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第八話 観測の外にいる者

意識が、ゆっくりと戻る。


「……っ、ここは」


トシノリは、荒く息を吐いた。


足元に、確かな地面。


見上げれば――


何もない空。


だが、それが逆に不自然だった。


「……戻されたのか」


あの“構造”の外。


いや――内側へ。


「トシノリ」


すぐ隣から、声。


ルル。


その姿を見た瞬間――


違和感が走った。


「……ルル?」


何かが違う。


輪郭が、わずかに揺れている。


まるで――


“固定されていない”存在みたいに。


「……大丈夫?」


ルルが、少し心配そうに覗き込む。


その表情は、いつもと同じ。


なのに。


「……お前」


トシノリは、ゆっくり言う。


「さっき、何て言おうとした」


一瞬の沈黙。


風が、止まる。


ルルの目が、わずかに揺れる。


「……聞こえなかったんだ」


「途中で切れた」


トシノリは、一歩近づく。


「続き、教えろよ」


静寂。


逃げ場はない。


隠せない。


ルルは、ゆっくりと目を閉じた。


そして――


覚悟を決めたように、開く。


「……私はね」


その声は、いつもより静かで。


どこか遠かった。


「“観測の外にいる存在”なの」


トシノリの思考が、止まる。


「……は?」


言葉の意味が、すぐには入ってこない。


「観測されない」


「だから、干渉されない」


一歩。


ルルが、後ろに下がる。


「でも――」


その動きが、わずかにブレる。


「完全じゃない」


トシノリの胸が、ざわつく。


「どういうことだよ」


ルルは、苦く笑った。


「“こっち側”に来るとね」


「少しずつ、“見える存在”になっちゃうの」


「……だから」


自分の手を見る。


わずかに、透けている。


「さっき、引き戻されたとき」


「私も、引っ張られた」


トシノリの心臓が、強く打つ。


「……それって」


「うん」


ルルは、はっきり頷いた。


「このままだと、私は――」


一拍。


「観測される側に、固定される」


言葉の重みが、落ちる。


トシノリは、拳を握る。


「……ふざけんなよ」


低く、吐き出す。


「じゃあ、どうすればいい」


ルルは、静かに答える。


「“完全に外に出る”しかない」


「さっき言ってたやつか」


「うん」


「“誰も見ていない場所”」


トシノリは、目を細める。


「そこなら、お前は戻れるのか」


ルルは、一瞬だけ迷った。


そして――


小さく頷く。


「戻れる」


「でも」


その言葉に、影が差す。


「でも?」


トシノリの声が、強くなる。


ルルは、まっすぐ見つめて言った。


「トシノリは、戻れない」


時間が、止まったように感じる。


「……は?」


「人間は、“観測されることで存在してる”から」


「完全に外に出たら――」


一拍。


「戻る保証がない」


静寂。


風の音だけが、響く。


トシノリは、ゆっくりと息を吐いた。


「……つまり」


「俺が行ったら、終わりってことか」


ルルは、何も言わない。


それが答えだった。


長い沈黙。


やがて――


トシノリは、小さく笑った。


「……そういう顔、するなよ」


ルルが、顔を上げる。


「え?」


「最初から、選択肢なんてないだろ」


その言葉に、ルルの目が揺れる。


トシノリは、剣を握り直す。


草薙の剣。


「行くに決まってる」


「トシノリ……!」


ルルの声が、震える。


「だって」


トシノリは、まっすぐ言う。


「ここで止まったら、全部意味なくなるだろ」


真珠。

選択。

ここまでのすべて。


「俺は、“選び続ける”って決めたんだ」


その言葉が、静かに響く。


ルルは、しばらく何も言えなかった。


そして――


小さく、笑った。


「……ほんと、変わらないね」


その笑顔は、少しだけ寂しくて。


でも――


どこか誇らしかった。


「じゃあ、行こう」


「ああ」


二人は、並んで立つ。


次に向かう場所は、決まっている。


世界のどこでもない場所。


誰にも見えない場所。


その入口へ――


世界そのものが、ゆっくりと歪み始めた。

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