表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/25

中央区の収穫祭

年に一度の収穫祭は、迷宮都市ラビリントスにとって、数少ない「迷宮を忘れられる日」だった。中央区の広場には、居住区からも深淵区からも、あらゆる種族の露店が並ぶ。今日ばかりは、頂上区の役人でさえ、串焼きの匂いに誘われて顔を出すという噂だった。


「三日月亭」のパン屋も、毎年この祭りに出店している。今年は、みっちょの提案で、いつもより少しだけ変わった品を並べることになった。


「発光胞子パン……本当に売れるかな、これ」


「見た目がちょっと光ってて、面白いと思うんだけどな」


先日の依頼で余った発光胞子を、母リエラが工夫して生地に練り込んだものだった。焼き上がったパンは、切り口がほのかに淡い光を放つ、少し不思議な一品になっていた。


「ラビリントスらしい商品だと思うわ。それに――発光胞子には、微量だけど滋養強壮の効果もあるのよ」


リエラが目を細めながら言うと、トーマスが苦笑した。


「お前が言うと、妙な説得力があるな」


◆ ◆ ◆

「みっちょー!」


店先に、元気な声で駆け寄ってきたのはノアだった。今日は探索者としてではなく、ただの祭りの客として、普段着姿で現れている。


「ノア、手伝いに来てくれたの?」


「もちろん! あと、これ見て。露店で射的やったら、当てちゃった」


得意げに掲げたのは、粗末な作りの木彫りの動物人形だった。決して精巧とは言えない代物だが、ノアの誇らしげな顔に、みっちょは思わず笑ってしまった。


「上手だったんだね」


「索敵の勘、こういうところでも役に立つんだな……って、これ迷宮と関係ないか」


「関係あるよ。ノアの目がいいのは、本当のことだから」


照れくさそうに耳を伏せるノアの隣に、少し遅れてフィンもやってきた。いつもの探索用の装備ではなく、こちらも街着姿だ。


「なんだ、その光るパン」


「発光胞子パン。食べてみる?」


差し出されたパンを、フィンは怪訝そうに見つめてから、思い切ったように一口かじった。しばらく咀嚼したあと、意外そうな顔になる。


「――普通に、うまいな」


「でしょ?」


みっちょが胸を張ると、フィンは何か言いかけて、結局「まあな」とだけ呟いて、もう一口かじった。


◆ ◆ ◆

店番の合間を縫って、三人は連れ立って祭りを見て回った。中央区の広場は、いつもの静謐な雰囲気とは打って変わって、色とりどりの旗や提灯で賑わっている。


「あそこ、鍛冶ギルドの出店だ。武器の模擬試打ができるって」


フィンが指差した先には、見覚えのある顔があった。ブロムが、屋台の奥で忙しそうに武器を並べている。


「お、お前らか」


「ブロムさんも出店するんですね」


「毎年恒例だ。祭りの間に、若いのに武器の手触りを知ってもらう。商売と教育、両方兼ねてる」


ブロムは無愛想に言いながらも、みっちょたちに新しい投擲ナイフをいくつか手渡した。


「これは今度の依頼で使う分の試作品だ。祭りついでに感触見とけ」


「いいんですか、こんな場所で」


「祭りだからこそだ。緊張感のない場所で、道具に慣れておくのも大事なんだよ」


その言葉通り、みっちょは屋台脇の的に向かって、気楽な気分でナイフを投げた。刺さった位置は、以前よりも中心に近い。


「――お、腕上げたな」


ブロムの短い一言に、みっちょは思わず頬を緩めた。


◆ ◆ ◆

陽が沈み始めると、広場には篝火が灯され、祭りは一段と賑やかになった。三人は少し疲れた足を休めるように、広場の端の階段に並んで腰を下ろした。


「なんか、今日一日、迷宮のこと考えなかったな」


ノアがぽつりと呟くと、フィンも小さく頷いた。


「たまにはいいんじゃないか。ブロムも言ってただろ、緊張感のない時間も大事だって」


みっちょは、二人の顔を交互に見ながら、静かな満足感に包まれていた。ランクアップの試験、母の抱える過去、店の経営――抱えているものは何一つ減っていない。それでも、こうして仲間と並んで、篝火の揺らめきを眺めているだけの時間が、ひどく大切なものに思えた。


「二人と、こうしてパーティ組めてよかった」


不意にこぼれた言葉に、ノアは照れたように笑い、フィンは相変わらず素っ気なく、けれどまんざらでもなさそうに肩をすくめた。


「――まあ、悪くはないな」


篝火の音が、パチパチと静かに響く。三人の影が、揺れる炎の光の中で、寄り添うように長く伸びていた。まだ知らない試練が、この先いくつも待っているのだろう。それでも今は、ただこの穏やかな夜を、胸に刻んでおきたいと、みっちょは思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ