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24. 再会

「……坊主? まさか、カイルか?」


 老人の声に、カイルはしばらく言葉を失っていた。


「――爺さん、久しぶり」


 やっとのことで絞り出した声は、いつもより幾分か掠れていた。老人は鍬を放り出す勢いで駆け寄ると、カイルの肩を何度も叩いた。


「本当に、カイルなのか! でかくなって……いや、元からでかかったが、もっとでかくなったな!」


「痛って……相変わらず、力加減を知らないな、爺さん」


 カイルは肩をさすりながら、それでも嬉しそうに笑った。


「馬鹿言え、こっちは歳を取る一方だよ」


 老人は皺だらけの顔をくしゃりと歪めて笑うと、僕らの方へ視線を向けた。


「連れがいるのか。冒険者になったって、本当だったんだな」


「ああ。今は、こいつらとパーティを組んでる」


 カイルが僕らを紹介すると、老人は一人一人の顔を確かめるように見て、満足げに頷いた。


「こっちは、俺の爺さんだ」


 カイルがそう付け加えると、僕らは慌てて頭を下げた。


「話には聞いてたが、まさかこんな辺鄙な所まで来てくれるとはな。バルトレムという。よろしく頼むよ」


 バルトレムはそう言って、日に焼けた顔をくしゃりと崩した。


「良い顔ぶれじゃないか。さ、こんな所で立ち話もなんだ、家まで案内するよ」


 バルトレムに続いて、僕らは村の中を歩き始めた。小さな家々の間を縫うように延びる小道、放し飼いにされた鶏、井戸端で洗濯をする女たち。ルクスガルドとは違う、素朴で穏やかな空気が流れていた。


「爺さん、最近、山の方で何か、おかしなことはなかったか?」


 歩きながら、カイルがふと真顔で尋ねた。バルトレムは怪訝そうに眉を寄せる。


「おかしなこと? いや、特には……なんだ、藪から棒に」


「いや……なんでもねえ。ならいい」


 カイルは短くそう答えると、詰めていた息を、そっと吐き出した。


「カイルの奴、子供の頃はよく、あの木から落っこちてたもんだ」


 バルトレムが笑いながら指差した先には、村の広場に立つ大木があった。


「爺さん、その話はやめてくれ……」


「なんだ、恥ずかしいのか? 仲間の前で格好つけたいなら、先に言っとけ」


 からかうような口振りに、カイルは苦い顔をしながらも、それ以上は言い返さなかった。


「へえ、カイルにも子供っぽい時期があったんだ」


 ルミナが目を輝かせながら、そう茶々を入れる。


「うるせえ。誰にだって、子供の頃くらいあるだろうが」


 カイルの反論に、シエルまでもが小さく笑いを噛み殺していた。




 村の中を歩きながら、バルトレムはカイルの近況を矢継ぎ早に尋ねた。カイルもそれに答えながら、時折、緊張したように喉を鳴らしていた。


「……そういや、あいつは」


 カイルが、ようやくそう切り出した。バルトレムは少し表情を和らげて頷いた。


「元気にやってるよ。今日はちょうど、家にいる」


 その一言に、カイルの足取りが、目に見えて速くなった。


 案内された家の前に立つと、カイルは一度、大きく息を吸い込んだ。


「――ただいま」


 扉を開けて放たれたその一言に、家の中から物音が返ってきた。次の瞬間、勢いよく飛び出してきたのは、カイルと同じ赤茶色の髪をした少女だった。カイルよりだいぶ幼い顔立ちだが、目元の琥珀色にはどこか面影がある。


「――兄さん……?」


 少女は目を丸くしたまま、その場に立ち尽くしていた。


「ミア、久しぶりだな」


 カイルが照れくさそうに笑いかけると、少女――ミアの目に、みるみる涙が盛り上がっていく。


「ずっと……ずっと、待ってたのに……! 出て行ってから、何年経ったと思ってるの……!」


 叫ぶように言うと、ミアはカイルの胸に飛び込んだ。カイルは一瞬たじろいだが、すぐにその小さな体を、そっと抱きしめ返した。


「悪かったな。ずっと、心配かけて」


「本当だよ……お手紙だって、ろくに寄越さないし……もう、会えないんじゃないかって、何度も思った」


 ミアは涙声のまま、それでもカイルの胸に顔を埋めていた。


「そんなわけ、ねえだろ。俺は、お前を――」


「わ、私、なんだか、もらい泣きしそうです……」


 シエルが目元を拭いながら、そう呟く。ルミナも、優しい目でその様子を見守っていた。


「いい家族だね」


 ルミナが小さく呟いた一言に、僕は静かに頷いた。




 ミアが涙を拭う頃には、僕らも家の中に招き入れられていた。狭いながらも温かみのある居間で、バルトレムが振る舞ってくれた温かいスープを、僕らは有り難くいただいた。


「おじいちゃん、お客さんの分、多めに入れてあげて」


 ミアがそう言うと、バルトレムは「若えのはいっぱい食わないとな!」と笑いながら、器にスープを注ぎ足した。


「兄さんの、お仲間なんですね」


 ミアが僕らの顔を見渡しながら、そう言った。目元はまだ赤いままだったが、口元には確かな笑みが浮かんでいる。


「ああ。頼りになる連中だよ」


 カイルがそう言うと、ミアは嬉しそうに頷いた。


「兄さんが誰かとパーティを組んでるなんて、なんだか不思議な感じです。昔は、一人で山に入っては、怒られてばかりだったのに」


「おい、余計なこと言うな」


 カイルが慌てて口を挟むと、ミアはくすくすと笑った。その様子に、僕らも思わず顔を見合わせて笑ってしまう。狭い居間に、温かい笑い声が満ちていった。


「これから、どこへ向かうんですか?」


 その問いに、僕らは一瞬、顔を見合わせた。答えづらい沈黙が落ちる。


「――ちょっとした、調査依頼だよ。心配すんな」


 カイルは、それ以上は詳しく語らなかった。ミアも、それ以上は踏み込んでこなかったが、その表情には、隠しきれない不安が滲んでいた。


 束の間の団らんの後、窓の外の光が、いつのまにか随分と傾いていることに気づいた。思っていたより、長居してしまったのかもしれない。


「もう、行くの……?」


 ミアが、寂しげにそう尋ねる。


「ああ。仕事だからな」


「――今度は、ちゃんと帰ってきてね」


 その一言に、カイルは一瞬だけ言葉に詰まり、それから、いつもの豪快な笑みを浮かべた。


「当たり前だ。約束する」


 家を出る間際、ミアは僕らの顔を順に見渡すと、深く頭を下げた。


「兄さんを、よろしくお願いします」


「任せてください」


 僕がそう答えると、ミアは少しだけ安心したように微笑んだ。


 村を後にする道すがら、カイルはしばらく無言のままだった。だが、その横顔には、これまでにない穏やかさが宿っていた。


「――ありがとな、みんな」


 ぽつりと漏れたその一言に、誰も何も言わなかった。ただ、それぞれのやり方で、小さく頷き返す。


 山はまだ、遠くにそびえている。だが、僕らの足取りは、来た時よりも、確かに軽くなっていた。

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