27. 激突
魔獣の群れが、一斉にこちらへ牙を剥いた。
先頭を切ったのは、重装備の戦士たちだった。盾を構えて突っ込むと、群れの一角を食い止める。その隙を突き、後方から矢の雨が降り注いだ。
「リオン、右だ!」
カイルの声に、僕は反射的に剣を構え直す。横合いから飛びかかってきた狼型の魔獣を、一閃で斬り伏せた。手応えは、これまで戦ってきたどの相手よりも重い。
「わ、私、援護します……!」
シエルが杖を掲げると、光の盾がカイルの傍らに浮かび上がる。振り下ろされた鉤爪が、鈍い音を立てて弾かれた。
ルミナの姿が、一瞬揺らめいたかと思うと、次の瞬間には群れの中へ吸い込まれるように消えていた。悲鳴じみた唸り声が上がる。
僕は剣を握り直し、手のひらに銀白色の光を集める。
「――ノヴァインペラトル!」
放たれた光が、一体の魔獣を貫いた。だが、群れはまだ、その大半が手つかずのまま残っている。
中心に佇む異形の個体が、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。喉の奥から、地鳴りのような唸りが漏れる。
戦況は、思っていた以上に過酷だった。数の多さもさることながら、一体一体の魔獣が、これまで相手にしてきたどの敵よりも狡猾に動く。統率された群れのように、互いに連携を取りながら、こちらの陣形の綻びを執拗に突いてくる。
カイルが吠えると同時に、地面を透き通る鎖の幻影が這った。近くの数体の視線が、一斉にカイルへと吸い寄せられる。
「今のうちに、数を減らせ!」
叫びながらも、カイルの表情には、これまでにない焦りが滲んでいた。防御力を底上げされているとはいえ、群がる敵の数が、明らかに想定を超えている。
「くっ……!」
一体の巨躯が、カイルの防御の隙間を縫うように爪を振るった。とっさに戦斧で受け止めるが、衝撃でカイルの体が大きく後退する。
「カイル!」
僕は叫びながら、援護に回ろうとした。だが、こちらにも三体の魔獣が同時に牙を剥いており、身動きが取れない。
「わ、私も……手が足りません……!」
シエルの声にも、隠しきれない悲鳴が混じっていた。ルミナは短剣を振るいながら、それでも一体を仕留めるたびに、次の敵の対処に追われている。四人がかりでも、押し切られかけていた。
その時だった。
「――加勢する!」
低く響く声と共に、横合いから飛び込んできた大剣の一閃が、カイルに迫っていた巨躯を一撃で吹き飛ばした。
「ガイウスさん……!」
振り返った先に、あの大きな背中があった。歴戦の貫禄を纏ったその姿は、地獄のような戦場の中でさえ、いっそ場違いなほど落ち着いていた。
「加勢が遅れて悪かったな。持ち場を離れられなかった」
ガイウスはそう言うと、大剣を構え直し、次の敵へと視線を向けた。
「お前らは、固まって戦え。俺が外を崩す」
その一言だけで、崩れかけていた陣形に、確かな芯が戻ってくる。僕らは頷き合い、互いの背を預け合うようにして、再び剣を構えた。
だが、群れの奥――中心に佇んでいた異形の個体が、初めてゆっくりと動き出した。
その瞬間、周囲の空気が、ずしりと重くなった気がした。
二足で立つその体躯は、並みの魔獣の比ではなかった。全身を覆う黒ずんだ鱗、太い尻尾、そして左右一対の腕――そのシルエットだけは、どこかリザードマンを思わせた。だが、右肩からもう一本、あるはずのない腕が生えている。背からは歪な棘の群れが伸び、顔と呼べる部分はなく、赤黒く光る複数の目が、無秩序に並んでいるだけだった。討伐推奨も、輝度も、あらゆる基準を無視したような、異形以外の何物でもない姿だった。
「――リザードマン、か……?」
誰かが、掠れた声でそう漏らした。輪郭だけを見れば、確かにそう見えなくもない。だが、本来のリザードマンからは、あまりにもかけ離れた禍々しさだった。
「――あれが、聖痕の異常個体か」
ガイウスが低く呟いた。声には、これまで聞いたことのない緊張が滲んでいた。
「危険度は?」
カイルが硬い声でそう尋ねる。
「分からん。だが、あの黒い狼の時とは、明らかに格が違う」
その一言に、僕の背筋が凍りついた。あの日、カイルの腕を容易くへし折り、ガイウスの一撃を受けてなお仕留められなかった黒い狼。それを上回る存在が、今、目の前にいる。
「隊列を崩すな! 各パーティ、連携を維持しろ!」
どこからか、セドリックの声が響いた。だが、その声にも、いつもの余裕は感じられなかった。
異形の個体が、大きく息を吸い込む仕草を見せる。
「――伏せろ!」
ガイウスの怒声とほぼ同時に、僕らは地面に身を投げ出した。
次の瞬間、周囲を薙ぎ払うような衝撃波が、大気を震わせて駆け抜けていく。悲鳴と怒声が、あちこちから同時に上がった。
顔を上げると、味方の一部が吹き飛ばされ、地面に倒れ伏しているのが見えた。
これは、これまで戦ってきたどの相手とも、次元が違う。
僕は震える手で剣を握り直し、それでも――立ち上がった。
「大丈夫か!」
カイルが駆け寄り、僕の肩を支えた。血の滲んだ額を拭いもせず、彼の目はまっすぐ異形の個体を見据えている。
「大丈夫。まだ、動ける」
「わ、私も……!」
シエルが杖を握り直しながら、震える足でそれでも踏みとどまっていた。ルミナは短剣を構え直し、いつになく硬い表情で、周囲の状況を見渡している。
「四人とも、無事か」
ガイウスの声に、僕らは揃って頷いた。
「あれを相手にするには、数が多すぎる。まずは雑魚を減らして、あいつを孤立させるぞ」
「わ、分かりました」
「了解だ」
カイルが戦斧を構え直し、僕も剣を握り直す。指先の震えは、まだ完全には収まっていなかった。それでも、隣に仲間がいるという事実が、僕を再び前へと押し出していた。
群れの一部が、こちらへ向かって殺到してくる。
「行くぞ――!」
カイルの号令と共に、僕らは再び、戦いの渦中へと踏み込んでいった。
剣を振るうたび、汗が目に染みる。息が上がり、腕の感覚が鈍くなっていく。それでも、一体、また一体と、着実に数を減らしていった。ガイウスの大剣が薙ぐたびに、複数の魔獣がまとめて吹き飛ばされる。その圧倒的な力が、崩れかけた戦線を、何度も繋ぎ止めていた。
「まだまだ、これからだぞ!」
ガイウスの声には、疲労の色など微塵も感じさせない、確かな余裕があった。その背中を見るたび、僕らの足にも、再び力が戻ってくる。
左手の方角から、誰かの声が飛んできた。
「そっち、数が多いな! こっちで引き受ける、押し込め!」
見ると、道中でスープを振る舞ってくれた狩人が、群れの側面へ回り込もうとしていた。矢が次々と放たれ、混乱した魔獣の何体かが、僕らから逸れて彼らの方へ向かっていく。
「ありがとうございます……!」
シエルがそう叫ぶと、遠くから軽く手が上がるのが見えた。
「隙間、こっちが塞ぐ! 押し切るぞ!」
別の方角からも、重装備の戦士たちの声が響く。見知らぬ顔ぶれのはずなのに、隊列全体が一つの意志を持った生き物のように、互いの穴を埋め合っていた。誰かが崩れれば、誰かがすぐに前へ出る。その連携の中に、僕らも組み込まれていた。
「よし、今のうちに詰めるぞ!」
カイルの号令に合わせ、僕らは空いた隙間へと踏み込む。数の圧力が、少しずつ和らいでいくのが分かった。見知らぬ者同士でも、こうして命を預け合えるのだと、僕は改めて実感していた。
だが、群れの数は、いまだ半分も減っていない。
異形の個体は、その様子をただ静かに見つめている。まるで、獲物の抵抗そのものを、面白がっているかのように。
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