表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
28/31

儀式前夜

準備が整うまでの数日間は、あっという間に過ぎていった。ギルドから届いた「魂の欠片」を使い、封印札の製作が進められているという報告を、みっちょはリエラから逐一聞いていた。


「明日、いよいよ、封印牢に向かうわ」


夕食の席で、リエラが静かに告げた。その声には、これまでのような迷いはなく、ただ、覚悟だけがあった。


「アルドたちと合流して、日の出とともに出発する予定よ」


「――うん」


みっちょは、それだけしか、言葉が出てこなかった。


◆ ◆ ◆

その夜、みっちょは、なかなか寝付けなかった。何度も寝返りを打ちながら、天井を見つめる。窓の外からは、いつもと変わらない、静かな夜風の音だけが聞こえていた。


――明日、母様は、危険な場所に向かう。


頭ではわかっていても、実感が、なかなか追いつかなかった。これまでの日々があまりにも「いつも通り」だったからこそ、その「いつも通り」が崩れることへの恐怖が、じわじわと胸を締め付けていた。


気づけば、みっちょはベッドを抜け出し、そっと厨房へ下りていた。窯の前には、先に起きていたリエラが、静かに座っていた。


◆ ◆ ◆

「――眠れないの?」


「うん。母様も?」


「わたしも」


リエラは、小さく笑った。みっちょは、母の隣に腰を下ろした。窯の残り火が、いつもより静かに、けれど確かな温もりで、二人を照らしていた。


「怖い?」


みっちょが尋ねると、リエラは、少し考えてから答えた。


「怖いわ。正直に言うと、逃げ出したいくらいに」


「それでも、行くんだね」


「行くわ。十五年間、逃げ続けてきたから。今度こそ、ちゃんと、セラと向き合いたいの」


その言葉には、恐怖を上回る、確かな意志があった。みっちょは、母の横顔を、静かに見つめた。


◆ ◆ ◆

「――ねえ、母様」


「なに?」


「わたし、いつか、母様が今、抱えてるものと同じくらい、重いものを、自分の力で背負えるようになりたい」


唐突な言葉に、リエラは驚いたように娘を見つめた。


「今すぐじゃなくていい。でも、いつか。母様が、わたしを守るためだけの人じゃなくて――一緒に、何かを背負える相手になりたいの」


リエラの目に、涙が滲んだ。それは、悲しみからくるものではなく、もっと複雑な、誇らしさと、切なさが入り混じったものだった。


「――あなたは、もう十分すぎるくらい、わたしを支えてくれているわ」


「そんな、大したこと、してない」


「してるわ。今夜、こうして隣にいてくれることも、その気持ちも――全部、支えになってる」


◆ ◆ ◆

「母様。約束して」


「なに?」


「絶対に、帰ってくるって」


その言葉に、リエラは、しばらく黙り込んでから、静かに、けれどはっきりと頷いた。


「――約束する。必ず、帰ってくる。セラを、あそこに置いたままにはしないし、あなたを一人にもしない」


二人は、しばらく、何も言わずに、窯の火を見つめ続けた。明日への不安は、消えたわけではなかった。それでも、この夜、確かに交わされた約束が、二人の間に、静かな支えとなって残っていた。


「――そろそろ、寝ましょう。明日は、早いから」


「うん」


立ち上がりかけたリエラを、みっちょは、そっと抱きしめた。母の身体は、思っていたよりも小さく、けれど、確かな温もりを持っていた。


「大好きだよ、母様」


「――わたしもよ、みっちょ」


窯の火が、静かに消えかけていた。それでも、二人の間には、明日を迎えるための、確かな灯りが、まだ残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ