第一章:第三十九話 手柄は香りと音に乗って
刀を鞘に収め、光秀は小春に向き直った。
「小春殿、ご無事でなによりです」
「光秀も無事でよかった。あ、信長と秀吉も無事だよ」
「安心いたしました。ところで、彼らは?」
「浅井の藤堂高虎と大谷吉継だよ」
「そうですか。救援ありがとうございます。織田と浅井の契りは磐石ですね……」
光秀は微笑み、高虎と吉継を見た。
「私は隊を立て直して参ります。あなた方は……」
「他の味方を救援しに行くよ」
「お願いいたします。そういえば、確か近くには勝家殿の部隊が……」
「わかった。情報ありがとう。気をつけてね、光秀」
「小春殿もどうかご無事で」
光秀に頷いて見せ、小春は高虎、吉継と先へ向かった。
「次こそ手柄をあげる」
そう呟き、高虎は刀の柄を撫でた。
「残念だが高虎。それはまたの機会になりそうだ」
「なぜだ?」
吉継が指差す方向に小春と高虎は顔を向ける。
「勝家!」
「小春、何をしておる」
「勝家を助けに……だけど、必要なかったみたいだね」
そこには、たくさんの人間が転がっていた。敵も味方もいるようだが、織田軍は少数のようだ。そんな中に、勝家は味方の兵士数人と共にいた。
「お主、この柴田を救援に来たのか」
「だって勝家は大切な仲間だもん」
それを聞くと、勝家は優しい目で小春を見た。
「……援軍かたじけない。この戦が終わったら、信長様の大好物、焼き味噌の作り方を伝授しよう」
「うん。絶対教えてね。だから無事でいてよ。勝家が死んだら私、泣くからね」
「姫様を泣かせるようなことはせぬ」
そんな二人のやり取りを見ていた高虎は黙ってその場を後にした。
「羨ましいのか、高虎?」
「何がだ」
「あの男が死ぬと小春は泣くらしいぞ」
「何を言ってる。俺とあの武士とでは、親しさの度合いが違うだろ」
溜め息混じりに言った高虎に吉継が続き、小春も慌てて追いかけた。
「ざっと有力者どもが片付いたな」
しばらく行くと、不意にそんな声が聞こえる。
「これで俺様が信長に勝てば、俺様が完全に覇者になれるわけだ。実に俺様らしいうまい手ではないかな~?」
慌てて物陰に隠れ、様子を伺う。
「最悪……」
そこにいた男に、小春は心の底からそう思った。松永久秀だ。なぜこんなところに……。
「敵は一人か。好機だな。あいつの首を取って手柄にする」
「え。やめようよ、高虎。明らかに久秀の方が強いって」
「馬鹿野郎!諦めるな!三人なら大丈夫と吉継も言ってただろう!」
「それなりに、だからね!何とかなるならいいけど!絶対ムリだし!」
「高虎、小春。お前たち声が大きいぞ……」
「そこに誰かおるのか」
びくりと身体が震えた。吉継がシラッとした目で二人を見る。バレてしまったのだから、仕方ない。意を決して高虎が飛び出した。小春と吉継もそれに続く。
「あ!お前は、小春!戦えぬくせに、また戦場で運命を歪ませる気か!」
「お前を手柄にする、覚悟せよ!」
「わかった。そういう流れだな」
「うう……その流れには抗いたいけど、仕方ない……っ」
小春が鞘から刀を抜いて久秀に走る。戦力外だと思っていた小春の行動に、久秀が一瞬驚き、ニヤリと笑う。注意が小春に向いていた僅かな隙に、高虎が久秀の懐へと飛び込む。その勢いのまま刀を腹へ。鎧に阻まれ、効いた様子はない。高虎が横に跳ぶと、追うように久秀の刀が動く。それを吉継が止めるが、久秀は吉継と交えたまま力任せに押し戻す。
「むっふふう、まずは一人、終わりにするぞ~」
「勝手に終わらせないで」
小春が迫る。その手には刀――ではなく、制汗スプレー。久秀の顔へと、それを噴射した。見たことがない現象に久秀が驚き、呆然となる。そこへ体勢を整えた高虎が再び久秀の腹を刀で斬る。衝撃で久秀の身体が後ろへ飛び、倒れた。
一瞬の出来事だったが、疲労感は大きい。
「倒したようだな……」
「よ、よかった!三人なら大丈夫だった~!」
「……小春。ところでそれは何だ?」
「え、あ……」
「香の類いだ」
制汗スプレーを見つめる吉継にどう説明しようか迷った小春の代わりに、高虎が答えた。
「人に向けるな。良い子はもちろん、悪い子も普通の子も真似をしてはいけないらしい」
「うむ。わかった」
そう言って吉継はさらりと小春の手から制汗スプレーを奪うと、レバーを握った。中身が霧のように舞い、柑橘系の匂いが辺りに香る。
「面妖な香だ」
「吉継、そんな無意味に使わないで。もったいない……」
「すごい匂いよのう……むっふふう」
突如聞こえた馴れ馴れしい口調に、空気が凍る。振り返ると、久秀が立っていた。
「な、なんでっ!?倒したんじゃ……」
「俺様がそう簡単にくたばるか」
「やっぱり三人でもムリなんじゃん!高虎の馬鹿~!」
「吉継、大丈夫じゃなかったのか!」
「すまぬ。やはりこういう流れになるか……」
「俺様の運命を歪めおって。目障りな者どもよ~」
久秀がこちらに焙烙玉を投げつける。
「……っ、小春!」
吉継が小春の手を引いて倒れ込んだ。直後、爆発。
小春がいた場所が吹っ飛び、土煙が舞う。吉継が気づいて庇ってくれなければ吹っ飛んでいたのは小春の方だった。
次いで久秀は寸分の狂いもなく高虎へと焙烙玉を送り出す。それを避け、爆風に細めるしかない高虎の目に、土煙の中から現れる久秀が刀を振るうのが映った。
「高虎……っ」
急いで体勢を整え、吉継が高虎のもとへ駆ける。それを見ながら、小春は考える。制汗スプレーは使えない。引火しては高虎と吉継が巻き添えになるのは必至。しかし不意を突く持ち弾は……まだ使い切ったわけではない。
「久秀!」
名前を叫び、久秀の注意をこちらに向ける。小春は久秀に向かって突っ込んでいった。その三秒後、大音量で鳴り響くけたたましい機械音。
一直線に走り、勢いを殺さず手前で踏み切って刀を振り上げる。かつての人生で聴いたこともない音に久秀が驚く。その隙に、小春は人中を狙って刀で思いきり殴りつけた。予想していたよりも大きな一撃により、久秀は吹っ飛ばされた。動く気配はない。
「え、うそ……死んじゃった!?やりすぎた……!?」
「死んではないと思うぞ」
吉継と高虎が小春のそばに寄る。
「小春。よくやった。私は嬉しいぞ」
「けっきょく手柄はあんたか……」
「高虎と吉継が一緒だから倒せたんだよ。ありがとね」
三人は顔を見合わせて息を吐き、そして笑った。




