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寄ってくる小さきもの

封印牢の一件から、二週間ほどが経った。三日月亭は、これまで通り、D帯の依頼を淡々とこなす日々に戻っていた。今日の依頼は、一番迷宮『常炎の火口』での、火精霊の間引き――かつて初めて挑んだ、思い出深い場所だった。


「懐かしいな、ここ」


ノアが、周囲を見回しながら言った。あの頃と変わらぬ熱気が、三人を包んでいる。


「わたしたち、あの日からずいぶん、遠くまで来た気がする」


みっちょが感慨深く呟くと、フィンも小さく頷いた。


◆ ◆ ◆

依頼通り、火精霊を数体討伐したあと、みっちょたちは、祠の近くで一息ついていた。ふと、みっちょの足元に、小さな、まだ幼い火精霊が、おずおずと近づいてきた。


「――あれ?」


敵対する様子はなく、むしろ、まるで懐くように、みっちょの周りをくるくると漂っている。


「おい、大丈夫か、それ」


フィンが警戒するように剣に手をかけると、みっちょは慌てて制した。


「待って、多分、攻撃してくるつもりはないと思う。なんか、こう……人懐っこい感じ」


幼い精霊は、みっちょの手のひらの上に、そっと乗るようにして、淡い燐光を瞬かせた。


◆ ◆ ◆

「――変なの。今まで、こんなこと一度もなかったのに」


ノアが、興味深そうに顔を近づけた。


「精霊系の魔物が、討伐対象の人間に懐くなんて、聞いたことないぞ」


「なんでだろう……」


みっちょ自身にも、心当たりはなかった。ただ、この小さな精霊から伝わってくる感覚は、以前、魂の欠片に触れたときに感じた、あの温かい記憶の断片と、どこか似ているような気がした。


しばらくすると、幼い精霊は、まるで挨拶をするように、みっちょの周りを一回りしてから、火口の奥へと戻っていった。


◆ ◆ ◆

依頼を終えてギルドに報告に行くと、担当のブロムが、みっちょの話を聞いて、顎を撫でながら考え込んだ。


「――精霊が懐く、か。まったく前例がないわけじゃないが、珍しいな」


「何か、良くないことなんでしょうか」


「良い悪いの話じゃない。ただ、そういう体質……いや、資質を持つ奴は、稀にいる。精霊術士に多いタイプだ」


その言葉に、みっちょの心臓が、小さく跳ねた。精霊術士――母リエラの旧友、セラの肩書きと、同じ言葉だった。


「精霊術士、って……」


「ま、今すぐどうこう気にする話でもない。ただの体質かもしれんし、な」


ブロムは、あえて軽い調子で言うと、それ以上は深く追及しなかった。それでも、みっちょの中には、これまでとは違う種類の予感が、静かに芽生え始めていた。


◆ ◆ ◆

その夜、店に戻ったみっちょは、今日の出来事を、リエラに話した。話を聞いたリエラの表情には、驚きよりも、どこか納得したような色が浮かんでいた。


「――やっぱり、そうなのね」


「やっぱり、って?」


「あなたのお祖母様も、そういう体質だったの。精霊に好かれやすい、って。魔導の才には恵まれなかったけど、その代わりに、精霊たちと不思議と心を通わせられる人だった」


初めて聞く話に、みっちょは目を丸くした。


「わたしの魔力が弱いのも、もしかして……」


「魔導の力と、精霊術の資質は、また別の種類のものなの。あなたは、もしかしたら、精霊に選ばれる側の人間なのかもしれないわ」


◆ ◆ ◆

「精霊術士になったら、母様やセラさんみたいに、なれる?」


みっちょの問いに、リエラは、優しく、けれど少し寂しげに微笑んだ。


「なれるかもしれない。でも、それは、あなた自身が選ぶことよ。誰かの後を追うためじゃなくて、あなた自身の意志で」


「うん……ゆっくり、考えてみる」


窯の火が、いつも通り、静かに揺れていた。今日出会った小さな精霊の温もりを思い出しながら、みっちょは、自分の中に、これまで気づかなかった何かが、確かに息づき始めていることを、静かに実感していた。


まだ、それが何なのか、はっきりとはわからない。それでも、少しずつ、少しずつ――自分の物語が、新しい扉の前に立っていることを、みっちょは、確かに感じ取っていた。

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