表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/31

約束の朝

母が出発したあと、みっちょは、いつものように学校へ向かった。けれど、授業の内容は、ほとんど頭に入ってこなかった。窓の外を眺めては、遠く、頂上区の方角に視線をやることを、何度も繰り返していた。


「――大丈夫か、みっちょ」


昼休み、フィンが心配そうに声をかけてきた。ノアも、いつになく静かに、彼女の様子を窺っている。


「うん……大丈夫。ちょっと、考え事してただけ」


詳しい事情は話していなかったが、二人には、みっちょが何か大きなものを抱えていることが、伝わっているようだった。それでも、無理に問い詰めることはせず、ただ、いつも通り隣にいてくれた。その静かな気遣いが、今日は、いつも以上にありがたかった。


◆ ◆ ◆

放課後、みっちょは、まっすぐ家には戻らず、店の前に立って、ただ、母の帰りを待った。父トーマスも、店の仕込みを早めに終わらせ、娘の隣に立っていた。


「――大丈夫だ。母さんは、絶対に帰ってくる」


「うん」


言葉にすると、余計に不安が募りそうで、みっちょは、ただ短く頷くことしかできなかった。夕暮れの空が、少しずつ橙色から紫色へと変わっていく。その色の変化の一つ一つが、やけに長く感じられた。


◆ ◆ ◆

――そして、通りの向こうに、見慣れた人影が見えた。


「――母様!」


みっちょは、考えるより先に、駆け出していた。疲れた様子ながらも、しっかりとした足取りで歩いてくるリエラの姿に、涙が、堰を切ったように溢れ出す。


「みっちょ……!」


リエラも、駆け寄ってきた娘を、しっかりと抱きしめた。


「帰ってきたわ。約束通り」


「うん……うん、わかってる」


言葉にならない安堵が、みっちょの胸の中に、静かに広がっていった。


◆ ◆ ◆

その夜、店には、いつもより温かい灯りが灯っていた。無事を祝う、ささやかな夕食。トーマスが、いつになく饒舌に、リエラの好物を並べていく。


「――封印は、鎮まったの?」


食事の合間、みっちょが尋ねると、リエラは、少し疲れた笑みを浮かべながら頷いた。


「一時的にはね。でも、完全な解決には、まだ、遠いわ。セラを、本当の意味で解放する方法は――これから、時間をかけて探していくことになる」


「それでも、今は、危険は去ったんだよね?」


「ええ。少なくとも、すぐに何かが起きる心配は、なくなったわ」


その言葉に、みっちょは、ほっと胸を撫で下ろした。全てが解決したわけではない。それでも、目の前の危機が去り、こうして家族三人で食卓を囲めていることに、深い感謝を覚えていた。


◆ ◆ ◆

「みっちょ」


食後、リエラが、改めて娘に向き直った。


「あなたが集めてくれた魂の欠片、術式の中で、確かに力になってくれたわ。ありがとう」


「わたしにできることなんて、少しだったけど」


「少しじゃないわ。あなたたちが動いてくれなかったら、材料が揃うのが、もっと遅れていたかもしれない」


リエラは、娘の手を、そっと握った。


「――それに。あなたが、魂の欠片に触れて、セラの記憶に共鳴したこと。あれは、きっと偶然じゃないと思うの」


「偶然じゃない、って……?」


「あなたの中にある何かが、いつか、もっとはっきりとした形で、目を覚ますかもしれない。それが何なのか、今はまだ、わたしにもわからないけれど」


◆ ◆ ◆

その言葉の意味を、みっちょは、まだ完全には理解できなかった。それでも、母の目に浮かぶ、期待とも不安とも取れる複雑な光は、確かに、これから先に何かがあることを、静かに予感させていた。


窓の外、月明かりが、静かな居住区を照らしている。今夜は、これまでのどの夜よりも、家族の絆が、確かなものとして、みっちょの胸に刻まれていた。


「母様、父様。今日は、本当に、ありがとう」


「お礼を言うのは、こっちの方よ」


リエラが、優しく微笑んだ。窯の火が、いつも通り、静かに、けれど、これまでよりも少しだけ明るく、家族三人を照らし続けていた。


一つの大きな山は、越えた。それでも、みっちょの中には、まだ見ぬ「何か」への予感と、それに向き合うための、新しい決意が、静かに芽生え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ