17. 顕現
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東の森とは方角の違う、開けた森。僕らは依頼票を片手に、慣れない道を進んでいた。
「よし、腕も戻ったことだし、しっかり稼ぐぞ」
カイルが戦斧を担ぎ直しながら、上機嫌にそう言った。右腕の動きに、もう鈍さは残っていない。
全員揃っての依頼は、随分久しぶりに感じられた。カイルの負傷から数えれば、まだ十日と少し。ルミナが毎晩ヒールをかけ続けてくれたおかげで、当初の見立てよりずっと早い回復だった。
「討伐推奨は7等星。数は多いが、今の俺たちなら問題ねえだろ」
依頼票に記された内容は、ゴブリンの大きな群れの掃討だった。本来は最下級のはずの魔獣だが、これだけまとまった数だから、一段高い等級がついているのかもしれない。ここ最近、この森の浅い場所にまで下りてきて、近隣の畑を荒らしているらしい。
「わ、私、索敵します」
シエルが杖を掲げると、淡い青の光が円を描いて広がった。しばらくして、光が集めた反応を確かめるように、彼女の表情がわずかに強張る。
「反応……十五くらい、います。それと……一回り大きな反応が、一つ」
「上位種付きか。厄介だな」
以前、山羊捜索の依頼で十匹近くのコボルトに苦戦したことを、僕はふと思い出していた。あの時よりも、今の僕らは確かに強くなっている。それでも、上位種付きの群れは、決して侮れない。
教えられた方向へ進むと、開けた窪地に、土気色の群れがひしめいていた。ひときわ大きな一体が、群れの中心で野太い唸り声を上げている。一回り以上大きな、僕たちとほとんど同じくらいの体躯に、厚い革の鎧。腰には、冒険者の亡骸から奪ったであろう、刃こぼれした一振りのロングソードを提げていた。額から覗く小さな角のような突起が、他の個体との違いを物語っていた。
「あれがホブゴブリンか……初めて見るな」
カイルが油断なく戦斧を構えながら、そう呟いた。
「――ウィンクルムクラッド!」
カイルの声と共に、透き通る鎖の幻影が地を這う。群れの視線が、一斉にカイルへと吸い寄せられた。
「数が多い分、鎖もすぐ緩む! 手早く頼むぞ!」
淡い光の膜がカイルを覆う。棍棒や粗末な刃物の一撃が次々と叩き込まれるが、防御力を底上げされたカイルは、それを受け流していく。
僕は剣を構え、群れの一角へ斬り込んだ。袈裟懸けに一匹を斬り伏せ、返す刃でもう一匹の得物を弾き飛ばす。狙いを違えず、確実に数を削っていく。だが、十五を超える数を相手にするには、剣一本ではどうしても追いつかない。
「囲まれる……!」
ルミナの声に、僕は息を詰めた。カイルの鎖が緩み始めているのか、群れの一部が早くも横合いから回り込もうとしている。棍棒を振り上げたゴブリンの一匹が、僕の死角へ滑り込んできた。剣を返す暇はない。
「くっ――」
「――ステラスクトゥム!」
シエルの声と同時に、横合いから浮かび上がった光の盾が、棍棒の一撃を防いだ。硬い音が弾け、ゴブリンがよろめく。
「――今、っ……!」
短く叫ぶなり、シエルは杖を強く握りしめ、群れの中心を見据えた。幾度となく読み返した魔導書の一節。マナが足りずに、これまで一度も実践できなかった魔法。それでも、今なら撃てる。震える声とは裏腹に、その目に迷いはない。
「――遥かなる星よ、その光を、この手に」
杖の先に、無数の星屑のような光の粒が集まりはじめる。淡い青から、やがて澄んだ銀色へと色を変えながら、渦を巻くように収束していく。
「――アストラルバースト!」
解き放たれた瞬間、夜空を切り取ったような光の柱が、いくつも群れの中心へ降り注いだ。まるで小さな流星群が、そのまま地上に舞い降りたかのように。硬質な音が連続して響き、悲鳴じみた唸り声があちこちで上がる。
光が収まった後には、取り巻きのゴブリンが一匹残らず地に伏していた。全滅だ。
「……嘘、だろ」
カイルが呆然と呟く。だが、群れの中心にいたホブゴブリンだけは、体を丸めるようにして光を凌ぎ切っていた。怒りに任せて咆哮し、カイルへ向かって突進してくる。
「上等だ――」
鎖の役目を終えたカイルが、戦斧を構えて迎え撃つ。振り下ろされたロングソードを戦斧で受け止めるが、上位種の膂力に真っ向から競り負け、体ごと弾き飛ばされる。地面を転がりながらも、とっさに刃を立てて防御の姿勢だけは保った。
「カイル!」
「――ヒール」
距離を詰める間もなく、ルミナが遠くから光を放つ。近くで使う時よりも威力は落ちるのか、傷の塞がりは緩やかだったが、それでもカイルの息は少しずつ整っていった。
「ナイスだ、ルミナ!」
カイルが体勢を立て直す間に、僕は前へ踏み込んだ。手のひらに、銀白色の光が集まってくる。
「――ノヴァインペラトル!」
解き放たれた光が、ホブゴブリンの胸元を貫いた。低い呻き声を上げて、巨躯がゆっくりと地に沈む。
森に、静寂が戻ってきた。
「シエル、今の……!」
僕が駆け寄ると、シエルはその場に膝から崩れ落ちそうになっていた。慌てて肩を支える。
「わ、私……ちゃんと、できました、か……?」
「できたなんてもんじゃないだろ! お前、とんでもない魔法隠し持ってたな!」
カイルが興奮気味に近づいてくる。シエルは息を切らしながらも、俯いた顔の口元を緩ませていた。
「ふふ……頑張って、勉強した甲斐が、ありました」
「マナ、大丈夫か?」
「ちょっと……ふらふら、しますけど……大丈夫です」
顔色は青いが、それでも彼女の声には、確かな達成感が滲んでいた。
「理論だけなら学者にも負けないって、前に言ってたもんね」
ルミナが肩をすくめながら、からかうように笑う。
「覚えてたんですか……恥ずかしい、です」
シエルはそう言って、頬を赤くしながら俯く。
俯きながらも夜ごと魔導書を読み込んでいた横顔を、僕は知っている。その積み重ねが、こうして実を結ぶ瞬間を近くで見届けられたことが、たまらなく嬉しかった。誰かと喜びを分け合えることが、こんなにも嬉しいものだったなんて。
「これで、パーティの手札がまた一つ増えたな」
カイルが満足げに言うと、シエルは小さく頷いた。
「が、頑張ります……次は、もっと……ふらつかずに」
「気長にな」
カイルが笑いながら、シエルの頭を軽く撫でた。彼女は照れくさそうにしながらも、振り払おうとはしなかった。
畑を荒らされていた村へ立ち寄る。僕らが差し出した依頼票に、村長らしき老人が皺だらけの手で判を押す。よほど畑を荒らされたことが堪えていたのか、礼を言う声は、目を潤ませながら何度も詰まっていた。
ギルドに戻り、レティシアに報告を上げると、彼女は目を丸くした。
「上位種のホブゴブリンごと、単独パーティで殲滅、ですか……」
「シエルの新魔法のおかげだな」
カイルが得意げに胸を張ると、レティシアは感心したように頷いた。
「素晴らしい成果です。討伐数の記録も、反映しておきますね」
ギルドを出ると、すっかり夜になっていた。
「輝度も上がって、みんな新しい力も手に入れた。次は、何が待ってるのかね」
ルミナがそう言って、いつもの調子で笑う。
それでも、少しずつ、確かに前へ進んでいる。今はその実感だけで、十分だった。
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