星詠みの観測所
「――お前ら、そろそろCランクの依頼、視野に入れてもいい頃合いだろう」
ギルドの窓口で、ブロムが唐突に切り出した。三日月亭がD帯に上がってから、すでに数ヶ月が経っている。
「Cランクって、いきなり大丈夫なんですか」
ノアが不安そうに尋ねると、ブロムは、これまでの依頼履歴が記された書類を、机の上に広げた。
「これを見る限り、十分な実績だ。まずは、九番『星詠みの観測所』の依頼から始めてみるといい。戦闘より、頭脳勝負の場所だ」
◆ ◆ ◆
『星詠みの観測所』は、これまで潜ったどの迷宮とも違う、静謐な佇まいをしていた。夜空を模した天井には、無数の光点が瞬いており、まるで本物の星空の下にいるかのような錯覚を覚える。
「星座の配置で扉が開くって、教科書に書いてあったよね」
みっちょが、天井を見上げながら呟いた。フィンが、周囲の壁に刻まれた星座らしき紋様を見比べながら、顔をしかめる。
「これ、どの星座がどの扉に対応してるのか、全然わからないぞ」
「多分、時間帯によって、正しい配置が変わるんだと思う。天文学的なタイミングが必要って、依頼書にもあったし」
◆ ◆ ◆
三人は、持参した星図と、実際の天井の光点を、根気強く照らし合わせていった。これまでの依頼とは違い、力任せでは、まったく突破口が見えない場所だった。
「――ここ、この配置、見たことある気がする」
みっちょが、ふと、以前フィオナから借りた古い書物の記述を思い出した。「特定の星の並びが、対応する扉の位置を示す」という一文があった気がする。
「フィン、あの扉、試してみて」
「本当に、大丈夫か?」
「多分。あの星の並びが、この場所の紋様と、一致してる気がする」
確信は半分、賭けは半分だった。それでも、これまでの積み重ねが、みっちょに、その判断を後押ししてくれていた。
◆ ◆ ◆
フィンが扉に触れると、重い音を立てて、それは静かに開いた。
「――やった!」
ノアが歓声を上げる。だが、喜びも束の間、扉の奥から、これまでにない強さの気配が漂ってきた。
「なんか、この先、嫌な感じがする」
ノアの警戒に、三人は表情を引き締めた。奥へ進むと、宙に浮かぶ、光り輝く幾何学的な魔物――星の欠片が集まって形を成したような、不思議な存在が姿を現した。
「Cランクの洗礼、ってやつか」
フィンが、剣を構えながら、それでも不敵に笑った。
◆ ◆ ◆
魔物の動きは、これまでの敵とは一線を画していた。予測のつかない軌道で、鋭い光の刃を放ってくる。フィンとノアが必死に対応する中、みっちょは、ふと、胸の内で、あの温もりを思い出していた。
――そよ、力を貸してくれる?
店の中でしか呼びかけたことのない相手に、遠く離れたこの場所で、届くかどうかもわからない祈りを、みっちょは、静かに投げかけた。
次の瞬間、みっちょの足元に、微かな風が生まれた。それは、飛来する光の刃の軌道を、ほんの僅かに逸らし、フィンに直撃するはずだった一撃を、掠める程度の傷に留めた。
「――今の……!」
驚くフィンをよそに、みっちょ自身も、信じられない気持ちで、自分の手のひらを見つめていた。オルガの店を離れても、繋がりは、確かに届いていた。
◆ ◆ ◆
その僅かな加護と、三人の連携によって、星の魔物は、やがて光の粒となって霧散した。息を切らしながらも、三人は、確かな達成感に包まれていた。
「みっちょ、今の、精霊の力か?」
「うん……多分。届くとは、思ってなかったんだけど」
「すげえな、お前」
ノアが、素直な尊敬の眼差しを向けてくる。みっちょは、照れくさそうに笑いながらも、確かな手応えを噛み締めていた。
依頼を終え、迷宮を出ると、夕暮れの空が、三人を迎えた。Cランクへの、確かな第一歩――それは、剣術でも、索敵でもなく、これまで積み重ねてきた、あらゆる繋がりの結晶だった。




