情報屋の少年
星詠みの観測所での一件から数日後、三日月亭に舞い込んだのは、少し毛色の違う依頼だった。深淵区で最近頻発している、迷宮素材の横流し疑惑――その裏付け調査への協力要請だった。
「俺たちが、諜報系の依頼を受けるのか?」
フィンが、意外そうに依頼書を見つめた。ブロムが、頷きながら補足する。
「直接的な捜査は、専門の連中がやる。お前らの役目は、深淵区での聞き込みと、周辺警戒だ。Cランクの経験としちゃ、悪くない」
◆ ◆ ◆
深淵区は、以前オルガの店を訪れたとき以来だった。相変わらずの雑多な喧騒の中、三人は、依頼で指定された情報屋の元へと向かった。
「――ここ、で合ってるよな」
フィンが立ち止まったのは、路地裏の、目立たない小さな屋台だった。そこに座っていたのは、フードを目深に被った、小柄な少年だった。
「三日月亭さん、だよね。話は聞いてるよ」
少年の声は、年齢に見合わず、落ち着いていた。フードの隙間から覗く瞳は、鋭く、油断のない光を宿している。
◆ ◆ ◆
「名前は?」
みっちょが尋ねると、少年は、少し警戒するように、一瞬、間を置いた。
「――リンク。とりあえず、それで呼んで」
ノアが、興味深そうに少年を見つめた。
「なあ、もしかして……ハーフ・イノセントか?」
リンクは、その問いに、何も答えなかった。だが、その沈黙自体が、答えのようなものだった。深淵区の隠れ住人――教科書でしか読んだことのない種族に、みっちょは、思わず身を乗り出した。
「教えてほしいことがあるの。最近、素材の横流しについて、何か噂は聞いてない?」
◆ ◆ ◆
リンクは、しばらく三人を観察するように見つめてから、静かに口を開いた。
「――情報は、タダじゃ流さない主義なんだけど。今回は、特別に」
「特別に?」
「オルガ婆さんの紹介、なんだろ。あんたたちのこと」
その名前に、みっちょは驚いた。
「オルガさんと、知り合いなの?」
「まあ、色々とね。あの人には、貸しも借りもある」
リンクは、はぐらかすように言うと、声を潜めて、横流しに関する断片的な情報を語り始めた。深淵区の裏事情に精通した、確かな情報だった。
◆ ◆ ◆
情報を聞き終え、みっちょたちが礼を言うと、リンクは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「別に、礼を言われるようなことじゃない」
「ううん、すごく助かった。ありがとう」
みっちょの素直な言葉に、リンクは、珍しく戸惑ったような表情を浮かべた。
「――あんたたち、なんか、変わってるな」
「変わってる?」
「深淵区の人間に、普通、そんな風に、まっすぐ礼を言う奴、あんまりいないから」
その言葉には、どこか、これまでの孤独を匂わせる響きがあった。フィンが、軽い調子で言う。
「また何かあったら、頼るかもしれない。よろしくな」
リンクは、それには答えず、ただ、小さく肩をすくめただけだった。それでも、その仕草には、拒絶ではない、微かな親しみが滲んでいるように、みっちょには感じられた。
◆ ◆ ◆
深淵区を後にしながら、みっちょは、リンクの背中を、しばらく振り返っていた。
「なんか、気になる人だったね」
「ハーフ・イノセントって、隠密と情報収集のプロなんだろ。あんな年で、もう一人前に稼いでるのか」
ノアが感心したように言うと、フィンも頷いた。
「あいつ、悪い奴じゃなさそうだったな」
みっちょは、リンクの鋭い、けれどどこか寂しげな瞳を思い出しながら、静かに思った。この都市には、まだ自分たちの知らない場所で、それぞれの事情を抱えながら生きている人が、たくさんいるのだろう。いつか、また彼と、違う形で関われる日が来るかもしれない――そんな予感を、みっちょは、胸の奥にそっとしまい込んだ。




