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グレイ家の食卓

「今日、うちに寄っていかないか。母さんが、みっちょに会いたいって、前から言ってて」


放課後、ノアに誘われたのは、ちょっとした偶然だった。祭りで焼いた発光胞子パンの評判を、ノアが家で話したところ、母親が「一度食べさせて」とせがんでいるのだという。


「いいの? じゃあ、少し持っていくね」


みっちょは、店から余ったパンをいくつか包んで、ノアの後をついていった。獣人の多く住む区画は、居住区の中でも少し外れた、静かな一角にある。


◆ ◆ ◆

グレイ家は、小さいながらも賑やかな家だった。扉を開けた途端、みっちょはその活気に少し圧倒された。


「あら、ノアのお友達? いらっしゃい!」


ノアの母親は、快活な笑顔の狼獣人だった。奥からは、幼い弟妹らしき二人の子供が、興味津々な顔で顔を覗かせている。


「兄ちゃんの友達だ!」「パンの匂いする!」


「これ、お土産です。発光胞子パンです」


「まあ、噂の! ありがとう、遠慮なくいただくわね」


賑やかな食卓に招かれ、みっちょは少し緊張しながら椅子に腰かけた。ノアの父親は、狩猟や運搬の仕事で忙しく留守がちだと聞いていたが、今日はたまたま早めに帰宅していて、無口ながらも柔らかな笑みで迎えてくれた。


◆ ◆ ◆

食事の合間、ノアの母親が、ふと懐かしそうな顔で言った。


「ノアはね、小さい頃から、耳や鼻がいいだけの、臆病な子だったのよ」


「か、母さん、やめてよ」


ノアが慌てて割って入るが、母親は笑いながら続けた。


「獣人の子供って、普通はもっと威勢がいいものなんだけど。この子は、周りの大人がすごいすごいって褒めるたびに、逆に萎縮しちゃってねぇ」


「才能があるのに、それを重荷に感じてたってことですか?」


みっちょが尋ねると、母親は少し考えるように頷いた。


「そうねぇ。獣人は索敵と回収のプロだって、周りは当たり前みたいに期待するでしょう。でも、期待に応えられるかどうかは、その子次第。ノアは、真面目だから、余計にそれを気にしちゃうタイプなの」


その言葉に、みっちょは密林迷宮での出来事を思い出した。手柄を立てようと先走って、迷子になったノア。あれも、きっと同じ理由からだったのだろう。


◆ ◆ ◆

食後、ノアと二人で、家の裏手にある小さな庭に出た。夕暮れの空の下、洗濯物が風に揺れている。


「ごめんな、母さんが変なこと話して」


「ううん。ノアのこと、少しわかった気がする」


「――才能があるのに、って言われるの、正直、しんどかったんだ。獣人だから当然でしょって顔されると、自分が自分じゃなくなる気がして」


ノアは、耳を伏せがちに、けれど珍しくはっきりと言葉にした。


「でも、みっちょが密林で見つけてくれたとき、思ったんだ。才能とか関係なく、ちゃんと『助けたい』って思ってくれる人がいるんだなって」


「わたしも、同じだよ。戦う才能なんてないのに、ノアやフィンが、それでもパーティに入れてくれた」


二人は、しばらく並んで、風に揺れる洗濯物を眺めていた。


「なあ、みっちょ」


「なに?」


「おれ、獣人だからじゃなくて、ちゃんと自分の力で、みんなの役に立てるようになりたい」


その言葉には、これまでのノアにはなかった、静かな芯の強さが感じられた。みっちょは、微笑みながら頷いた。


「なれるよ、絶対」


◆ ◆ ◆

帰り道、夕暮れの居住区を一人で歩きながら、みっちょは今日見た光景を、胸の中でゆっくりと反芻していた。


種族に期待され、それを重荷に感じるノア。探索者の家系に生まれ、才能を持って生まれたフィン。そして、パン屋の娘として、戦う力を持たずに生まれた自分。


誰もが、それぞれの生まれと、それぞれの重荷を抱えている。けれど、迷宮という場所は、そうした生まれの違いを、少しずつ、対等な地平に並べ直してくれるのかもしれない――そんなことを、みっちょは静かに思った。


家に着くと、窓からは、いつもと変わらない温かな灯りが漏れていた。母と父の話し声が、微かに聞こえる。その声に、みっちょはほっとしながら、扉を開けた。



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