第一章:第三十七話 勝手に進む話
頬を赤らめる小春に、吉継は続けた。
「高虎はお前に文を出すため、字の書き方から文の作法まで必死に学んだのだ」
「余計なことを言うな、吉継……」
高虎は眉を顰め、ふいっと顔を背けた。
「私もだよ。私も返事書くために勉強したの」
「しかし小春。私もお前が高虎に送った文を読んだが、勉強したにしてはあれはひどいぞ」
「やっぱり作法ができてなかったか……」
「作法というより内容が、だが」
「それはごめんなさい。何度も言うけど高虎のこと忘れてたわけじゃないよー?」
眉間に皺を寄せたままの高虎に向けて言う。
「そんな文でも、高虎は肌身離さず持ち歩いている」
「あ、それは私も。藤堂高虎という名前に夢見て、一応リュックに入れてある。夢破れたけどねー」
「高虎。名前だけではないことを教えてやれ」
「何言ってんの、吉継」
「何を言ってる、吉継」
小春と高虎の声が綺麗に重なる。吉継は僅かに目を見開き、頷いた。
「以心伝心か。私は嬉しいぞ、二人とも。“運命の人”だと夢見た者と再会。しかも気が合うと見た。これは愉しくなる流れだ」
「……吉継を愉しませるような流れにはならないと思う」
「おい、何を言ってる?」
「ちょっとは察しなよ」
「すまぬ、小春。高虎はこの手の話に疎いらしい。色恋に興味もなさそうだ。あるいはその両方か」
「じゃあなおさら絶対ならないね」
怪訝な顔を小春と吉継に向ける高虎を見て、小春はふふっと笑う。
「それより、これからどうする?ていうか、二人はなんでここに?」
「私は軍を離れた高虎が気になって、追って来た」
「俺はあんたを探してここへ来た」
「……すっごくあの文に異議ありだったんだね」
肌身離さず持ち歩き、会った途端に突きつけてきたのだから、よほど不満だったのだろう。
「個人で行動するより、織田軍か浅井軍に合流した方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「うむ。長政様は六角軍の包囲網を突破し、織田軍と合流するよう仰っていた」
「その途中でここへ来た。あんたに会えたから、軍を抜けて正解だったと思うが、早く戻らねばな」
「うん。……もう敵に会いませんように」
小春の切実な願いは難なく叶う。しばらく行くと、織田と浅井の軍旗が見え、無事に合流を果たした。
軍勢の中に赤と紫の陣羽織を靡かせる男と金ぴかで派手な鎧を身に着けた男の姿が見える。派手な出で立ちの二人に、小春はホッとして近寄った。
「信長!秀吉!」
「小春……無事である、か」
「お前さん、生きとったか!」
「当然でしょ。死んでたまるか、だよ」
喜びを全面的に出す秀吉とは対照的に、信長は落ち着いたものだった。小春の背中をバシバシ叩く秀吉が、高虎に気づく。
「お前さんは……?」
「浅井家臣・藤堂高虎。主命を受け、加勢に来た」
「高虎と吉継のおかげで無事にここまで来れたの」
「……そうか。大儀」
「いやあ、よくぞ姫様を守ってくれた!」
信長と秀吉がそれぞれ礼を言ったところで、向こうから歩いて来る長政と市の姿が見えた。
「あ、長政!市!二人とも来てくれたんだね。ありがとう」
「義兄上の危機に駆けつけぬわけがない」
「長政。信長に群がる蝿を、叩け。この戦、盟友たる浅井家に預けよう。敵城をことごとく屠り、京への道を開け」
「はっ。六角を打ち破るだけでなく、義兄上の軍勢も救ってみせまする!」
長政の言葉に満足げに笑みを浮かべた信長は、陣羽織を翻す。
「あれ?ちょっと、信長っ。……行っちゃった。戦わないのかな」
「義兄上は下がられたのだ。義兄上が倒れれば、上洛は成らぬ。乱世の闇はいっそう深くなるからな」
長政の言葉にふうん、と小春は信長の背中を見つめる。
「……なあ、吉継。信長はすでに長政様を駒扱いしていないか……?」
「お前が感じていることを私も思っている。だがここは従わねば」
そんな高虎と吉継の会話が、小春の耳に届いた。信長を見送る長政のそばに、秀吉が近寄る。
「長政殿の用兵は、実に見事じゃ。姫様を守り、無事に送り届けてくれたんさ」
「そうなのか、秀吉殿」
「ああ!わしも頑張らにゃ、手柄持ってかれてまうわ!」
そう言うと、秀吉は得物を持って信長の後を追った。長政は小春の隣に立つ二人の若い家臣を振り向く。
「そなたらは、藤堂高虎と大谷吉継……よくやってくれた」
「私からも礼を言います。小春を助けてくれて、ありがとうございます」
「長政様、お市様……!私のような者にもったいないお言葉……!」
「殿とお市様の姪御で有らせられる方。お救いするのは当然でございます」
深々と頭を下げる高虎と吉継を長政と市は微笑ましく見つめ、小春に頷いた。
「やはり、高虎と吉継か。この戦が終わったら、私から義兄上に推しておこう」
「一緒に行動するとは、仲がいいんですね。私は嬉しく思います」
「いや、あの、二人とも。何か勘違いしてると思うんだけど……」
「しかし小春。どちらか一人に決めなければならぬぞ」
「長政様。そんなに焦らずとも……ゆっくりと愛を育んでいけばよいのではないですか?小春にはその方が合うと思うのです」
もはや突っ込む気力も失せた。高虎は怪訝な表情を浮かべ、吉継は顔を背ける。笑いを堪えているのだと気づいた。
「高虎、吉継。そなたたちは、小春を守りつつ進軍してくれ」
「私たちの大切な姪です。小春のこと、よろしく頼みますね」
「はっ。必ず姫様をお守りいたします」
「この高虎、命に代えても姫様をお守りする所存です」
だがそれを聞くと、長政は首を振った。
「死んではならぬ、高虎。そなたは小春の婿候補なのだから。必ず生き延びよ。死んでは小春が悲しむぞ」
「……わかりました……」
高虎は答え、長政に向かって頭を下げる。その様子に笑顔で頷いた長政は、市と共にこの場を立ち去った。




