↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/35

27. 激突

 魔獣の群れが、一斉にこちらへ牙を剥いた。


 先頭を切ったのは、重装備の戦士たちだった。盾を構えて突っ込むと、群れの一角を食い止める。その隙を突き、後方から矢の雨が降り注いだ。


「リオン、右だ!」


 カイルの声に、僕は反射的に剣を構え直す。横合いから飛びかかってきた狼型の魔獣を、一閃で斬り伏せた。手応えは、これまで戦ってきたどの相手よりも重い。


「わ、私、援護します……!」


 シエルが杖を掲げると、光の盾がカイルの傍らに浮かび上がる。振り下ろされた鉤爪が、鈍い音を立てて弾かれた。


 ルミナの姿が、一瞬揺らめいたかと思うと、次の瞬間には群れの中へ吸い込まれるように消えていた。悲鳴じみた唸り声が上がる。


 僕は剣を握り直し、手のひらに銀白色の光を集める。


「――ノヴァインペラトル!」


 放たれた光が、一体の魔獣を貫いた。だが、群れはまだ、その大半が手つかずのまま残っている。


 中心に佇む異形の個体が、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。喉の奥から、地鳴りのような唸りが漏れる。




 戦況は、思っていた以上に過酷だった。数の多さもさることながら、一体一体の魔獣が、これまで相手にしてきたどの敵よりも狡猾に動く。統率された群れのように、互いに連携を取りながら、こちらの陣形の綻びを執拗に突いてくる。


 カイルが吠えると同時に、地面を透き通る鎖の幻影が這った。近くの数体の視線が、一斉にカイルへと吸い寄せられる。


「今のうちに、数を減らせ!」


 叫びながらも、カイルの表情には、これまでにない焦りが滲んでいた。防御力を底上げされているとはいえ、群がる敵の数が、明らかに想定を超えている。


「くっ……!」


 一体の巨躯が、カイルの防御の隙間を縫うように爪を振るった。とっさに戦斧で受け止めるが、衝撃でカイルの体が大きく後退する。


「カイル!」


 僕は叫びながら、援護に回ろうとした。だが、こちらにも三体の魔獣が同時に牙を剥いており、身動きが取れない。


「わ、私も……手が足りません……!」


 シエルの声にも、隠しきれない悲鳴が混じっていた。ルミナは短剣を振るいながら、それでも一体を仕留めるたびに、次の敵の対処に追われている。四人がかりでも、押し切られかけていた。


 その時だった。


「――加勢する!」


 低く響く声と共に、横合いから飛び込んできた大剣の一閃が、カイルに迫っていた巨躯を一撃で吹き飛ばした。


「ガイウスさん……!」


 振り返った先に、あの大きな背中があった。歴戦の貫禄を纏ったその姿は、地獄のような戦場の中でさえ、いっそ場違いなほど落ち着いていた。


「加勢が遅れて悪かったな。持ち場を離れられなかった」


 ガイウスはそう言うと、大剣を構え直し、次の敵へと視線を向けた。


「お前らは、固まって戦え。俺が外を崩す」


 その一言だけで、崩れかけていた陣形に、確かな芯が戻ってくる。僕らは頷き合い、互いの背を預け合うようにして、再び剣を構えた。


 だが、群れの奥――中心に佇んでいた異形の個体が、初めてゆっくりと動き出した。


 その瞬間、周囲の空気が、ずしりと重くなった気がした。


 二足で立つその体躯は、並みの魔獣の比ではなかった。全身を覆う黒ずんだ鱗、太い尻尾、そして左右一対の腕――そのシルエットだけは、どこかリザードマンを思わせた。だが、右肩からもう一本、あるはずのない腕が生えている。背からは歪な棘の群れが伸び、顔と呼べる部分はなく、赤黒く光る複数の目が、無秩序に並んでいるだけだった。討伐推奨も、輝度も、あらゆる基準を無視したような、異形以外の何物でもない姿だった。


「――リザードマン、か……?」


 誰かが、掠れた声でそう漏らした。輪郭だけを見れば、確かにそう見えなくもない。だが、本来のリザードマンからは、あまりにもかけ離れた禍々しさだった。


「――あれが、聖痕の異常個体か」


 ガイウスが低く呟いた。声には、これまで聞いたことのない緊張が滲んでいた。


「危険度は?」


 カイルが硬い声でそう尋ねる。


「分からん。だが、あの黒い狼の時とは、明らかに格が違う」


 その一言に、僕の背筋が凍りついた。あの日、カイルの腕を容易くへし折り、ガイウスの一撃を受けてなお仕留められなかった黒い狼。それを上回る存在が、今、目の前にいる。


「隊列を崩すな! 各パーティ、連携を維持しろ!」


 どこからか、セドリックの声が響いた。だが、その声にも、いつもの余裕は感じられなかった。


 異形の個体が、大きく息を吸い込む仕草を見せる。


「――伏せろ!」


 ガイウスの怒声とほぼ同時に、僕らは地面に身を投げ出した。


 次の瞬間、周囲を薙ぎ払うような衝撃波が、大気を震わせて駆け抜けていく。悲鳴と怒声が、あちこちから同時に上がった。


 顔を上げると、味方の一部が吹き飛ばされ、地面に倒れ伏しているのが見えた。


 これは、これまで戦ってきたどの相手とも、次元が違う。


 僕は震える手で剣を握り直し、それでも――立ち上がった。


「大丈夫か!」


 カイルが駆け寄り、僕の肩を支えた。血の滲んだ額を拭いもせず、彼の目はまっすぐ異形の個体を見据えている。


「大丈夫。まだ、動ける」


「わ、私も……!」


 シエルが杖を握り直しながら、震える足でそれでも踏みとどまっていた。ルミナは短剣を構え直し、いつになく硬い表情で、周囲の状況を見渡している。


「四人とも、無事か」


 ガイウスの声に、僕らは揃って頷いた。


「あれを相手にするには、数が多すぎる。まずは雑魚を減らして、あいつを孤立させるぞ」


「わ、分かりました」


「了解だ」


 カイルが戦斧を構え直し、僕も剣を握り直す。指先の震えは、まだ完全には収まっていなかった。それでも、隣に仲間がいるという事実が、僕を再び前へと押し出していた。


 群れの一部が、こちらへ向かって殺到してくる。


「行くぞ――!」


 カイルの号令と共に、僕らは再び、戦いの渦中へと踏み込んでいった。




 剣を振るうたび、汗が目に染みる。息が上がり、腕の感覚が鈍くなっていく。それでも、一体、また一体と、着実に数を減らしていった。ガイウスの大剣が薙ぐたびに、複数の魔獣がまとめて吹き飛ばされる。その圧倒的な力が、崩れかけた戦線を、何度も繋ぎ止めていた。


「まだまだ、これからだぞ!」


 ガイウスの声には、疲労の色など微塵も感じさせない、確かな余裕があった。その背中を見るたび、僕らの足にも、再び力が戻ってくる。


 左手の方角から、誰かの声が飛んできた。


「そっち、数が多いな! こっちで引き受ける、押し込め!」


 見ると、道中でスープを振る舞ってくれた狩人が、群れの側面へ回り込もうとしていた。矢が次々と放たれ、混乱した魔獣の何体かが、僕らから逸れて彼らの方へ向かっていく。


「ありがとうございます……!」


 シエルがそう叫ぶと、遠くから軽く手が上がるのが見えた。


「隙間、こっちが塞ぐ! 押し切るぞ!」


 別の方角からも、重装備の戦士たちの声が響く。見知らぬ顔ぶれのはずなのに、隊列全体が一つの意志を持った生き物のように、互いの穴を埋め合っていた。誰かが崩れれば、誰かがすぐに前へ出る。その連携の中に、僕らも組み込まれていた。


「よし、今のうちに詰めるぞ!」


 カイルの号令に合わせ、僕らは空いた隙間へと踏み込む。数の圧力が、少しずつ和らいでいくのが分かった。見知らぬ者同士でも、こうして命を預け合えるのだと、僕は改めて実感していた。


 だが、群れの数は、いまだ半分も減っていない。


 異形の個体は、その様子をただ静かに見つめている。まるで、獲物の抵抗そのものを、面白がっているかのように。

読んでいただき、ありがとうございます!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ページ下部の☆を押して評価をお願いいたします!もっと頑張ります!

感想、レビューもお待ちしております。

よろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。