弓と、ナイフと
ギルド訓練場は、パン屋の裏路地から歩いて半刻ほどの場所にあった。中央区の外れ、居住区との境目に建つ石造りの建物で、見習い証を見せると、受付の獣人の女性が気だるげに顎で奥を示した。
「初級装備適性検査は右の扉。もう始まってるよ」
扉を開けると、思ったより広い訓練場が目に飛び込んできた。板張りの床、壁際に並んだ木製の的、そしてずらりと並んだ武器棚。弓、短剣、細身の剣、槍――どれも刃を落とした訓練用のものだが、それでも見ているだけで、みっちょの手のひらにじんわりと汗が滲んだ。
「お、みっちょも来たのか」
声のした方を見ると、ノアが弓を手に、ぎこちない構えをしていた。見習い実習は希望制だが、ノアも参加を決めたらしい。
「ノアも来てたんだ。よかった」
「よかった、じゃないよ。おれ、昨日の今日でびびってるのに……でも、みっちょが行くなら、おれも行くしかないだろ」
照れくさそうに言うノアに、みっちょは思わず笑ってしまった。
◆ ◆ ◆
検査官は、白髪交じりのドワーフの男だった。名をブロムと名乗り、太い腕を組みながら、居並ぶ見習いたちを見渡した。
「適性検査っつっても、難しいことはしねえ。弓、短剣、剣、槍――一通り触ってみて、自分の手に馴染むものを探せ。得意不得意は、教える側が見りゃわかる」
フィンは真っ先に剣を手に取り、危なげない構えを見せた。さすが探索者の家系というべきか、素振り一つとっても様になっている。ブロムが小さく頷くのが見えた。
みっちょの番が来た。まずは弓を渡される。的までの距離はそう遠くない。矢をつがえ、狙いを定める――が、放った矢は的の端をかすめて、あさっての方向へ飛んでいった。
「あ……」
「力むな。肩の力を抜け」
ブロムの指導通りにやり直しても、結果は大差なかった。次に短剣を渡される。素振りをしてみるが、重心の置き方がわからず、二度ほどよろけてしまった。
剣も、槍も、似たようなものだった。器用でも不器用でもない、ただ、何の武器も自分の一部になってくれない――そんな感覚だけが、じわじわとみっちょの胸を締め付けていく。
周りの見習いたちが、少しずつ何かしらの武器で様になっていく中、みっちょだけが、どれもぎこちないままだった。
◆ ◆ ◆
「向いてない、のかな……」
休憩の合間、隅で膝を抱えるみっちょに、ノアが隣に座った。
「そんなことないだろ。おれだって、弓は全然当たんないし」
「ノアは索敵の才能があるじゃない。獣人だし」
「才能なんて、おれにはよくわかんないよ。それに――みっちょは、密林でおれを見つけてくれた。あれは、剣や弓じゃできないことだろ」
その言葉に、みっちょは顔を上げた。
「戦う才能がなくたって、いいんじゃないの。みっちょには、みっちょのやり方があるんだから」
不器用な励まし方だったが、みっちょの胸には、ちゃんと届いた。
そこへ、ブロムが歩み寄ってきた。手には、これまでとは違う、小ぶりのナイフを持っている。刃渡りは短く、装飾もない、実用一辺倒の道具だった。
「一つ、試してみるか」
「これは……?」
「投擲用のナイフだ。振り回す武器じゃねえ。狙って、投げる。力よりも、目と、間合いの読みがものを言う」
言われるままに構え、狙いを定める。これまでの武器と違い、力を込めて振るう必要がない。ただ、的までの距離、風の流れ、腕の角度――窯の火加減を見るのと、どこか似ている気がした。
投げたナイフは、的の外側に刺さった。命中とは言えない。けれど、これまでの武器とは、明らかに違う手応えがあった。
「――もう一回、いいですか」
気づけば、みっちょはそう口にしていた。
◆ ◆ ◆
何度も、何度も投げた。周りの見習いたちが休憩を終えて次の課題に移っても、みっちょは一人、的の前に立ち続けた。汗が滲み、腕が重くなっても、不思議と嫌にはならなかった。
ブロムは、そんなみっちょをしばらく黙って眺めていたが、やがてぼそりと呟いた。
「筋はよくねえ。だが――しつこいな、お前」
「褒めてます……?」
「褒めてる。この仕事は、才能より先に、しつこさが物を言う。何百回でも同じ動きを繰り返せる奴が、最後には伸びる」
陽が傾き始めた頃、みっちょの手には、いくつもの小さな豆ができていた。それでも、最後の一投は、初めて的の中心近くに刺さった。
「――やった」
小さな声だったが、確かな達成感があった。派手な才能でも、生まれ持った力でもない。ただ、繰り返した回数だけが、そこにあった。
投擲ナイフ。それが、みっちょが選んだ、最初の武器になった。




