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千年物語~戦場に降りた舞姫と4人の後悔の果て~  作者: しょうじ
第1章:少女の章

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5/9

1-5 奉納舞

今回は、少女の冬祭りでの出来事です。

1-5

冬祭りの会場は、すでに大勢の人で賑わっていた。

青空の下。

色とりどりの布や旗が風に揺れ、音楽と人々のざわめきが広場を満たしている。

焼いた肉や甘い菓子の香り。

香料や酒の匂い。

熱気を帯びた空気。

少女は馬車を降りた瞬間、足を止めた。

(場違いな場所に来てしまったわ……)

胸が、わずかに縮む。

喧騒の中、自分だけが浮いているようだった。

思わず後ずさりかける。

だが――

視線の先に、舞台が見えた。

広場の中央。

高く設けられた舞台では、すでに何組かが舞っている。

観客たちの視線が集中し、音楽が絶え間なく流れていた。

少女は、小さく息を吸う。

(……ここまで来たんだから)

そう思い直し、顔を伏せた。

義母や義妹に見つかってはいけない。

袖で口元を隠し、人混みに紛れるように歩く。

奉納舞の受付を見つけた。

前の参加者を真似て番号札を受け取り、腰へ結びつける。

そこで初めて、自分が「参加者」になったことを実感した。

少女は列の端へ紛れ込む。

周囲は華やかだった。

同じような衣装を着ているはずなのに、自分だけが馴染めない気がする。

鼓動が速い。

耳の奥で心臓の音が響く。

めまいと吐き気も、じわりと広がっていく。

それでも。

(ここまで来れた……)

その事実だけが、少女を支えていた。


やがて前の組が終わる。

少女たちの番だった。

最後の組だ。

数名の女性たちと共に舞台へ上がる。

階段を一段ずつ踏みしめるたび、足裏へ硬さが伝わった。

舞台は、思っていたより広い。

観客の視線が、一斉に向けられる。

その重さに、身体が強張る。

少女は静かに息を整えた。

(精いっぱい踊れますように……)

願いは、それだけだった。

音楽が流れる。

少女は、一歩を踏み出した。


その瞬間――

身体の奥で、何かが弾けた。

足が自然に動く。

重さが消える。

音楽が、耳ではなく身体そのものへ流れ込んでくる。

余計な思考が消えた。

指先まで意識が通る。

呼吸と動きが、一つになる。

他の演者も、観客も、目に入らない。

真っ白な空間で、自分だけが舞っているようだった。

(まるで、導かれているみたい……)

少女は、ただ音に身を委ねる。

やがて曲が終わる。

動きが止まる。

その瞬間、意識が現実へ引き戻された。

広がる静寂。

観客たちの視線が痛い。

(何か、間違えた……?)

次の瞬間。

会場が歓声と拍手に包まれた。

少女は立ち尽くしたまま動けない。

何が起きたのか理解できなかった。

他の演者たちと共に舞台を降り、ふらつきながら受付へ向かう。

だが、その途中で優秀者の番号が呼ばれた。

少女の番号だった。

(私……?)

現実感がないまま、再び舞台へ戻る。


舞台には、男性側の優秀者も立っていた。

少女は、その姿を見た瞬間、息を呑む。

歳は、自分と同じくらいだろうか。

成人したばかりにも見えた。

貴族か大商家の者なのだろう。

整えられた衣装。

洗練された立ち姿。

端正な顔立ち。

そして――穏やかな目。

彼は、静かに少女を見つめていた。

「――ッ」

胸の奥へ、熱が走る。

先ほどとは違う鼓動が、胸を打つ。

頬が熱い。

少女は慌てて視線を逸らした。

音楽が再び始まる。

二人は同時に踏み出した。


その瞬間、再び身体の奥が弾ける。

だが今度は違った。

自分一人ではない。

白い空間の中に男性もいる。

互いの呼吸が、自然と重なる。

意識していないのに、動きが噛み合う。

距離が離れても、不思議と近く感じる。

視線が絡み合う。

相手の次の動きが分かる。

まるで、ずっと前から共に舞ってきたようだった。

周囲の音が遠ざかる。

時間の感覚も曖昧になる。

(世界に、二人だけみたい……)

その感覚を、互いに共有していることが分かった。

やがて音楽が終わる。

現実が戻る。

直後――

会場が割れんばかりの歓声に包まれた。

少女は息も整えられず、ただ立ち尽くす。

隣の彼と視線が合う。

自然と、二人は微笑み合っていた。

少女は、自分が笑っていることに気づき、わずかに目を見開く。

そんなふうに笑ったのは、いつ以来か分からなかった。

二人は舞台中央へ進み、観客へ頭を下げる。


その時。

隣から、静かな声が聞こえた。

「……君を、迎えたい」

落ち着いた声だった。

だが少女には、それが求婚だと直感的に分かった。

身体がわずかに揺れる。

一瞬、喉まで言葉が込み上げた。

(私も……)

だが次の瞬間。

現実が押し寄せる。

小屋で眠る自分。

粗末な服。

残り物の食事。

叱責に怯える毎日。

そして今、自分が纏っている衣装。

(全部、偽りだ……)

胸が冷えていく。

(私は、この人を騙してる……)

「――っ」

少女は俯いた。


「……申し訳、ありません」

震える声。

「あなたと私では……釣り合いません……」

それ以上は言えなかった。

涙が込み上げる。

ただ、ひたすら胸が痛む。

彼の視線だけが、強く刺さった。

だが彼は、何も言わなかった。

少女は、そのまま舞台を離れる。

顔を伏せ、人混みを抜け、出口へ向かう。

視界が滲む。

呼吸が苦しい。

頭痛。

めまい。

吐き気。

すべてが一気に押し寄せる。

「……通してください……」

小さな声で繰り返しながら、少女は会場を抜けた。

外の冷たい空気を吸い込む。

それでも胸の苦しさは消えない。

少女は、一番早い帰りの馬車へ飛び乗った。

とにかく、この場所から離れたかった。

扉が閉まる。

その瞬間、全身から力が抜けた。

祭りの歓声が、遠く遠く聞こえる。

意識だけが、もう家へ戻ろうとしていた。

馬車は、そのまま会場を離れていった。

次回【1-6 壊れていく身体】は、本日19時に公開予定です。

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