第九話 誰も見ていない場所
音が、消えた。
風も。
光も。
何もかもが――
“存在しない”。
「……ここが」
トシノリの声だけが、かろうじて残る。
だが、その声すら、どこにも届いていない。
「“誰も見ていない場所”」
ルルが、静かに言った。
そこには、何もなかった。
空もない。
地面もない。
上も下も分からない。
ただ――
“在る”という感覚だけがある。
「……気持ち悪いな」
トシノリは、眉をひそめる。
「当たり前だよ」
ルルが、少しだけ笑う。
「ここは、“存在が定義されてない場所”だから」
一歩、踏み出す。
だが、進んでいるのかも分からない。
距離という概念が、ない。
「……これで、本当にいいのか」
トシノリの問いに、ルルは頷く。
「うん」
「ここなら、観測は届かない」
「だから――」
一拍。
「私も、“元に戻れる”」
その言葉に、トシノリは視線を向ける。
「……じゃあ、ここで終わりか」
ルルは、首を振った。
「ううん」
「ここからが、“始まり”」
静寂。
トシノリは、少しだけ笑う。
「やっぱりそう来るか」
剣を、握り直す。
草薙の剣。
「で、何をすればいい」
ルルは、まっすぐ言った。
「“切る”」
「……何を?」
「観測と、世界の繋がりを」
一瞬、言葉の意味が追いつかない。
「は?」
「今の世界は、“見られることで成立してる”」
「だから――」
一拍。
「それを断ち切る」
トシノリの胸の奥で、何かが震える。
「そんなこと、できるのかよ」
ルルは、静かに言った。
「ここなら、できる」
「ここは、“誰も決めてない場所”だから」
理解が、少しずつ繋がる。
ルールがない。
だから――
選択が、そのまま現実になる。
「……なるほどな」
トシノリは、ゆっくりと息を吐く。
「つまり、ここは」
「“全部、自分で決める場所”か」
ルルが、微笑む。
「そういうこと」
その瞬間。
空間に、ひびが入る。
「……っ?」
何もないはずの場所に。
見えないはずの“外側”に。
亀裂が走る。
「来た……!」
ルルの声が、鋭くなる。
その亀裂の向こう。
“何か”が、こちらを見ている。
あの存在。
だが――
今度は、完全に違う。
形がある。
意志がある。
“本体”だ。
「――観測不能領域、侵入確認」
声が、直接響く。
「排除、実行」
トシノリは、ゆっくりと剣を構える。
恐怖は、ある。
だが――
迷いは、ない。
「ここなら……関係ないんだよな」
ルルが、強く頷く。
「うん」
「ここでは、“あっち”も完全じゃない」
トシノリは、目を細める。
「だったら」
一歩、踏み出す。
「やることは一つだ」
剣を、振り上げる。
「繋がりを――」
亀裂の向こう。
無数の視線。
無数の可能性。
そのすべてに向かって――
トシノリは、言った。
「断ち切る」
次の瞬間。
剣が、振り下ろされた。




