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千年物語~戦場に降りた舞姫と4人の後悔の果て~  作者: しょうじ
第1章:少女の章

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4/15

1-4 冬祭り

今回は、少女が薬に慣れてきて、「冬祭りに行きたい」と願う場面です。

1-4

しばらくすると――

少女は、二粒を常用するようになっていた。

薬が切れ、日常へ戻る。

理不尽な辛さに耐えられず、また飲む。

その繰り返しだった。

いくら飲んでも、薬は減らない。

常に、同じだけ残っている。

最初は不気味に思った。

だが、服用への抵抗と同じように、その違和感も少しずつ薄れていく。

もう躊躇は、ほとんど無かった。

朝の支度の前。

あるいは仕事の合間。

薬が切れたと感じた瞬間、少女は自然と物置へ向かう。

それは、いつしか数日おきの習慣になっていた。

ただ――

効き目は少しずつ鈍くなっていた。

最初の頃のような、劇的な変化は感じにくい。

(……幸せに慣れてきたのかしら?)

そんな不安も、時折浮かぶ。

それでも――

怒鳴られずに働き、普通に食事ができる。

それだけで呼吸が楽だった。

少女は、その安堵を手放せなかった。


冬が近づいていた。

朝の空気はさらに冷え込み、吐く息も濃く白くなる。

街の雰囲気も、少しずつ変わり始めていた。

布や飾りを売る店に人が増え、あちこちから歌や楽器の音が聞こえる。

すべては、冬祭りのためだった。

新年の始まりに、森へ祈りを捧げる祭り。

会場は、“魔の森”の手前にある広場だ。

森の向こうには隣国があり、そこは両国の緩衝地帯になっている。

昔、争いを繰り返す人々に怒った神が森を作った――

そんな伝承が残っていた。

森には“魔狼”と呼ばれる巨大な狼が棲む。

木々は異様に高く、昼でも薄暗い。

無断で踏み入った者は、生きて帰れない。

子どもたちは、そんな話を聞いて育つ。

そして冬祭りは、森への感謝と敬意を示す祭りでもあった。

歌や踊り、収穫物が奉納される。

中でも最も注目されるのが、“奉納舞”だった。

広場の舞台で、年頃の男女が舞を捧げる。

特に、優秀者の舞は「祝福の舞」とされ、良縁に恵まれる――そう信じられていた。

冬祭りは、毎年交互に開かれる。

今年は、自国側での開催だった。

少女も、幼い頃は祭りへ行ったことがある。

今は亡き母に手を引かれ、人混みの中を歩いた。

音楽。

笑い声。

並ぶ屋台。

まるで別世界だった。

離れないよう母の手を握りしめながら、目を輝かせていた記憶がある。

母の舞も覚えている。

かつて奉納舞の優秀者だったと、誇らしそうに話してくれた。

柔らかく、それでいて芯のある動き。

流れるような舞。

少女は夢中になり、何度も教えてもらった。

両親の前で披露し、褒められたことも覚えている。

(いつか、自分も母みたいに――)

そう思っていた。

母の形見の簪も、今も物置の奥へ隠してある。

寂しい時、何度も取り出して眺めていた。

だが、いつからか――

寂しいと感じることすら、無くなっていた。

(……心が死んでいたんだ)

今の自分には、衣装もない。

化粧道具もない。

舞を練習する時間もない。

夜は疲れ果て、眠るだけ。

ここ数年、祭りの開催すら意識していなかった。

(もう、自分には関係ないもの……)

そう思っていた。

だが――

今の少女には、願いを叶える薬がある。

(今年こそ、参加したい……!)

胸の奥に、小さな熱が生まれる。

少女の手は、自然と袋へ伸びていた。

物置の奥から取り出し、掌へ三粒落とす。

今までより、一粒多い。

『今は、一度に二粒ほどにしなさい――』

あの言葉が脳裏をよぎる。

だが少女は、小さく呟いた。

「……ほんの少しだけ」

言い訳をするように。

そして、そのまま三粒を飲み込んだ。

いつもより強い熱が、身体の奥へ沈んでいく。


それから、生活はさらに変わった。

仕事量が減る。

以前なら三つ四つ同時に命じられていた作業が、一つか二つになる。

布団も新しくなり、以前より眠れるようになった。

食事も改善され、空腹を感じることが減る。

ただ――

時折、頭痛がした。

めまい。

耳鳴り。

身体の芯が熱を帯び、妙に体が軽くなる時もある。

その後、強い疲労感が来る。

違和感はあった。

だが少女は、大して気にしなかった。

それ以上に、得ているものが大きいからだ。

夜。

家族が寝静まった後。

少女は、そっと小屋を抜け出す。

そして、誰にも見られない場所で、舞を練習した。

最初はぎこちなかった。

だが身体は覚えていた。

母の動き。

足運び。

手の角度。

呼吸。

繰り返すたび、少しずつ形になっていく。

(これなら、冬祭りまでに間に合う……)

衣装も化粧も無い。

それでも、舞台で踊るくらいならできるかもしれない。

少女の期待は、少しずつ膨らんでいった。


だが――当日。

少女は、例年通り留守番を命じられた。

「今日は来客があるから、残りなさい」

淡々とした命令。

逆らう余地はない。

貴族から届く衣装を仕立て直せ、とだけ言われる。

「あの……私……」

少女は勇気を振り絞って口を開く。

(今年だけは、お祭りへ行きたい……)

だが、義母を前にすると言葉が出ない。

「あなたに祭りは関係ないでしょう?」

「そんな格好で行くつもりじゃないわよね?」

少女は俯き、黙るしかなかった。

義妹の支度を手伝わされながら、自分の準備は許されない。

頭痛がした。

めまいと耳鳴りも続く。

やがて家族が出発し、静寂だけが残った。

少女は、その場に立ち尽くす。

(結局、何も変わらない……)

(望めば失うだけ……)

胸の奥が、冷えていく。

荷物は、すぐ届いた。

立派な貴族の衣装。

布地は滑らかで、触れるだけで違いが分かる。

少女は、その布をそっと撫でた。

(こんな衣装を着て、舞いたかった……)

気づけば、身体が動いていた。

義妹の化粧道具を使い、慣れない手で顔を整える。

鏡に映る自分が、別人のようだった。

髪を整え、母の簪を挿す。

衣装をまとい、靴を履く。

そして――

家の中で、一人静かに舞った。

頭の中の音楽に合わせて。

それだけで、胸が少し満たされる。

(これが、私の精一杯なのね……)


その時だった。

ふと、誰かに呼ばれた気がした。

はっきりした声ではない。

それでも妙に気になる。

少女は恐る恐る裏口から外へ出た。

街は驚くほど静かだった。

店は閉まり、人影も少ない。

皆、祭りへ向かっているのだ。

いつもと違う街。

そして、いつもと違う自分。

少女は、ふと小さく笑った。

「……ふふっ」

理由は分からない。

ただ、少しだけ自由だった。

まるで別世界へ迷い込んだような気分のまま、少女は歩き出す。

しばらくすると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。

少女は、すぐ道の端へ寄る。

(邪魔になってはいけない……)

だが――

馬車は、少女の前で急停止した。

「よかった! 貴族のお嬢さんを乗せ忘れたら大変だ!」

御者が大声で言う。

少女は、一瞬言葉を失った。

「いえ、私は……」

そう否定しようとした瞬間。

「祭り行きの最終馬車ですよ! 急いで!」

言葉を遮るように叫ばれる。

「――っ!」

強い声に、身体が反射的に動いた。

気づけば、馬車へ乗り込んでいる。

扉が閉まり、馬車はすぐ走り出した。

(どうしよう……)

そう思いながら、少女は座席で身を縮めるしかなかった。

次回【1-5 奉納舞】は、明日7時に公開予定です。

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