↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/35

29. 背中

 ガイウスの背中が、迫りくる巨躯へと、まっすぐに向かっていく。


「――待って、ください……!」


 僕は叫びながら、なおも足を動かした。息が切れる。それでも、止まるわけにはいかなかった。


「リオン、俺も行く!」


 カイルが、傷ついた体を引きずるようにして、僕の後を追ってくる。シエルとルミナも、悲鳴じみた声を上げながら、続いていた。


 なおも群がる魔獣が、行く手を阻む。


「――ウィンクルムクラッド!」


 カイルが声を振り絞ると、足元から鎖の幻影が伸びた。負傷した体のせいか、いつもより弱々しい鎖だったが、それでも数体の視線を引き寄せるには十分だった。


 その隙に、カイルは戦斧を振るい、群がる魔獣を一体、また一体と薙ぎ払っていく。満身創痍のはずの体のどこに、まだそれだけの力が残っていたのか。


「わ、私も――アストラルバースト!」


 シエルの杖から放たれた光の柱が、行く手を阻んでいた魔獣の群れへ降り注ぐ。悲鳴じみた唸り声があちこちで上がり、道が開けた。




 その時だった。


「あれを見ろ……!」


 誰かの声が、戦場に響いた。


 異形の個体の後ろ――抉れた岩盤の中心に、それはあった。


 禍々しい紫の光を纏った、黒い杭。人の腕ほどの太さのそれが、地面に深々と突き立てられ、まるで心臓のように、脈打つような明滅を繰り返している。異形の個体は、その杭を背にするようにして、行く手に立ち塞がっていた。他の魔獣たちもまた、力尽きてなお、群れの意志であるかのように、この一点を守ろうとするように群がっている。


「あれが……原因か……!」


 誰かが、掠れた声でそう呟いた。


 重装の鎧を纏った、一際大柄な戦士――他パーティの中でも、随一の膂力を誇ると言われる重装の戦士が、群れの隙間を強引にこじ開け、大剣を大上段に構えて杭へと斬りかかった。


「――ぬんんんんっ!」


 渾身の一撃が、杭を捉える。


 金属同士がぶつかったような、甲高い音が響く。


 だが、杭には、傷一つついていなかった。


「――なんだと……!」


 重装の戦士が、信じられないという顔で、自分の大剣を見つめる。刃こぼれ一つない一撃が、まるで鋼鉄にでも弾かれたかのように、何の効果も及ぼしていなかった。


 異形の個体が、苛立たしげに咆哮を上げる。ガイウスは、その巨躯とほぼ同時に接敵していた。


「――くそっ……!」


 僕は、がむしゃらに手を突き出し、スキルを発動していた。


「――ノヴァインペラトル!」


 放たれた銀白色の光が、杭を貫いた。


 その瞬間、杭の表面に、亀裂が走った。


「――嘘、だろ……あいつが全力でぶちかましても、傷一つつかなかったってのに……!」


 誰かの呆然とした声が、耳に届く。


 あれほどの一撃を弾いた杭に、確かに亀裂が走っている。何が起きたのか、僕自身、まるで理解できていなかった。それでも、手のひらに残る微かな痺れだけが、噓ではないと物語っていた。


「リオン……お前……」


 カイルの声が、遠くから聞こえた。


 それを確かめる間もなく、異形の個体が、杭を傷つけた僕へと、憎悪に満ちた視線を向けた。


「――リオン、動くな!」


 ガイウスの怒声が響いた。


 振り向く間もなく、目の前に、あの大きな背中があった。


「ガイウスさん……!」


「お前が、やれ……! その杭を、壊せるのは、お前だけだ……!」


 血を吐くような声だった。ガイウスは、大剣を構え、僕を庇うようにして、異形の個体の前に立ちはだかっていた。


「駄目だ……! そんな、傷で……!」


「うるせえ……! いいから、やれ……!」


 異形の個体の爪が、大きく振り上げられる。


 僕は震える手で、もう一度、光を集めた。


「――ノヴァインペラトル……!」


 光の奔流が、亀裂の奥深くへと突き刺さっていく。


 先に動いたのは、ガイウスだった。命を懸けた渾身の一撃を、異形の個体へと叩き込む。それに一拍遅れるようにして、異形の爪が、肩口から腹にかけてガイウスの体を袈裟懸けに切り裂いた。身体が今にも二つに分かたれそうな、肉だけでかろうじて繋がっているような、誰の目にも明らかな致命傷だった。


「ガイウスさんっ――!!」


 僕の絶叫と、杭が砕け散る音、そして、異形の個体が断末魔の咆哮を上げて崩れ落ちる音が、ほとんど同時に響いた。


 辺りに、紫の光の粒子が、まるで星屑のように舞い散っていく。


 その光の中で、ガイウスの体が、ゆっくりと後ろに向かって倒れていく。深く抉れた傷口が、そのまま夜気にさらされる。


「ガイウスさん――!」


 僕は駆け寄り、その傍らに膝をついた。震える手をガイウスの手に重ねる。おびただしい血が、地面を赤く染めていく。


「……悪ぃ……な。無茶……しちまった」


 言葉の切れ目ごとに、口の端から血が溢れる。潰れた肺からもれる息は、ひゅう、と乾いた音を立てていた。


「喋らないでください……! 今、ルミナが……!」


「ルミナ……!」


 僕が叫ぶと、ルミナはすでに駆け寄り、震える手をガイウスの傷にかざしていた。


「マナは、もう……とっくにないの……!」


 それでも、ルミナは声を振り絞った。


「――ヒール……! ――ヒール……! お願い……効いて……!」


 無理やり絞り出すような、か細い光が傷を包む。だが、その光は、あまりにも頼りなかった。


「もう、いい」


 ガイウスは、小さく笑った。


「お前ら……よくやった。あの杭を壊せたのは……お前だけの、力だ……」


 その言葉の意味を問い返す余裕は、なかった。


「……守れて、良かった」


 ガイウスの声が、そこで、途切れた。


 掴んだ手から力が抜け、僕の手からこぼれ落ちる。開かれたままの目は光を失い、もうどこも見てはいなかった。


 駆けつけたカイルが、その場に立ち尽くしていた。何かを言おうとして、それでも言葉にならず、ただ拳を強く握りしめている。


「わ、私……」


 シエルが、両手で口元を覆ったまま、声を詰まらせていた。ルミナは、まだガイウスの傷に手をかざしたまま、動けずにいる。淡い光だけが、虚しく傷口を照らし続けていた。


 辺りを包んでいた戦闘の喧騒が、遠くに感じられた。星屑のような光の粒子だけが、静かに、僕らの周りに降り注いでいた。


 ほんの数十呼吸前まで、確かにそこにあった重み。武骨で、温かかった手のひら。それが、もう二度と動かない。


 僕は、ガイウスの傍らで、しばらく動けなかった。

読んでいただき、ありがとうございます!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願いいたします!もっと頑張ります!

感想、レビューもお待ちしております。

よろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。