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流砂の依頼

『三日月亭』として最初に受けた依頼は、決して華々しいものではなかった。


「四番迷宮『流砂の静寂』にて、薬草採取の依頼が一件。難易度D、報酬は銅貨換算で中程度――お前らには、ちょうどいいだろう」


ギルドの依頼掲示板の前で、ブロムがそう説明した。討伐でも護衛でもない、地味な採取任務。それでも、正式な依頼を受けるのは初めてで、三人の顔は緊張と高揚が入り混じっていた。


「採取対象は『発光胞子』。錬金・医療系の素材で、最近、市場価格が上がってるやつだ」


「価格が上がってる……?」


みっちょが思わず聞き返すと、ブロムは肩をすくめた。


「北の方で疫病が流行ってるらしくてな。回復薬の需要が急に増えた。こういうのは、迷宮の外の事情が、そのまま迷宮の中の仕事に跳ね返ってくる、いい例だ」


パン屋の娘であるみっちょにとって、それは初耳の話ではなかった。小麦の値段が、遠い北方の鉱山事情で揺れ動くように、迷宮の素材もまた、都市の外の出来事と繋がっている。教科書では学べない、生きた経済の手触りだった。


◆ ◆ ◆

四番迷宮『流砂の静寂』は、これまでの二つの迷宮とはまるで違う顔をしていた。見渡す限りの砂の大地。一歩踏み出すごとに、足元がわずかに沈み込む。


「教科書通りだな。歩き方に気をつけろ、急いで歩くと沈む速度が増す」


フィンが先頭で慎重に足を運ぶ。ノアは耳を澄ませながら、風の音や砂の下から響くかすかな振動に神経を尖らせていた。


「みっちょ、体力の配分は?」


「うん……このペースなら、往復であと二刻くらいは大丈夫だと思う」


後衛として、みっちょは常に三人の体力と、持参した水と浄化の雫の残量を頭の中で計算し続けていた。派手な役目ではないが、これが自分の仕事なのだと、少しずつ実感が湧いてきていた。


発光胞子は、砂地に点在する奇妙な形の岩の陰に群生していた。淡い光を放つそれを、三人で丁寧に採取していく。単調だが、地道な作業だった。


◆ ◆ ◆

異変が起きたのは、採取量が目標に近づいた頃だった。


「――待って。何か、変」


ノアが突然、耳を伏せて立ち止まった。


「地面の下から、音がする。振動が、さっきより近い」


みっちょは、教科書の記述を頭の中で辿った。流砂迷宮に生息する魔物の中には、砂中を移動し、獲物の重みに反応して襲いかかる種がいると書いてあった。


「みんな、散開――ううん、待って、散開は駄目。固まって、一点に重みを集中させたら」


「どういうことだ」


「多分、あの魔物は振動と重さの分布で獲物の位置を探ってる。散らばると、逆にどこを狙えばいいか、向こうにわかりやすくなるかも」


確信はなかった。それでも、頭の中で組み立てた仮説を、口にするしかなかった。フィンが一瞬みっちょを見て、それから短く頷いた。


「――やってみよう。お前の勘、これまで外れてないからな」


三人は身を寄せ、一箇所に留まった。地面の振動が、ゆっくりと近づき――そして、三人のすぐ横をすり抜けるように、砂の下を通り過ぎていった。狙いを絞りきれず、獲物を見失ったのだ。


「……いなくなった、と思う」


ノアが耳を澄ませながら、ほっと息を吐いた。


◆ ◆ ◆

依頼の分の発光胞子を無事に採取し終えた頃には、陽が傾き始めていた。三人は疲れた足取りながらも、達成感に満ちた顔でギルドへの帰路についた。


「今日のあれ、完全に賭けだったよな」


フィンが呆れたように言うと、みっちょは苦笑した。


「賭けだったけど……でも、当たった」


「次も当たるとは限らないぞ」


「わかってる。だから、もっと勉強する。今度は賭けじゃなくて、ちゃんと確信を持って言えるように」


その言葉に、フィンは意外そうな顔をしてから、小さく笑った。


「――お前、そういうところ、真面目だよな」


「真面目しか取り柄がないから」


ノアが二人の会話に割り込むように、明るい声を上げた。


「取り柄なら、おれにだってあるぞ。今日、ちゃんと魔物の気配、最初に気づいたし!」


「うん、ノアのおかげで助かった。ありがとう」


三人の間に、これまでよりも自然な笑いが生まれていた。ギルドへの帰り道、夕陽に染まる砂丘の稜線を歩きながら、みっちょは胸の中で小さく思う。強くなるというのは、きっと、こういう積み重ねのことなのだろう、と。


報酬を受け取り、ギルドを出た三人の懐には、初めて自分たちの力で稼いだ、小さな銅貨の重みがあった。



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