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幕間 封印牢の記録

ギルド本部の地下、一般の探索者には立ち入りが許されない「監査室」で、アルドは古びた革表紙の報告書を机に広げていた。差し込む灯りは魔石ランプの淡い光のみで、部屋の空気は昼間だというのに、地下特有の湿った冷たさを保っている。


向かいの席には、ギルド上層部の一人――中央区の統括を任された年配のドワーフ、副長のギムレが腰を下ろしていた。


「――で、報告の裏は取れたのか」


「深淵の嘆き周辺で報告される幻聴の頻度は、この半年で三倍近くに増えている。範囲も、以前は迷宮内に限られていたが、今では最寄りの居住区の一角にまで及んでいるという証言がある」


ギムレは眉根を寄せた。


「幻聴程度で、そこまで騒ぐことか」


「幻聴だけなら、そうだろう。だが」


アルドは、報告書の別のページを開いた。そこには、二十五番迷宮『禁断の封印牢』の見取り図と、封印儀式に関する古い記録が挟まれていた。


「深淵の嘆きと封印牢は、地下水脈と魔力の流れで繋がっている――これは、十五年前の調査でも確認済みだ。片方の異常は、もう片方に波及する」


◆ ◆ ◆

ギムレは、しばらく沈黙したあと、探るような目でアルドを見た。


「お前、あの時のパーティの生き残りだったな」


「ああ」


「セラ・ヴァンダインの、な」


その名前を口にされ、アルドの表情が、わずかに硬くなった。


「あの日の詳細は、機密扱いのはずだが」


「機密は機密だ。だが、俺もあの頃、副長補佐だった。すべてを忘れたわけじゃない」


ギムレは、深く息を吐いた。


「封印牢の奥に封じられていたものを、完全に消し去ることはできず、代わりに『鎮める』方向で決着させた。セラは、その代償の中心にいた。そして、リエラは――」


「その話は、いい」


アルドが、鋭く遮った。


「リエラは、もう探索者じゃない。あの子には、関係のない話だ」


「関係のない話が、封印の揺らぎと共に、また表に出ようとしている。それが問題なんだろう」


ギムレの指摘に、アルドは反論できなかった。


◆ ◆ ◆

「調査隊を組む必要がある」


アルドが切り出すと、ギムレは腕を組んだ。


「Aランク以上でなければ、封印牢には近づけない。今のギルドで動かせる人員は限られている」


「わかっている。だからこそ、今のうちに、内々に動く必要がある。表沙汰になれば、都市中がパニックになる。特に――」


アルドは、報告書の隅に書かれた一文に目を落とした。


『深淵の嘆きの異常拡大、政治的圧力の材料として利用される懸念あり』


「神聖エーテル王国が、これを口実に、封印牢の管理権を要求してくる可能性がある。奴らは昔から、呪い系迷宮の管理を『宗教的な庇護』の名目で欲しがっていた」


「厄介だな」


「厄介だ。だからこそ、都市の内部で、静かに、しかし確実に処理する必要がある」


ギムレは、しばらく報告書を見つめたあと、ゆっくりと頷いた。


「――わかった。極秘の調査枠を用意しよう。ただし、アルド」


「なんだ」


「もし本当に手に負えなくなったら、リエラの力を借りることも、視野に入れておけ。あの女の封印術の腕は、今のギルドの誰よりも上だった」


アルドは、答える代わりに、静かに報告書を閉じた。その横顔には、過去への負い目と、これから訪れるかもしれない未来への予感が、複雑に入り混じっていた。


◆ ◆ ◆

監査室を出たアルドは、地上へ続く階段を上りながら、十五年前の光景を思い出していた。


封印牢の最奥、崩れかけた祭壇の前で、セラが最後に見せた笑顔。「あとは頼んだわよ」という、あまりにも軽い口調の別れの言葉。そして、それを見送ることしかできなかった、若い日の自分とリエラ。


あの日から、リエラは剣を置き、アルドはギルドの裏方として、静かに封印の監視を続けてきた。二人とも、それぞれのやり方で、セラの分の人生を背負おうとしていたのかもしれない。


地上に出ると、夕暮れの中央区は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。祭りの後片付けをする商人たち、笑いながら帰路につく子供たち――その平和な光景の中に、あの日置いてきたはずのものが、ゆっくりと影を伸ばしつつあることを、アルドだけが知っていた。


「――今度は、間に合わせる」


誰に言うでもなく、アルドは小さく呟いた。夕陽に染まる街並みを、しばらく黙って見つめ続けていた。



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