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古き紋章の扉

「解読が終わりました。もう一度、来ていただけますか」


フィオナからの呼び出しが届いたのは、廃都の調査から十日ほど経った頃だった。三日月亭の三人は、逸る気持ちを抑えながら、再び七番迷宮『機械仕掛けの廃都』へと向かった。


「刻まれていた文字は、古代共通語の一種でした。要約すると――『この先、都市の礎を守りし者のみ、進むことを許す』」


「都市の礎……?」


「ラビリントスという都市そのものの、成り立ちに関わる何かを示している可能性があります。断定はまだできませんが」


フィオナの声には、抑えきれない興奮が滲んでいた。


◆ ◆ ◆

『都市の礎を守りし者』という条件が何を指すのか、フィオナにも明確な答えはなかった。ひとまず、扉に触れてみることになった。


「危険はないんですか?」


ノアが慎重に尋ねると、フィオナは首を横に振った。


「条件を満たさない者が触れた場合、多くはただ弾かれるだけです。過去の同種の遺構でも、そういう記録が多い」


「多くは、って言い方が怖いんだけど」


フィンが顔をしかめながらも、代表して扉に手を伸ばした。触れた瞬間、扉に刻まれた歯車の意匠が、かすかに光り――そのまま、何の反応もなく消えた。


「弾かれもしなかったな」


「単に、条件を満たしていないだけかもしれません。次、お願いできますか」


ノアが試すが、結果は同じだった。最後に、みっちょが扉に手を伸ばす。


◆ ◆ ◆

指先が扉に触れた瞬間、歯車の意匠が、これまでとは違う、はっきりとした輝きを放った。


「――!」


驚いて手を離そうとしたが、扉はすでに、重い音を立てて、ゆっくりと開き始めていた。


「みっちょ、大丈夫か!?」


フィンが咄嗟に肩を抱くように支えたが、みっちょ自身に、痛みや異変はなかった。ただ、扉の奥から、かすかな、けれど確かな熱のようなものが、指先から全身に伝わってくる感覚があった。


扉の奥には、小さな祭壇と、そこに安置された、色褪せた古い記章のようなものがあった。フィオナが慎重に近づき、灯りをかざす。


「これは……初期のギルド設立時に使われていた、原初の紋章です。文献でしか見たことがなかった」


◆ ◆ ◆

「なんで、みっちょだけ扉が開いたんだ?」


フィンの問いに、フィオナはしばらく考え込んでから、慎重に言葉を選んだ。


「――憶測になりますが。古い遺構の条件付き解錠には、時折『資質』が関わることがあります。血筋、あるいは魂の性質のようなもの、と言われていますが、詳しい機序はわかっていません」


「資質、ですか……」


みっちょは、自分の手のひらを見つめた。何か特別な力を持っているという実感は、まるでなかった。それでも、この扉が、自分にだけ何かを示したという事実は、胸の奥にざわつきを残した。


「今のところ、深く気にする必要はないと思いますよ。むしろ、こういう記録が一つ増えたことが、私にとっては大きな収穫です」


フィオナは、努めて明るく言った。それでも、みっちょの中に生まれた小さな疑問は、簡単には消えそうになかった。


◆ ◆ ◆

その夜、店に戻ったみっちょは、いつものように窯の前に座りながら、今日の出来事を反芻していた。『都市の礎を守りし者』『資質』――普段の依頼では聞いたことのない言葉の数々が、頭の中で渦を巻いていた。


「母様。エルフって、遺構とか、古い仕掛けと、特別な繋がりがあったりするの?」


不意の質問に、リエラの手が、パン生地の上で一瞬止まった。


「……どうして、そんなことを聞くの」


「今日、迷宮で古い扉が見つかって。わたしが触ったら、なぜか開いたの。フィオナさんは『資質』が関係してるかもって言ってたけど」


リエラは、しばらく黙り込んだあと、静かに、けれどどこか複雑な表情で答えた。


「――エルフの中には、稀に、そういう遺構や古い力に反応しやすい者がいるって、聞いたことはあるわ」


「母様も、そうなの?」


「……昔は、そうだったかもしれないわね」


それ以上は多くを語らず、リエラは話を切り上げるように、窯の火加減に意識を戻した。みっちょは、それ以上追及しなかったが、母の答えに滲んでいた、ほんのわずかな緊張の色を、確かに感じ取っていた。


窯の火は、いつも通り静かに燃えていた。けれどその夜、みっちょの中には、これまでとは違う種類の問いが、静かに芽吹き始めていた。



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