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ハーロウ家の書斎

「昇格試験の推薦状、家の人にサインしてもらう必要があるんだって。俺の分、忘れ物したから、みっちょ、一緒に取りに来てくれないか」


放課後、珍しくフィンの方から頼み事をされて、みっちょは少し驚いた。いつも自分から人を頼ることのない彼が、こうして声をかけてくるのは初めてのことだった。


「いいけど……どうして、わたし?」


「別に、理由なんてない。たまたま近くにいたからだ」


ぶっきらぼうな返事だったが、みっちょはそれ以上追及せず、フィンの後をついていった。


◆ ◆ ◆

ハーロウ家は、居住区の中でも比較的裕福な一角にあった。石造りの立派な門構え、手入れの行き届いた庭――パン屋の質素な佇まいとは、明らかに違う空気があった。


「お邪魔します……」


「別に、かしこまらなくていい」


屋敷の中は静かで、どこか張り詰めた空気が漂っていた。応接間を通り過ぎるとき、壁に飾られた大きな肖像画が目に入る。凛々しい表情の男性が、探索者らしい重厚な装備を身にまとって描かれていた。


「あれ、父さんだ。Dランクパーティのリーダーやってる」


フィンは、肖像画を一瞥もせずに、素っ気なく言った。


◆ ◆ ◆

書斎で忘れ物の書類を探していると、扉が音もなく開いた。現れたのは、肖像画そのままの、鋭い目つきの男性だった。


「フィン。今日は早いな」


「忘れ物を取りに来ただけだ。すぐ出る」


フィンの声が、これまでみっちょが聞いたことのないほど硬いものになった。父親は、みっちょの存在に気づくと、値踏みするような視線を向けた。


「パーティの仲間か」


「はい、あの、ミリッサ・ティーナです……」


「エルフか。魔導系の家系ではなさそうだな」


その一言に、悪意は感じられなかったが、どこか品定めをするような響きがあった。フィンが、珍しく苛立ちを露わにした。


「父さん、彼女は関係ない。俺の推薦状にサインしてくれればいいだけだ」


「昇格試験か。まだD帯止まりの見習いパーティで、B帯を目指すには早すぎるのではないか」


「まだそんな先の話はしてない。今はD帯の話だ」


「私がお前の年の頃には、既にC帯だった。焦らなくていいと思っているなら、それは甘えだ」


張り詰めた沈黙が、部屋を満たした。みっちょは、二人の間に流れる空気の重さに、思わず息を潜めた。


◆ ◆ ◆

推薦状にサインをもらい、屋敷を出たあと、フィンはしばらく無言のまま歩いていた。夕暮れの道を、二人分の足音だけが響く。


「――ごめん、変な空気にして」


「みっちょが謝ることじゃない」


フィンは、いつもより低い声で言った。


「父さんは、昔から、ああなんだ。俺が何をしても、自分と比べる。もっと早く、もっと上を、って」


「大変、だったんだね」


「大変とかじゃなくて――普通のことだと思ってた。探索者の家系なんて、大体どこもあんな感じだろうって。でも」


フィンは、少し言い淀んでから、続けた。


「お前を見てると、ちょっと違うなって思う時がある。強くなりたい理由が、誰かと比べるためじゃなくて――誰かの役に立ちたいから、なんだろ」


「そんな、大層なものじゃないよ」


「いや、大層だよ。俺には、それがない」


珍しく素直な言葉に、みっちょは何と返せばいいかわからなかった。ただ、フィンの横顔が、いつもの余裕とは違う、迷いを帯びていることだけは、はっきりとわかった。


◆ ◆ ◆

「なあ、みっちょ」


「なに?」


「俺が強くなりたい理由、いつか見つかったら――お前らに、一番に言うよ」


それは、これまでのフィンからは想像もつかないほど、不器用で、けれど確かな言葉だった。みっちょは、思わず微笑んだ。


「うん。楽しみにしてる」


夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。それぞれの家に、それぞれの重さがある。けれど、その重さを分け合える誰かがいることが、少しだけ、それを軽くしてくれるのかもしれない――みっちょは、そんなことを思いながら、フィンと並んで歩く道を、いつもより少しだけ、大切に感じていた。



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