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幕間 覚悟の形

閉店後の店に、アルドが正式な依頼状を手に現れたのは、月の明るい夜だった。今回は、フードを外し、ギルドの紋章が入った封蝋付きの書状を、丁寧にリエラへ差し出した。


「ギルド副長ギムレの名において、正式に要請する。封印牢の鎮静措置に、あなたの力を借りたい」


「――そう。ついに、正式な話になったのね」


リエラは、封蝋を静かに眺めた。これまでの、非公式な、いわば「個人的な頼み」だったやり取りとは、明らかに重みが違う。


「もう、後戻りできない段階まで来てるってことね」


「ああ。仲間が一人、汚染の症状で倒れた。対症療法しかできず、根本的な解決には、封印そのものを鎮める必要があると、医療部門も断言している」


◆ ◆ ◆

厨房の隅で、その様子を見守っていたトーマスが、静かに口を開いた。


「――リエラ」


「トーマス」


「お前が決めることだ。俺は、何を選んでも、支える」


その言葉に、リエラは一瞬、目を閉じた。十五年前、探索者を辞めた自分を、何も聞かずに受け入れてくれた夫。その存在の大きさを、今更ながらに、強く感じていた。


「――ありがとう」


リエラは、アルドに向き直った。その顔には、これまでの迷いとは違う、静かな決意が浮かんでいた。


「わかった。協力するわ」


◆ ◆ ◆

「――ただし、条件がある」


「なんだ」


「みっちょに、話す。あなたたちの都合で、いつまでも隠しておくつもりはないの」


アルドは、少し驚いたように目を見開いた。


「危険が及ぶことを、恐れているんじゃないのか」


「恐れてるわ。当然よ。でも――あの子はもう、十四歳の、何も知らない子供じゃない。探索者として、少しずつ、自分の足で立とうとしてる」


リエラの声には、これまでの迷いを断ち切るような、はっきりとした強さがあった。


「母親の勝手な都合で、あの子を蚊帳の外に置いたまま、事を進めるのは――もう、違う気がするの」


◆ ◆ ◆

「いつ、話すつもりだ」


アルドの問いに、リエラは、窓の外の月を見上げながら答えた。


「準備が整うまで、あと数日はかかるんでしょう?」


「そうだな。術式の再確認、必要な道具の手配――早くても、五日はかかる」


「なら、その間に話すわ。あの子が、心の準備をする時間くらいは、ちゃんと作ってあげたい」


アルドは、しばらくリエラの顔を見つめてから、静かに頷いた。


「――わかった。ギルド側の準備は、俺が進めておく」


「よろしく。それから」


「なんだ」


「セラに――もう少しだけ待っていてって、伝えておいて」


その言葉に、アルドは何も答えず、ただ、深く頷いた。


◆ ◆ ◆

アルドが去った後、リエラは、しばらく一人で厨房に立っていた。窯の残り火が、静かに揺れている。トーマスが、そっと隣に立ち、彼女の肩に手を置いた。


「――怖くないのか」


「怖いわよ。すごく」


リエラは、小さく笑った。


「でも、十五年前と同じくらい怖いなら、今度は、逃げずに向き合いたい。あの子に、恥ずかしくない母親でいたいから」


トーマスは、それ以上何も言わず、ただ静かに、妻の肩を抱いた。窯の火は、二人を、いつまでも変わらぬ温かさで照らし続けていた。


数日後に訪れるだろう、娘との対話の時間を思いながら、リエラは、静かに、けれど確かな覚悟を、胸の奥に固めていった。

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