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窯の火の前で

「みっちょ。今夜、店を閉めたあと、少し時間をもらえる?」


夕方、母がそう切り出したとき、みっちょは、これから話されることの重さを、なぜか予感していた。父トーマスの表情も、いつもより静かで、真剣だった。


「うん……大丈夫」


頷きながらも、心臓が、静かに、けれど確かに早く打ち始めていた。


◆ ◆ ◆

店を閉め、灯りを一つだけ残した厨房で、三人は小さな机を囲んで座った。窯の残り火が、いつもより控えめに、部屋を照らしている。


「――昔、話すって言ったこと、覚えてる?」


「うん。母様が、探索者だった頃のこと」


「今日、それを、全部話すわ」


リエラの声は、静かだったが、震えてはいなかった。みっちょは、ただ黙って、母の言葉を待った。


◆ ◆ ◆

リエラは、ゆっくりと、十五年前の出来事を語り始めた。二十五番迷宮『禁断の封印牢』での定期補強任務。仲間だったアルドとセラ。突然の封の綻び。そして、セラが依代となって、封印の奥に留まった、あの日のこと。


「セラは、わたしにとって、姉のような人だった。誰よりも明るくて、誰よりも、危険を恐れない人だった」


「その人が……今も、封印の中にいるの?」


「そう。あれから十五年、彼女はまだ、あそこにいる。時間稼ぎのための、一時的な措置だったはずなのに――結局、代わりの方法は、見つけられなかった」


みっちょは、これまで聞いた断片――『封印牢が揺れている』『セラの分まで』――が、一つの、大きな物語として繋がっていくのを感じていた。


◆ ◆ ◆

「最近、封印が、また弱くなってきているの。深淵の嘆きの幻聴が広がっているのも、そのせい。先日は、調査に入った探索者が、精神的な汚染を受けて倒れた」


「それで、母様が……」


「ギルドから、正式に協力を要請されたわ。封印を鎮めるための術式――今の都市で、それを完全に理解しているのは、わたしだけみたいだから」


その言葉に、みっちょの中で、様々な感情がせめぎ合った。恐怖、驚き、そして――抑えきれない不安。


「危ないの? 母様が、危ない目に遭うってこと?」


「危険がないとは、言えない。だから、正直に話すことにしたの。あなたに、隠したまま、勝手に事を進めるのは――違うと思ったから」


◆ ◆ ◆

「なぜ、今まで話さなかったの?」


みっちょの問いに、リエラは、少し困ったように微笑んだ。


「――あなたが、自分の足で立てるようになるまで、待ちたかったの。母親の後悔や、重い過去を、まだ何も知らない子供に背負わせたくなかった」


「でも、今は?」


「今のあなたは、もう、ちゃんと自分の足で立ってる。密林で仲間を助けて、投擲ナイフを選んで、パーティを組んで、昇格試験にも受かった。少しずつ、けれど確かに、強くなってる」


リエラは、娘の手を、そっと握った。


「だから、もう、隠す必要はないと思ったの。これは、母親としての、精一杯の判断よ」


◆ ◆ ◆

長い沈黙のあと、みっちょは、ゆっくりと口を開いた。


「――ありがとう、話してくれて」


「怖くない?」


「怖いよ。すごく怖い。母様が、危ない場所に行くって考えるだけで」


正直な言葉だった。それでも、みっちょは、続けて言った。


「でも、母様が、逃げずに向き合うって決めたなら――わたしも、逃げたくない。何もできなくても、せめて、知らないふりだけはしたくない」


その言葉に、リエラは、しばらく黒く濡れた目で娘を見つめ、それから、静かに頷いた。


「――ありがとう」


◆ ◆ ◆

トーマスが、少し重い空気を和らげるように、そっと言葉を挟んだ。


「――お前が、こんな風に、母さんの話をちゃんと受け止められる子に育ったのを見て、俺は、誇らしいよ」


「父様……」


「怖いのは、当然だ。だが、それでも、逃げずに一緒に受け止めようとする――それは、簡単なことじゃない」


三人は、しばらく、何も言わずに、窯の残り火を見つめていた。語られた真実の重さは、決して軽いものではなかった。それでも、こうして三人で分け合えたことに、みっちょは、確かな安堵を感じていた。


「準備が整うまで、あと数日かかるわ。その間に、また詳しいことを話すから」


「うん。聞かせて。全部」


窯の火が、静かに揺れていた。これまで一人で抱えてきた母の重荷は、今夜、確かに、少しだけ分けられたのだと、みっちょは思った。そして、その重さの分だけ、これから自分にできることを、しっかりと見つけていきたいと、静かに、けれど強く、心に誓った。

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