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千年物語~戦場に降りた舞姫と4人の後悔の果て~  作者: しょうじ
第1章:少女の章

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3/9

1-3 小さな願い

今回は、少女が初めて「不思議な薬」を使う場面です。

1-3

少女は、元々裕福な家の娘だった。

温かな部屋があり、使用人もいた。

食事に困ることもない。

母は幼い頃に亡くしたが、義母や義妹と穏やかに暮らしていた。

食卓で三人、笑い合った記憶もある。

だが――父が事業に失敗し、自ら命を絶った。

義母の実家へ移ってから、全てが変わる。

義母は、人が変わったように少女を責め始めた。

言葉の一つ一つに棘がある。

義妹も、それに合わせるように嫌味を口にするようになった。

見下すような目。

冷たい声。

少女は、毎日怯えながら生きるようになった。

何をすれば怒られないのか。

それだけを考えて動く。

だが、それでも怒られる。

理由は分からない。

それが、いつしか日常になっていた。

そうして、十年以上の歳月が過ぎた。


少女は、あの夢を忘れようとした。

あの存在も、袋も。

(何も願いたくない……)

何かを望めば、それを失う。

これまでの経験が、そう教えていた。

だが、捨てようとすると指が止まる。

まるで、自分の一部のように離れない。

少女は結局、物置の奥へ袋を隠した。

古びた木箱の裏。

布で包み、誰にも見つからぬよう押し込む。

(せめて、このまま忘れたい……)

それが精一杯だった。


ある朝。

義母の機嫌は、最悪だった。

朝から空気が張り詰めている。

床を踏む音も、物を置く音も荒い。

「遅い!」

怒鳴り声に、少女の肩が震えた。

(いつもより早く起きていたのに……)

水も汲み終えている。

火も入れていた。

それでも――

「水が少ない!」

「火が弱い!」

「音がうるさい!」

叱責だけが飛んでくる。

「位置が悪い!」

皿を置いた瞬間、手を叩かれた。

乾いた音が響き、指先に痛みが走る。

少女は頭を下げ続ける。

それしかできない。

胸がひりつき、呼吸が浅くなる。


その時だった。

(『願いが分かった時に、飲みなさい……』)

ふいに、あの言葉が浮かぶ。

少女は、気づけば物置へ向かっていた。

薄暗い中、木箱の裏へ手を伸ばす。

布越しに、袋の感触が伝わる。

中では、淡い光が揺れていた。

見ているだけで、心が引き寄せられる。

少女は紐を緩める。

震える指で、一粒だけ取り出した。

淡い光が、静かに明滅している。

わずかな躊躇。

だが少女は、そのまま口へ運んだ。

(……怒られませんように)

願いは、それだけだった。

粒は舌の上ですぐ溶ける。

味はほとんど無い。

その直後、胸の奥がわずかに温かくなった気がした。

(……これだけ?)

少女は、拍子抜けする。

同時に、少し安堵もしていた。

(何も無いのが、一番いい……)

袋を戻し、少女は仕事へ戻った。

しかし――

それから数日、まったく怒られなかった。

少女は、最初気づかなかった。

いつものように水を運び、火を調整し、皿を並べる。

今までは、どこかで必ず声が飛んできた。

怒られる直前までは、同じだった。

義母はいつものように少女を見る。

そのたび少女は身構える。

だが――

「……ッ、……」

義母は何か言いかけ、すぐ黙る。

まるで、怒る理由を忘れてしまったようだった。

(……なぜ?)

何も言われないことが、逆に怖い。

数日経つうち、その不安も少しずつ薄れていく。

少女は、ふと立ち止まった。

自分を取り巻く空気が、妙に澄んでいる気がした。

胸の奥の痛みが、薄れている。

身体を締めつけていた圧迫感も、前ほどではない。

自分の手を見る。

まだ少し震えている。

(――夢じゃ……ない)

そう思った瞬間、胸の奥で何かが弾けた。


その夜。

少女は再び、物置で袋を手にしていた。

だが、すぐには飲まない。

袋を握ったまま、じっと動けずにいる。

(もし、二粒飲んだら……)

怒られない。

それだけで、呼吸が楽だった。

胸の痛みも薄れ、身体も軽い。

そんな当たり前のことが、信じられないほど嬉しかった。

少女は、ためらいながら二粒取り出す。

指先は、まだ震えていた。

(ご飯が、少しでも増えますように……)

そう願い、粒を飲み込む。


翌朝。

少女の食事は、変わっていた。

いつもは残り物ばかりだった。

固いパン。

切れ端の野菜や肉。

冷めたスープ。

何も無い日すらある。

見かねた使用人が、あとで分けてくれることもあった。

だが、その日の皿には、柔らかなパンが置かれていた。

肉も野菜も、普通に並んでいる。

湯気の立つ温かなスープまであった。

義母や義妹と、変わらない食事。

少女は、思わず手を止める。

(誰かの物と間違えたのかも……)

だが、誰も何も言わない。

義母も義妹も、使用人たちも。

まるで、それが当たり前であるかのように。

少女は恐る恐る口へ運ぶ。

(温かい……)

それだけで、胸が満たされた。


それから数日。

少女は、食事のたびに幸福を感じていた。

しかし――

やがて、少しずつ元へ戻り始める。

パンは固くなり、量も減り、食事も冷えていく。

それでも、一粒の時より長く続いていた。

(間違いない……)

(あの粒は――願いを叶える薬だ……!)

少女は、自分の手を見る。

小さな荒れた手が、震えている。

だが――恐怖ではない。

かけがえのない宝を見つけたような感覚。

身体の奥から、熱が込み上げる。

少女の心へ、少しずつ光が差し込んでいく。

それは、初めて知る感覚だった。

次回【1-4 冬祭り】は、本日19時に公開予定です。

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