魂の欠片
二度目の『虚空の図書館』は、以前とは違う緊張感に満ちていた。今回の目的は討伐でも調査でもなく、書架の奥深くに稀に見つかるという「魂の欠片」の採取――封印札の材料となる、繊細で貴重な素材だった。
「魂の欠片は、本の中でも特に『強い想い』が込められた記述に、稀に宿ることがあります」
案内役として同行してくれたフィオナが、慎重な口調で説明した。
「見た目は、淡く光る、小さな結晶のようなものです。ただし、無理に引き剥がそうとすると、本自体が凶暴化することがあるので、注意してください」
「強い想い、ですか……」
みっちょは、その言葉に、ふと母のことを思った。十五年間、セラを想い続けてきたリエラの心も、きっと、この迷宮に宿るものと同じくらい、強く、重いものなのだろう。
◆ ◆ ◆
書架の奥、これまで足を踏み入れたことのない一角に、三人は慎重に進んでいった。埃をかぶった本の背表紙には、様々な言語――中には、教科書でも見たことのない、古い文字のものもあった。
「――あった」
ノアが、耳を澄ませながら、ある本棚の前で足を止めた。一冊の本の隙間から、淡い光が、かすかに漏れている。
「これか……?」
フィンが慎重に本を取り出すと、そのページの間に、小さな、透き通った結晶が挟まっていた。淡い光を放つそれは、確かに、フィオナの説明通りのものだった。
「フィオナさん、これで合ってますか」
「――はい、間違いありません。丁寧に、優しく取り出してください」
◆ ◆ ◆
みっちょが、震える指先で結晶に触れた瞬間、頭の中に、一瞬、誰かの記憶の断片のようなものが流れ込んできた。
――誰かの、笑い声。楽しげな、けれど少し寂しさを含んだ声。「あとは頼んだわよ」という、あまりにも軽い口調の言葉。
「――!」
思わず手を止めると、フィンが心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうした、大丈夫か」
「うん……なんか、一瞬、誰かの記憶みたいなものが、見えた気がして」
フィオナが、興味深そうに眉を上げた。
「稀に、そういうことがあるようです。強い想いが込められた欠片ほど、触れた者に、何かを伝えることがあるとか。あなたの資質と、何か関係しているのかもしれませんね」
みっちょは、自分の手のひらの中の結晶を、じっと見つめた。今見えたものが、本当に誰かの記憶なのか、単なる想像なのか、確信は持てなかった。それでも、その声の響きは、どこか、母の語ったセラという人の姿と、重なるような気がしてならなかった。
◆ ◆ ◆
予定していた数の欠片を集め終える頃には、三人は、精神的にも肉体的にも、かなり消耗していた。それでも、達成感は確かなものだった。
「これで、母さんの手伝い、少しはできたのかな」
「少しどころじゃないだろ。ギルドが確保できてなかった素材を、俺たちが揃えたんだ」
フィンの言葉に、ノアも大きく頷いた。
「おれたち、ちゃんと役に立てたんだな」
フィオナが、集めた欠片を丁寧に専用の箱に納めながら、優しく微笑んだ。
「これは、私からすぐにギルドへ届けます。あなたたちの働きは、間違いなく、大きな助けになるはずです」
◆ ◆ ◆
その夜、店に戻ったみっちょは、リエラに今日の出来事を報告した。集めた欠片に触れたとき、誰かの記憶のようなものを感じたことも、正直に伝えた。
「――笑い声と、『あとは頼んだわよ』って言葉?」
リエラの声が、わずかに震えた。
「それ、多分……セラの、口癖だったの」
「え……」
「昔から、そういう風に、あっさりと物事を任せる人だった。今のあなたと同じくらいの年頃から、変わらずに」
母の目に、驚きと、何か懐かしいものを見るような優しさが浮かんでいた。みっちょは、自分がまだ会ったこともない人と、ほんの一瞬、繋がったような不思議な感覚に包まれていた。
「――セラさんに、会ったこともないのに。なんだか、他人な気がしなかった」
「きっと、あなたの中にある何かが、彼女の想いに共鳴したのね」
リエラは、そっと娘の頭を撫でた。窯の火は、いつも通り静かに燃えながら、母と娘の間に流れる、新しい絆の兆しを、優しく照らしていた。




