25. 合流
村を出た僕らは、足早に街道を戻っていた。
「思ったより、長居しちまったな」
カイルが申し訳なさそうに、頭を掻く。
「仕方ないよ。あんな再会、そうそうないんだから」
ルミナがそう言って、軽く肩をすくめた。それでも、隊列に遅れているという事実に、僕らの足取りは自然と速くなっていた。
「わ、私たちだけ、置いていかれてたら、どうしましょう……」
シエルが不安げに呟く。
「セドリックさんなら、置いていくような真似はしないと思うけど……」
そんな話をしていた時だった。街道の先、木々の隙間から、大きな人影が一つ、こちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
年季の入った大剣を背負い、歴戦を思わせる佇まい。その姿に、僕は覚えがあった。
「よう。探したぞ」
低く落ち着いた声が、そう言った。あの日、黒い狼から僕らを救ってくれた冒険者――ガイウスだった。
「――もしかして、あの時の……ガイウスさん?」
僕が思わずそう尋ねると、ガイウスは口の端をわずかに緩めた。
「覚えててくれたか。あの時は、名乗る余裕もなかったからな」
「あの、その節は、本当にお世話になりました。ちゃんとお礼も言えないまま、で……」
「気にするな。無事だったなら、それでいい」
ガイウスはそう言って、軽く手を振った。素っ気ない態度の中に、確かな温かさが滲んでいる。
「今回、ガイウスさんも遠征に?」
「ああ。俺のパーティも招集された口だ」
その言葉に、僕は驚いて聞き返した。
「じゃあ、ずっとこの隊列に……? 全然、気付きませんでした」
「そりゃそうだろう。俺たちは、ずっと最後方だったからな」
ガイウスは、隊列の来た方角を親指で示した。
「5等星以上のパーティは、後方警戒に回されることが多い。奇襲は、大抵背後から来るもんだ。お前らみたいな前の方の連中と、顔を合わせる機会がなかったのも無理はない」
「後方って、危なくないんですか?」
「危なくない、とは言わねえ。だが、経験のある奴が最後尾を締めてないと、隊列全体が崩れる。誰かがやらなきゃならねえ仕事だ」
ガイウスは、それを当然のことのように言った。誇るでも、恩着せがましくするでもなく、ただ淡々と。その口ぶりに、僕は妙に胸を打たれた。
「そうだったんですね……」
道中、一度も姿を見かけなかった理由に、僕はようやく合点がいった。ずっと、僕らの見えないところで、隊列全体を守ってくれていたのだ。
「それで、わざわざ迎えに来てくれたんですか?」
僕が尋ねると、ガイウスは小さく頷いた。
「セドリックの奴が、心配性でな。『少し遅れているパーティがいるので、様子を見てきてもらえますか』とさ。お前らだと聞いて、ちょうどいいと思って引き受けた」
「わ、私たち、そんなに時間かかってましたか……?」
シエルが青ざめてそう言うと、ガイウスは低く笑った。
「そう慌てるな。まだ隊列も、そう遠くへは行ってない」
並んで歩きながら、ガイウスは僕らに何気なく話しかけてきた。
「あの後、輝度は上がったのか?」
「はい。今は7等星です」
「上出来だ。あの黒い狼を前にして生き残っただけでも、大したもんだったがな」
「あの狼、結局まだどこかにいるんですよね……」
僕がそう漏らすと、ガイウスの表情が、わずかに険しくなった。
「ああ。深追いはしなかった。あの手の化け物は、退き際を見誤ると、こっちの命が幾つあっても足りない」
その一言には、これまでの実戦で培われた重みがあった。数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、静かな凄みだった。
「今回の遠征も、気を抜くなよ。特にお前ら、まだ若い」
「はい」
「肝に銘じます」
カイルとルミナが、それぞれそう答える。ガイウスは満足そうに頷くと、ふとシエルへ視線を向けた。
「そっちの嬢ちゃんは、魔法使いか。パーティにゃ、一人はいないと困る役どころだな」
「は、はい……その、まだまだ、修行中ですけど」
「そうか。地道にやってるなら、それでいい」
ガイウスの短い一言に、シエルは驚いたように目を丸くしてから、照れくさそうに俯いた。それ以上は何も言わなかったが、ガイウスは満足そうに頷くと、それきり口を閉ざした。
その背中は、あの日、黒い狼を一撃で吹き飛ばした時と変わらず、大きく頼もしかった。
しばらく歩くと、隊列の最後尾が見えてくる。
「――っと、着いたな」
ガイウスがそう言って、足を止めた。
「ここから先は、俺は後方に戻る。何かあったら、遠慮なく声を上げろ。そう遠くない場所にいる」
「ありがとうございます」
僕がそう言うと、ガイウスは軽く手を上げて応え、隊列の後方へと引き返していった。その大きな背中を見送りながら、僕はもう一度、あの日の記憶を思い返していた。
一撃で黒い狼を吹き飛ばした、あの圧倒的な力。
あの人がいる限り、僕らは大丈夫。
そう思わせてくれる背中が、遠ざかっていく。
隊列の中ほどに戻ると、セドリックが僕らに気付いて歩み寄ってきた。
「ああ、戻られましたね。ガイウスさんに、無事見つけていただけたようで」
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
僕が頭を下げると、セドリックは眼鏡の位置を直しながら、穏やかに笑った。
「事情は、カイルさんから軽く伺っています。大切な用事だったのでしょう。次からは、少し早めに合図をいただければ、それで十分ですよ」
「以後、気をつけます」
カイルが決まり悪そうにそう答えると、セドリックは軽く笑って踵を返した。
日が沈み切る前に、どこかで野営を張ることになるのだろう。夕暮れの街道を、隊列はゆっくりと進んでいく。山はまだ遠いが、確かに一歩ずつ、その姿を近づけていた。
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