21. 出立
出発の朝、僕は日が昇りきる前に目を覚ました。
「早いな、リオン」
隣のベッドで、カイルもすでに身支度を整えていた。装備一式を身につけた彼の姿は、いつもより幾分か引き締まって見える。
「なんか、目が冴えちゃって」
「まあ、十日以上の遠征だもんな。俺も、昨日はあんまり眠れなかった」
カイルはそう言って、戦斧の刃を布で丁寧に拭う。その手つきに、いつもの豪快さとは違う、静かな集中があった。
荷物を最終確認し、宿を出る頃には、外はすっかり明るくなっていた。ルクスガルドの外壁沿いは、朝早くから人と荷馬車の往来で騒がしかった。
外壁の門前に、見慣れない顔ぶれの冒険者たちが次々と集まってくる。重装備の戦士を先頭に、フードを目深に被った魔導士や、弓を携えた軽装の斥候を揃えた一団。鎧の意匠から見るに、よその街から来たとおぼしきパーティも交じっていた。中には、輝度を示す紋章が明らかに上位のものだと分かるパーティもあり、その落ち着き払った物腰に、思わず気圧される。各地のギルドから招集された、というセドリックの言葉が、こうして目の当たりにすると、急に現実味を帯びてくる。
「うわ、思ったより大所帯だな」
カイルが荷物を背負い直しながら、感心したように呟いた。
「あれだけ集まれば、心強いね」
ルミナは軽くそう言ったが、その視線は、集まった面々を一人一人確かめるように動いていた。
「わ、私……ちょっと、緊張、してきました……」
シエルが杖を強く握りしめながら、俯きがちにそう漏らす。
「気負いすぎなくていいよ。私たちの役目は、いつも通りにこなすだけなんだから」
ルミナがそう言って、シエルの背中を軽く押した。彼女は俯きながらも、小さく頷いた。
「装備、最終確認しとくか」
カイルの一声で、僕らは荷袋の中身をもう一度確かめ合った。防寒着、保存食、ロープ、回復ポーション、マナポーション。何度も確認したはずなのに、出発の直前になると、また不安が顔を出す。
「忘れ物は、なさそうだね」
「ああ、大丈夫そうだ」
互いに頷き合うだけで、少しだけ気持ちが落ち着いた。
人混みの向こうから、セドリックが軽い足取りで近づいてくる。
「皆さん、準備は万端のようですね。今回の隊列は、私が全体の指揮を執らせていただきます。何か困ったことがあれば、遠慮なく声をかけてください」
「隊列って、どういう順番で進むんですか?」
僕が尋ねると、セドリックは眼鏡の位置を直しながら答えた。
「前衛の得意なパーティを先頭と後方に、それ以外は中ほどに配置します。索敵に長けた方がいれば、その周辺で目を光らせてもらう予定です」
そう言って、彼はちらりとシエルへ視線を向けた。シエルは慌てたように背筋を伸ばす。
「わ、私……頑張ります」
「期待していますよ」
セドリックはそう言うと、軽く一礼して次のパーティのもとへ歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、シエルは杖を強く握り直していた。
「よかった、間に合いました」
人混みを縫うようにして、レティシアが駆け寄ってきた。息を切らしながらも、その顔には、隠しきれない心配の色が浮かんでいる。
「わざわざ、見送りに?」
「当然です。皆さんには、いつも助けられていますから」
レティシアはそう言って、いつもより硬い声で続けた。
「無事に、帰ってきてください。それだけが、私の望みです」
「ああ、任せとけ」
カイルが軽く胸を叩くと、レティシアはようやく小さく笑った。
「その言葉、忘れないでくださいね」
彼女は最後にもう一度頭を下げると、人混みの向こうへ戻っていった。その背中を見送りながら、僕は服の内側にある鍵の重みを、そっと確かめた。この鍵の答えも、いつか分かる日が来るのだろうか。
各パーティの代表がそれぞれ点呼を終えると、隊列の先頭に立ったセドリックが、よく通る声で号令をかけた。
「では、出発しましょう。目的地までは、順調に進んでも十日以上かかります。長丁場ですから、皆さん、気を抜かないでくださいね」
その一言を合図に、隊列がゆっくりと動き出す。周囲のざわめきが、少しずつ緊張を帯びた静けさに変わっていくのが分かった。
門の内側には、見送りに集まった街の人々が並んでいた。子供を抱いた母親、露店の店主、顔見知りらしき冒険者たち。誰もが一様に、この遠征の重さを察しているような、複雑な表情をしていた。
「いよいよだな」
カイルが戦斧の柄を握り直しながら、そう呟いた。
「わ、私……ちゃんと、務まるでしょうか」
「シエルの索敵があれば、みんな安心して戦えるから」
僕がそう言うと、シエルは少し驚いたように僕を見て、それから小さく笑った。
「そうですね……はい」
「気張りすぎず、いつも通りにね」
ルミナがそう言って、片目をつむってみせる。
外壁の門をくぐる瞬間、僕は一度だけ振り返った。見慣れた街並みが、少しずつ遠ざかっていく。
「名残惜しいのか?」
「そういうわけじゃ、ないけど」
カイルにからかわれ、僕は前を向き直した。それでも、しばらくの間、背中に街の気配を感じていた。
「――なあ、リオン」
「なに?」
カイルが拳を軽く握って、僕の前に突き出してきた。
「行くか」
短い一言に、これまでの日々が凝縮されているような気がした。僕も拳を握り、こつん、と小さく合わせる。それだけのことで、不思議と背筋が伸びた。
この先に、何が待っているのか。胸の奥にわだかまる緊張を抱えたまま、僕は隊列の歩調に合わせて足を進めた。
思えば、たった一人で薬草採取をこなしていた頃には、こんな日が来るなんて想像もしなかった。誰かと肩を並べ、遠い地へ向かって歩き出す。あの日、森の奥でルミナと出会っていなければ、今ここに立つ自分もいなかったのだろう。
門の向こうに広がる街道は、地平線の先まで長く、遠くまで続いていた。
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