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03. 助走

しばらくは毎日投稿頑張りますので、どうかお付き合いをお願いしますm(_ _)m

 ギルドの申請用紙に名前を書き終えた僕を、レティシアは複雑そうな顔で見ていた。


「……本当によろしいんですか、これで。まだ今日会ったばかりですよね」


「その……流れで、決まってしまったので」


「決まったのは、この方が勝手に決めただけでは」


 もっともな指摘だった。咎めるというより、心配しているような声色だった。だが、隣でルミナが満面の笑みを浮かべているのを見ると、今さら覆せる空気でもなかった。


 ギルドの窓から差し込む夕暮れの光に、銀色の髪がやわらかく透けている。長い前髪の一房が右目にかかり、覗いているのは紫色の瞳一つだけだった。それでも、屈託なく細められた印象は変わらない。年上なのは間違いないだろうが、一つか二つ、というところだろうか。僕より10セイルほど背が高く、それでもどこか大人びた雰囲気を感じるのは、身のこなしのせいかもしれない。今年で15になる僕は、まだ伸びしろがあるはずだと、柄にもなく自分に言い聞かせた。


「決まりだね! よろしく、リオン」


「……よろしくお願いします」


 名乗った覚えはなかったが、いつの間にか申請用紙から僕の名前を読み取られていたらしい。妙に距離感が近い人だ。


 昨日まで、僕は誰にも必要とされない8等星の一人だった。それが今は、こうして誰かの隣に立っている。手続きの書類に並んだ「ルミナ・ヴェスカ」の文字と、その隣にようやく書き込んだ自分の名前を、僕はしばらくの間、ぼんやりと見つめていた。


 書類を受け取ったレティシアは、端を軽く整えると、事務的な仕草で綴じ込んでいく。


「パーティ、このままだと二人でしょ。さすがに心もとないから、あと二人くらい欲しいところだよね」


「二人、探すあてがあるんですか?」


「あてがないなら、作ればいいんだよ」


 ルミナはいたずらっぽい笑みを浮かべてそう言うと、ギルドの受付に置かれていた紙を勝手に一枚取り、備え付けのペンでさらさらと何かを書き始めた。


「パーティメンバー募集。前衛・後衛、職種問わず。駆け出し歓迎。集合場所――」


「ちょ、勝手に決めないでください」


「いいじゃん、勢いも大事でしょ」


 レティシアが呆れたように眉を寄せる。


「……本当に、自由な方ですね」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


 軽やかに言い返すルミナに、レティシアは小さく息を吐いただけで、それ以上は何も言わなかった。慣れているのかもしれない。


「ねえ、リオンも一言書く?」


「い、要らないです……」


「照れなくても」


「照れてません!」


 軽く言い合ったところで、ルミナは涼しい顔で紙を書き上げてしまう。口を挟む隙すら、最初からなかったのかもしれない。


 止める間もなく、ルミナは書き上げた紙を掲示板に貼り付けてしまった。集合場所には、ギルドから目と鼻の先にある酒場の名前と、五日後の日付が指定されている。「エンバーグロウ」――そう書かれていた。


 ――こうして、僕は五日後の顔合わせに付き合わされることになった。




 その間も、依頼はいつも通りにこなした。薬草採取、荷運び、街道の見回り――どれも一人でやれる範囲の仕事ばかりだったが、剣を握るたびに、あの日の重い手応えがふと蘇る。


 誰かと組む、ということが、僕にはまだ実感として掴めずにいた。母を亡くしてから、頼れる相手も、頼られる相手もいなかった。急に増えた選択肢に、戸惑う気持ちの方が大きかった。それでも、掲示板に貼られたあの紙を見返すたび、少しだけ、胸の奥がそわそわした。


 依頼の帰り道、ギルドの片隅で、僕と同じ8等星の紋章を付けた青年を見かけたことがあった。彼もまた一人だった。挨拶を交わすでもなく、ただ黙々と依頼票を選んでは出ていく。かつての自分を見ているようで、妙に落ち着かない気分になった。


 あの人にも、誰かと並ぶ日は来るのだろうか。そんなことを考えながら、僕は掲示板の前を通り過ぎた。


 夜、宿の一室で剣の手入れをしながら、ふと、あの日の重い一撃を思い出す。手のひらに残る、あの一瞬の熱。あれが何だったのか、確かめる術は今もない。それでも、悪いことのようには思えなかった。


 五日の間、依頼をこなしながらも、頭の片隅にはずっと「エンバーグロウ」という店の名前がちらついていた。どんな人が来るのだろう。誰も来なかったらどうしよう。そんな益体もないことを考えているうちに、約束の日は、あっという間にやってきた。




 この街、ルクスガルドは、街の中心に「星紋の泉」と呼ばれる聖地を戴く、放射状に広がる巨大な街だ。太古の昔、星霊が最初に降り立った場所とされ、星紋鏡を管理する神殿組織の本部もそこにある。中心に近いほど、神殿関係者や裕福な家柄の住まいが並び、その外側には市場や一般住民の居住区、職人街が広がっていた。


 ギルドや冒険者向けの宿、酒場は、それよりさらに外側――外壁沿いに集まっている。街を出てすぐ依頼に向かえるようにという、実利的な配置だ。外壁の向こう側は、僕自身あまり近づいたことのないスラムだと聞いていた。


 その伝承の真偽のほどは分からないが、神殿組織があれほどの威厳を保っていられるのも、聖地の存在あってのことなのかもしれない。


 ギルドを出て、外壁沿いの通りを歩く。夕暮れ時のこの時間、職人街の方角からは、鍛冶場の火の匂いが風に乗って流れてくる。行き交う人々の格好も、中心に近い区画とは随分違う。動きやすさを優先した装備の冒険者や、荷を担いだ商人の姿が目立った。


 通りの向こうに、軒先のランタンがぼんやりと灯る建物が見えてくる。あれが、エンバーグロウだろうか。近づくほどに、店の中から漏れる話し声や、食器の触れ合う音が、少しずつ大きくなっていく。


 目的の店が近づくにつれ、柄にもなく、鼓動が速くなるのを感じた。どんな人が待っているのか。それとも、誰も来ないのか。考えたところで答えは出ないと分かっていても、足を止めることはできなかった。


 扉に手をかける前に、一度だけ深く息を吸う。これから始まるものが何なのか、まだ僕には分かっていなかった。

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