつもの調子でそう言って、笑ってみせる。その笑顔は、いつもより、少しだけ硬かった。


「輝度が上がったところで、何も、変わらないですね」


 僕がそう漏らすと、レティシアは、静かに首を振った。


「そんなことは、ありません。皆さんが積み重ねてきたものは、確かにここにあります。……その力は、これから先も、誰かを守るために使われるはずです」


 その言葉に、僕は、ガイウスの最期の一言を思い出していた。


 ……守れて、良かった。


 水晶に浮かんだ『???』の文字を、僕はしばらく見つめていた。この文字の意味と、ガイウスを失った代償とが、頭の中でどうしても結びつかない。




 ギルドを出ると、傾いた陽が、街並みを橙色に染め上げていた。何百回と歩いてきたはずの帰り道なのに、今日だけは、誰の足取りも重かった。


 カイルが、拳を軽く握って、僕の前に突き出してくる。


「――俺たちは、もっと強くなる。誰も、死なせやしねえ」


 その言葉に、頷き返す。こつん、と小さな音が響いた。


 それだけのことで、僕らは、また一歩、前へ進めるような気がした。


「――また、そんな迷子みたいな顔」


 隣を歩いていたルミナが、ふと、そう声をかけてくる。いつもの軽口のはずなのに、その声には、微かな優しさが滲んでいた。


「――そんな顔、してないよ」


 むきになって返すと、ルミナは肩を竦めて笑った。


「顔に、出やすいタイプだからね」


 それだけ言うと、ルミナは、先に立って歩き出す。その背中を追いながら、僕は、さっきのカイルの言葉を、もう一度、胸の内で繰り返していた。


 もっと、強くなる。次こそは、誰も失わない。


 夕闇が落ちる空に、星が一つ、また一つと灯り始めていた。

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