15. 閃光
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翌朝、僕らはいつもより早くギルドへ向かった。
「新しい森、新しい依頼。ちょうどいい組み合わせだろ」
カイルがそう言って、掲示板の前で依頼票を一枚抜き取る。東の森とは反対側、これまで一度も足を踏み入れたことのない森での、ゴブリン討伐の依頼だった。
「今日は、みんなの新しいスキル、しっかり見せてもらうから」
ルミナがにやりと笑いながら、僕らの顔を順に見た。みんな、自信ありげな顔をしていた。
受付でレティシアに依頼票を提出すると、彼女は書類に目を通しながら、少しだけ表情を緩めた。
「東の森とは違う場所ですね。討伐推奨は最下級ですが、油断はしないでくださいね」
「分かってるって。今日は、ちょっとした試運転だからな」
カイルがそう言って軽く笑うと、レティシアは何かを察したように、それ以上は何も聞かなかった。
ギルドを出て、街の外壁を抜ける。見慣れない方角へ向かう足取りは、いつもより少しだけ弾んでいる気がした。
森に入ってすぐ、シエルが杖を掲げる。
「――サーチライト」
淡い青の光が円を描いて広がり、すぐに消えた。
「反応、五体。少し先の、開けた場所に」
試し撃ちには、ちょうどいい数だ。僕らは顔を見合わせた。
「ちょうどいいな。景気よく行こうぜ」
カイルがそう言って、先頭に立つ。開けた場所に着くと、ゴブリンの群れがこちらに気付き、一斉に唸り声を上げた。緑がかった土気色の肌と、耳障りな金切り声が、静かな森に響き渡る。数の多さに、シエルの表情が一瞬強張った。
「まずは、俺からだ」
カイルが戦斧を構え、大きく息を吸い込む。
「――ウィンクルムクラッド!」
静かにそう唱えた瞬間、カイルの足元から、透き通るような鎖の幻影が幾筋も伸びた。鎖はゴブリン一匹一匹に絡みつくように走り、まるで意識そのものを縛り付けるように、五体すべての視線がカイルへと吸い寄せられる。
「よし、俺だけ見てろ」
カイルの体を、淡い光の膜が覆う。ゴブリンたちが一斉に襲いかかるが、振り下ろされる錆びたナイフも、噛みつく牙も、膜の下で大幅に底上げされた防御力の前では、ほとんど意味を成さなかった。その隙を突き、カイルは左手一本の戦斧で確実に二匹を叩き伏せる。
初めて目にする光景に、僕は思わず息を呑んだ。あれほど猛っていたゴブリンたちが、まるで見えない鎖に引かれるように、カイルだけを見つめている。頼れる背中が、また一段と頼もしさを増したように見えた。
「今のうちに、頼む!」
カイルの声に、僕は頷いて前に出た。剣を握ったまま、もう片方の手のひらをゴブリンの一匹に向ける。手のひらの中心に、銀白色の光が渦を巻きながら集まってくる。
「――ノヴァインペラトル!」
解き放たれた一条の銀白色の光が、まっすぐにゴブリンの胸元を貫いた。キィンという硬質な音と共に光が奔流となって突き抜け、火花にも似た粒子が尾を引きながら暗がりへ溶けていく。悲鳴を上げる間もなく、一匹がその場にくずおれた。
「わ、私も……援護、します」
シエルが杖を構え直す。狙いは、カイルに群がっていた一匹だ。
「――ステラスクトゥム!」
声を発したのとほぼ同時に、淡い光の粒がいくつも寄り集まり、円を描くように結晶していく。まるで小さな星をそのまま切り取ったような盾が、瞬く間にカイルの傍らへ浮かび上がった。呪文を紡ぐような長い詠唱はなく、声を発してから瞬きの間もなく、もう盾は形を成していた。振り下ろされた粗悪な石斧が、それに阻まれ、硬い音を立てて弾かれる。
「お、助かるぜ!」
カイルが笑いながら叫ぶ。彼を守るための盾が、その役目を果たして砕け散る。
残る二匹は、なおも鎖に引かれるようにカイルだけを狙い続けていた。振り下ろされる武器も、依然として高いままの防御力の前では、これまでと変わらず意味を成さない。その隙を突くように、視界の端で何かが揺らいだ。
「――テネブルシフト」
囁くような声がしたと思った次の瞬間には、ルミナの姿は一匹目のゴブリンのすぐ背後にあった。残像のように揺らめいた輪郭が、一瞬遅れてルミナの元へ収束する。短剣が閃き、二匹が続けざまに力なく地に伏した。
「はい、終わり」
静寂が森に戻ってくる。全滅したゴブリンの死骸を前に、しばらく誰も口を開かなかった。
「……すげえな、みんな」
カイルが呟くように言った。それだけの言葉に、四人分の息遣いが重なる。
「わ、私、ちゃんと、役に立てました……?」
シエルが不安げに、それでも誇らしげに尋ねてくる。
「十分すぎるくらいだよ」
僕がそう答えると、シエルは俯きながらも、口元を緩ませた。
「それにしても、あの鎖、すごいよ! かっこよかったよ、カイル」
僕がそう言うと、カイルは照れくさそうに戦斧の柄を撫でた。
「自分でもよく分からねえけどな。発動中は防御力も大分上がってるみたいだ」
「わ、私も、あんな風に、誰かを守れるの、初めてで……嬉しかったです」
シエルがそう言って、杖をぎゅっと抱きしめた。
ルミナだけは、いつもと変わらない、涼しげな顔のままだった。
「私のは、まあ、見ての通り。逃げ足だけは自信あるから」
軽い調子でそう言って、笑ってみせる。
夕暮れの気配が漂い始めた森の中、僕らはしばらく無言のまま、それぞれの余韻に浸っていた。誰かが得た力は、誰かを守るための力でもある。そのことを、今日という一日は、確かに教えてくれた気がした。
依頼票に判をもらい、僕らは森を後にした。橙色に染まりかけた道を、四人で並んで歩く。
「輝度も上がって、それぞれ新しい力も見えてきた。悪くない一日だったな」
カイルが夕焼けを見上げながら、満足げに呟いた。
僕は自分の手のひらを見つめる。ノヴァインペラトルの余韻が、まだ微かに残っている。ここから先、この力をどこまで伸ばせるのか。それでも、確かに一歩、前に進んだという実感があった。
隣を歩くシエルは、まだ興奮の冷めやらぬ様子で杖を抱きしめている。カイルは上機嫌に鼻歌交じりで、ルミナはいつも通り、気負いのない横顔のまま、遠くの稜線をぼんやりと眺めていた。それぞれの歩幅で、それぞれの一歩を踏み出した一日だった。
届かなかった一撃と、まだ見ぬ黒い狼の姿が、頭の隅をよぎる。
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