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第一章:第三十五話 戦場の邂逅

 上洛を開始して数日。織田軍は早くも絶対絶命の状況に陥っていた。

 上洛途上の無防備な状態を六角軍に囲まれてしまったのだ。邪魔が入ることはわかってはいた。だが――


「まさかいきなりこんな状況……」


 慌ただしく動く兵士たちに指示を飛ばす光秀の姿を見ながら、小春は必需品を詰めて持って来たリュックを抱えた。いつも冷静な光秀の顔に焦りが見える。六角に攻められ、織田軍は分断されているのだから無理もない。


 小春はたまたま光秀と一緒にいたが、他の者がどうなっているかはわからない。信長は、秀吉は、勝家は、無事だろうか。


「小春殿。下がっていてください」

「……わかった……」


 危機的状況、誰かを守りながら戦う余裕はない。自分のことは気にしなくて大丈夫だと言っても、きっと光秀は小春を気遣い、庇うように行動する。

 それならせめて負担にならないようにするべきだ。まともに戦えると言えない小春は足手まといでしかない。


 リュックを背負い、刀を持って隊の後ろへ下がる。敵がどこにいるかわからない。囲まれていると聞いたから、四方八方に敵が潜んでいるかもしれないが、とりあえず喧騒を避けて静かな方へ向かうことにした。


 しかしいくらも行かないうちに、小春は立ち止まった。視線の先には、刀と槍を持った兵士が二人。一人でも不安なのに、二人も相手にやり過ごせるか――いや、やらなければならない。死ぬわけにはいかないのだ。


「大丈夫、大丈夫……」


 言い聞かせながら、呼吸を整えつつ刀を構える。利家、慶次とやっている稽古を思い出す。二人相手でも、まだ、なんとか――


 一人がこちらに向かってきて、小春に刀を振り下ろす。それを受け止め、もう一人が近づく前に、後ろへ退いて間合いを取ろうとした。が、突然相手は身体を震わせ、得物を落とした。


「え……っ」


 小春と兵士の間に割って入った人物が、兵士を斬りつけたのだ。小春の目に映ったのは、錫色の髪の男――


 腹から血を流し、兵士は倒れた。それをやった張本人が小春を背中に庇うようにして立ち、もう一人の兵士と対峙する。

 味方が倒されたことにより一瞬動きが鈍くなるが、それでもこちらに走ってくる。しかし動揺している者など彼の敵ではなかった。槍を難なく弾き返し、隙ができたところを容赦なく斬る。


 相手が地面に倒れて動かなくなったところで、男は小春を振り向いた。


「無事か?」


 男がそう訊く。涼やかな切れ目。精悍で凛々しい顔立ち。見覚えのあるその顔に、小春はハッとした。


「手ぬぐいくん!」

「……高虎だ」

「え……高虎……?」

「藤堂高虎。それが俺の名だ」


 あんたかよ、というツッコミはなんとか飲み込んだ。

 藤堂高虎。その名前は知っている。例の文の差出人だ。半兵衛と一緒に、運命の人かも……と妄想していた人物。


 爽やかで物腰柔らかいオトナの雰囲気をしたイケメン――ではなかった。当てはまるどころか、一つもかすっていない。顔は整っていると思うが、美男子というよりは男らしい顔つきをしている。


「……私の運命の人を返してほしい」

「どういう意味だ?」

「なんでもない。意外にかっこいい名前だったんだね、手ぬぐいくん」

「高虎だ。変なあだ名つけるな」


 小春を睨みつける高虎の顔は険しい。


「それよりも、だ。これはなんだ」


 懐から何やら一枚の紙を取り出した高虎は、それを小春の目の前に突きつけた。


「……あ、私の書いた文だね。これがどうかしたの?」

「あんた……俺に長政様を見張るよう言ったのを忘れたのか」

「もしかして、それで二人の様子を知らせてくれたの?」

「勘違いするな。俺は、あんたの話を信じてはいない。ただ……約束には応えねばと思ったまでだ」


 確かに、彼は小春が未来から来たという話を信じてくれなかった。だが長政と市を心配する小春の気持ちは覚えていてくれた。そのために行動してくれたのだ。

 意外に律儀なんだな、と少し驚いた。


「俺は長政様に意見具申できる立場にない。が、俺なりに長政様を見ていた。文に書いたとおりだ。長政様とお市様は仲睦まじく、互いを大切に想っている。そんな長政様が、お市様を悲しませることをするはずがない。此度の戦も、織田を救援するべく加勢に来ただろう」

「でもよくわかったね。六角に囲まれてるって」


 高虎がここにいるということは、もちろん長政もいるはずだ。

 この危機を予測していたのだろうか。


「織田から文があった。上洛途上の織田が危機に陥った場合は、救援に駆けつける。約定どおりだ。我らは昼夜兼行で駆けて来た」

「それはすごく助かるけど、無理してない?」

「平気だ。六角は、着いたばかりの浅井がまだ動かぬと思っているだろう。だからこそ、今攻める」

「なるほど……」


 それが長政の判断なら、彼は相当優秀な人物だ。


「そういえば、下級武士の高虎が出陣ってことは、ちょっとは出世したの?」

「あんたと出会ってから、毎日欠かさず鍛練を続けていた。その甲斐あって、此度の戦に参じることができた」

「えーと、私を見返すため……とかじゃないよね?」

「俺はさらに上を狙い、のし上がる。あんたに俺を馬鹿にしたことを後悔させる」

「馬鹿にしたわけじゃないんだけどな……」


 理由はともあれ、上を目指すのはいいことだと長政は言っていた。それは同意だが、自分が彼の闘争心に火をつけたのだと思うと、小春は苦笑いを浮かべた。

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