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千年物語~戦場に降りた舞姫と4人の後悔の果て~  作者: しょうじ
第1章:少女の章

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6/9

1-6 壊れていく身体

今回は、少女が「不思議な薬」の服用に、不安を感じ始めた場面です。

1-6

気づけば、少女は家へ戻っていた。

どうやって帰ってきたのか、ほとんど覚えていなかった。

急いで衣装を脱ぎ、自分の粗末な服へ着替える。

その瞬間――祭りで自分がしたことを思い出し、全身を恐怖が駆け抜けた。

もし、義母に知られたら。

もし、衣装を勝手に使ったことがバレたら。

考えるだけで、身体が冷えていく。

義母たちの帰宅までの時間が、ひどく長く感じられた。


夕暮れ過ぎ。

少女は震える気持ちを押し隠しながら、帰宅した家族を出迎える。

だが――

誰も少女に声をかけなかった。

いつも通り、少女の横を通り過ぎていく。

留守番をしていたことを、誰も疑わない。

(……バレて、いない?)

少女は、ようやく小さく息を吐く。

その時――

一瞬だけ、義妹の視線を感じた。

何かを考えるような視線。

だが、それもすぐに消えた。


祭りの翌日。

また、いつもの朝が始まる。

暗いうちに目を覚まし、冷たい床へ足を下ろす。

布を被り、桶を持ち、井戸へ向かう。

昨日の出来事が夢だったように、日常は変わらない。

だが――

身体の奥に、かすかな違和感が残っていた。

疲労感が抜けない。

頭の奥が、鈍く痛む。

それでも仕事は止められない。

止まれば、それだけで叱責される。

薬が切れている感覚もあった。

だが、その日は飲まなかった。

(……少し、怖い)

理由を説明できるわけではない。

ただ、漠然とした不安が胸に残っていた。

祭りの優秀者の噂は、すぐに町中へ広がった。

使用人同士の会話。

市場の噂話。

食卓での雑談。

「今年の舞は凄かったらしい」

「特に、あの優秀者の娘が――」

断片的な言葉が、あちこちから聞こえてくる。

だが誰も、それが少女だとは気づかない。

少女は、何も知らないふりをして働き続けた。

ただ――

義妹だけは、時折じっと少女を見るようになっていた。

何かを確かめるような、迷いを含んだ視線。

少女も、それに気づいている。

だが、何も言わない。

言えば、何かが壊れてしまう気がした。


数日後。

義母の態度は、完全に元へ戻っていた。

「仕事が遅い!」

「役立たず!」

叱責が、再び当たり前のように飛んでくる。

少女は黙って頭を下げる。

慣れているはずだった。

だが――

身体が、ついてこなかった。

頭痛やめまいが、以前より明らかに増えている。

立ち上がった瞬間、視界が揺れる。

耳鳴りで、声が聞き取りづらくなることもあった。

そのたびに作業が遅れ、さらに怒鳴られる。

悪循環だった。

少女は、理解していた。

原因は、あの薬だ。

身体の内側で、何かが変わってきている。

そんな感覚が、日に日に強くなる。

なるべく飲まないようにしようとする。

だが――長くは続かなかった。

強い叱責を受けると、胸が締めつけられる。

呼吸が浅くなり、視界が暗くなる。

その瞬間には、もう物置へ向かっていた。

(……今回だけ)

そう思いながら薬を飲む。

すると、苦しさがすっと引いていく。

呼吸が戻る。

身体が軽くなる。

その感覚を知ってしまえば、もう止められなかった。

しかも今では、毎回三粒飲んでいる。

二粒では、症状が少し残る。

効果の持続も短くなっていた。

最初は十日以上続いたものが、今では数日しかもたない。

その上、切れた時の反動は、どんどん強くなっていく。

少女は分かっていた。

(このままじゃ……危ない)

それでも、止めることができない。

薬が無ければ、日常に耐えられなかった。


そんな頃。

町には、新しい噂が広がり始める。

『祭りの優秀者を、貴族や大商家が探しているらしい』

黒髪。

美しい簪。

気品ある立ち居振る舞い。

断片的な情報だけが、人々の想像を膨らませていく。

大商人の娘。

貴族の隠し子。

王族の血筋。

噂は、勝手に大きくなっていった。

少女は、その話を聞くたび、手を止めそうになる。

だが、すぐに動かす。

聞いていないふりをする。

関係のない話として処理する。

頭の中では、優秀者の男性との舞――あの一瞬が蘇る。

浮かぶたびに、胸が熱くなる。

(あれは、夢みたいなもの……)

(私のことじゃない)

そう思わなければ、平静を保てなかった。

やがて噂は、さらに大きくなる。

『王族まで探しているらしい』

真偽も分からない話だった。

だが人々は面白がった。

少女の胸も、わずかに揺れる。

(もし、名乗り出たら――)

(あの方にも、また会えるかもしれない……)

脳裏に浮かぶのは、優秀者の男性。

初対面の微笑み、舞の最中の真剣なまなざし。

そして、拒絶後の胸の痛みを思い出す。

だが、すぐに全てを押し込めた。

どうせ、誰も信じない。

自分には関係のない世界だ。

食事中にも、その話題が出る。

「どこの娘なのかしらね」

義母が興味なさそうに言う。

「簪も、とても綺麗だったとか」

使用人が補足する。

義妹は、黙ったまま食事をしている。

少女は、何も言わず給仕を続けた。

すると義母が、少女を見て鼻で笑う。

「黒髪だったらしいけど――」

「うちの誰かさんとは、大違いね」

少女の肩が、わずかに揺れた。

だが顔は上げない。

そのまま静かに台所へ下がる。

なるべく早く、義母の視界から消える。

それが、もう習慣になっていた。


一方で――

義妹の態度は、少しずつ変わっていた。

義母に見つからないよう、小さく話しかけてくる。

「……ありがとう」

「それ、手伝おうか?」

以前のような棘がない。

普通の声だった。

時には、義母の気を反らしてくれることもある。

少女は戸惑った。

(どうして……?)

警戒は消えない。

だが、完全に拒絶する気にもなれなかった。

少しずつ、二人の視線が交わる時間が増えていく。

その頃には、少女の身体は確実に壊れ始めていた。

頭痛やめまいの頻度が増え、作業中に屈み込むこともある。

さらに薬が効いている間は、不自然な高揚感に襲われるようになった。

心が軽くなり、身体が浮くような感覚。

笑みが、勝手にこぼれそうになる。

(……おかしい)

少女自身、自分の異常を理解していた。

思考と感覚が噛み合わない。

現実との境界が、少しずつ曖昧になっていく。


ある日――

少女は、義母の大切な壺を割ってしまった。

その日は、特に体調が悪かった。

薬を飲むべきか迷ったが、不安が勝った。

(今日くらいなら、大丈夫なはず……)

そう判断したのが失敗だった。

午後になる頃には、頭痛とめまいが酷くなっていた。

それでも仕事を止めることはできない。

ほんの一瞬、意識が抜けた。

気づけば身体が傾き、反射的に壁へ手を伸ばしていた。

その手が、壺に触れる。

(しまった――)

次の瞬間。

壺が落ちた。

割れる音が、やけにゆっくり聞こえた。

空気が凍る。

少女の全身も硬直した。

気づけば、すぐ近くに義母が立っていた。

「何やってるの!」

怒声と共に、叩かれる。

何度も。

少女は破片の上へ倒れ込んだ。

腕や顔に痛みが走る。

それでも反射的に、頭だけは庇っていた。

そのまま小屋へ引きずられ、閉じ込められる。

食事も与えられなかった。

どれほど時間が経ったのか分からない。

気づけば、外は暗くなっていた。

「……寒い……」

身体中が痛む。

薬も切れていた。

頭痛。

吐き気。

空腹。

息苦しさ。

意識が、ゆっくり沈んでいく。

(もう……どこでもいい……)

(ここじゃなければ……)


その時だった。

少女の手には、いつの間にか袋が握られていた。

飲んではいけない。

そう分かっている。

それでも、頭に浮かぶのは一つだけだった。

(幸せな時に、戻りたい……)

冬祭りの舞台が浮かぶ。

音楽。

あの男性。

意識が重なった感覚。

(もう一度……)

少女の指が動く。

一粒。

二粒。

三粒。

そして――四粒目。

(もう……どうなってもいい……)

少女は、一気に飲み込んだ。

その瞬間――

喉へ、鋭い熱と痛みが走る。

少女は、そのまま床へ倒れ込んだ。

次回【1-7 少女の選択】は、明日7時に公開予定です。

『第1章:少女の章』のラストです。

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