14. 跳躍
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カイルの腕が動かせるようになるまで、パーティは慎重に依頼を選んでいた。荷運びや街の見回りといった、輝度に見合った地味な仕事ばかりだったが、四人で顔を合わせて過ごす時間そのものが、以前とは違う意味を持ち始めている気がした。
カイルは片腕が使えない分、指示出しや荷物の見張りに回ることが多くなった。それでも「役立たずのままでいるつもりはねえ」と、左手だけで戦斧の素振りを続けている姿を、僕は何度も見かけた。シエルは索敵の出番が増えたことで、以前よりも積極的に声を上げるようになっていた。ルミナは変わらずのんびりとした調子を崩さずにいたが、時折見せる考え込むような横顔が、少しだけ気にかかっていた。
そんな中、ギルドから呼び出しがあったのは、あの一件から三日後のことだった。
「東の森の件で、追加のご報告があります」
受付でそう切り出したレティシアの表情は、いつもより硬かった。奥の応接室に通されると、彼女は帳簿を片手に、静かに話し始めた。窓の外から差し込む光が、いつになく重たい空気を照らしていた。
「皆さんを助けたという冒険者の身元が分かりました。ガイウスさんという方です。5等星のパーティのリーダーで、あの日は森の別区画を調査していたそうです」
「ガイウス……」
僕はその名前を、口の中で繰り返した。あの日、顔をはっきり見る余裕はなかったが、あの咆哮と共に黒い狼を吹き飛ばした一撃だけは、今でもはっきりと覚えている。
「あの人たちは、無事なんですか?」
僕が尋ねると、レティシアは小さく頷いた。
「ええ、全員無事です。ですが……」
彼女は言葉を切り、帳簿に目を落とした。
「結局、黒い狼を仕留めるには至らなかったそうです。深追いはせず、撃退した時点で引いたと」
その一言に、部屋の空気が重くなった。
「あれだけの一撃を受けて、まだ生きてるってことか」
カイルが低く呟く。
「はい。5等星のパーティですら、討伐までは至らなかった相手です。しばらくは東の森全域の立ち入り制限を継続します。ガイウスさんたちの部隊も、今は他の調査班と合流して、周辺の警戒に当たっているそうです」
あの日、決着をつけられなかった相手が、今もどこかで生きている。その事実を改めて突きつけられた気がして、僕は自分の手のひらを見つめた。
「格上のパーティでも敵わなかったなら……次に遭遇したら、今度こそ危ないかもしれません」
シエルがぽつりと呟いた。誰も、それに異論はなかった。
報告が一段落したところで、レティシアは一枚の書類を差し出してきた。
「もう一つ。皆さんの輝度について、再測定をご提案します」
「輝度の……再測定?」
「格上の魔獣との交戦を生き延びたという実績は、決して小さくありません。それだけの経験を積んだ今なら、測定結果にも反映されているはずです」
思いがけない話に、僕は言葉に詰まった。
「面白そうじゃねえか。やろうぜ」
カイルが真っ先に乗り気になる。ルミナとシエルも異論はないようだった。
順番に、星紋鏡へ手を触れていく。淡い光が水晶に吸い込まれ、文字が浮かび上がるたび、レティシアが小さく息を呑む音が聞こえた。
「カイルさん、7等星。シエルさんも、7等星です」
「お、上がったな!」
カイルが嬉しそうに拳を握る。シエルも、俯きながらも口元を緩めていた。
「わ、私が、上がるなんて……思ってなかった、です」
消え入りそうな声だったが、その目は珍しく輝いていた。索敵だけでなく、ライトショットでの援護も着実に場数を重ねてきた成果が、確かに実を結んでいるのだと、僕にも分かった。
僕の番になる。水晶に触れた瞬間、あの日と同じ、手のひらが熱を持つ感覚があった。浮かび上がった文字を見て、レティシアが目を見開く。
「リオンさんも、7等星です。それに……新しいスキルも、発現しているみたいですね」
水晶に浮かんだ文字を、僕はしばらく黙って見つめていた。固有スキルの「???」とは違う、もう一つの表示。まだ誰にも、口にするつもりはなかった。
8等星から、一つ上がった。実感はまだ薄いが、確かに何かが変わった証だ。
「あ、私はいいよ。この間、別件のついでに測定、済ませてきたから」
にかっと笑いながら、軽い調子でルミナが言った。
「あら……確かにもう7等星になっているようですね。おめでとうございます」
レティシアが帳簿を確認しながら頷く。
「みんなと一緒だ。良かった」
ルミナはそう言って、いつも通りに笑ってみせた。
「皆さん、それぞれ着実に力をつけているようです。これで、依頼の幅も広がりますね」
レティシアの言葉に、僕は思わず頬が緩むのを感じた。自分でも気付かないうちに、拳を強く握りしめていた。
ギルドを出ると、日はまだ高い位置にあった。
「よし、7等星記念に、何か食おうぜ。今日はとびきり豪勢にな!」
カイルが上機嫌にそう言って、僕らはいつもより奮発した料理をエンバーグロウで囲んだ。湯気の立つ肉料理が次々とテーブルに並び、四人で分け合う。
「わ、私、こんなに、美味しいもの、食べたの、初めてです……」
シエルが目を丸くしながらも、嬉しそうにフォークを進める。
「今日くらい、いいだろ。祝いの席だ」
カイルがそう言って笑い、ルミナも機嫌よく杯を掲げた。
「かんぱーい」
誰かが冗談を言えば、誰かが笑う。ただそれだけの時間が、これまでの緊張をゆっくりとほどいていくようだった。
「明日、どうする?」
食事も落ち着いた頃、ルミナがそう切り出した。
「せっかく輝度も上がったんだ。試したいこと、みんなあるんじゃない?」
その一言に、僕らは思わず笑いながら、顔を見合わせた。誰の胸にも、隠しきれない高揚があった。
輝度は一つ、上がった。だが、僕らの前には、まだ届かなかった一撃の分だけ、大きな影が横たわっている。ガイウスという名前も、その一撃も、いつか自分の手で追いつくべき目標のように感じられた。
それでも、少しずつでも、前へ進んでいる。明日、それぞれが何を見せてくれるのか。柄にもなく、僕は少しだけ待ち遠しいと思った。
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