第8話:効率化の果ての落とし穴
窓から差し込む午後の陽光が、長い影を落とし始めた頃。
私は自室の寝椅子に身を預け、視界の端に浮かぶ『ステータス画面』を眺めていた。
カシアンが手配したあの「精進料理」――味の薄いハーブと野菜のパレードを回避するため、私はキッチンの魔力釜に、人知れず細かな法則の書き換えを施した。
さらに、扉の外を歩く騎士たちの鎧が鳴らす耳障りな音も、物理的な響きを抑えて静寂を確保した。
(ふふ…… これで私の安眠の聖域は、揺るぎない安定を手に入れたわ)
だが、変化はそれだけではなかった。
屋敷全体の備品管理や、無駄の多かったメイドたちの動線を、私がこっそり魔法で整えた結果、驚くほど全てがスムーズに回り始めていたのだ。
「…… なぁ、最近、体が軽くねぇか?」
「ああ。夜警のとき、いつもなら暗がりで足元をぶつけるんだが、なぜか最近は、一番欲しい場所に明かりが灯っている気がするんだ」
廊下で騎士たちが感嘆の声を漏らしている。
彼らは気づいていない。
それが私の仕込んだ『自動点灯の加護』のおかげだということに。
さらに、調理場でも異変が起きていた。
「この大鍋、いつもは場所によって煮えムラが出るのに、今日はどこを掬っても完璧な火の通りだわ!」
(※私が魔力の分配を書き換え、鍋の底を均一に熱が伝わるようにしたからです。 職人の勘という名のあやふやな感覚に頼るから、無駄に時間がかかるのよ)
現場の人間たちに「聖女の奇跡」と拝まれるのは面倒だが、彼らが「なんか知らんけど仕事が楽になった」と満足し、早く帰ってくれるのは、私にとっても好都合だった。
「…… 奥様。 何かされましたか?」
背後から、落ち着いた丁寧な声。
ジャネットだ。
彼女は完璧な姿勢でトレイを抱え、私の指先に残った微かな魔力の残光を、静かに見つめている。
「…… 何のことかしら」
「奥様が魔法を使われるたびに、この屋敷から『無駄な手間』が霧散していくようですわ。 これほどまでに理知的で、澱みのない魔法…… 私、初めて拝見いたしました」
ジャネットの言葉に、皮肉はない。 むしろ、確かな敬意が混じっていた。 彼女は私の返答を待たず、トレイの端から、給仕の動作を装って一皿を差し出してきた。
「現場が円滑に回れば、私どもの負担も減ります。…… これは、そのささやかなお礼でございます」
(…… ジャネット。 あなた、最高に話がわかるわね)
銀の蓋が開けられた瞬間、香ばしい肉の匂いが鼻腔をくすぐった。
最高級のステーキ。
ジャネットは何も言わずに一礼し、音もなく部屋を退室していった。
私は隠れてお肉を頬張りながら、ステータス画面の通知を確認する。
【領地満足度:微増】
【カシアンの疲労度:低下中】
【リゼットの隠蔽率:ジャネットにより一部突破(味方フラグ成立)】
現場が効率化されれば、必然的にカシアンの負担も減るはずだ。
彼が激務から解放されれば、私への過剰な心配も薄れ、再び穏やかな放置時間が戻ってくる――。
…… そう、確信していたのだが。
扉を勢いよく開けて入ってきたカシアンは、かつてないほどやる気に満ち溢れた目をしていた。
「騎士たちの疲労が劇的に改善し、屋敷の運営が驚くほど効率化した! これで……『君を24時間体制で見守るための、余剰の人員』を確保できたぞ!」
(………… 逆効果だああああ! )
運営の効率化により、カシアンに「暇な時間」が発生。
その結果、浮いた時間と人員の全てが、私への『監視』に再分配されてしまった。
「リゼット、これからは私も、より多くの時間を君の側で過ごせる。もう、一瞬たりとも君の異変を見逃さないからね」
私のホワイト化計画は、皮肉にも、 「社長が四六時中、私の部屋に居座って私を熱烈に見つめ続ける」 という、安眠における最悪の『不具合』を引き起こしてしまったのだった。
(…… 私が静かに眠るために整えたはずなのに。 これでは本末転倒じゃないの……! )




