第8話:現場の士気は、名もなき「バグ修正」で上がる
カシアンの過剰な健康管理(味のない食事)を回避するため、私はキッチンの魔力コンロに「隠しパッチ」を当てた。 さらに、騎士たちの「鎧の消音化」も完了。私の部屋の周りは、ようやく静寂を取り戻しつつあった。
(ふふ……これで私の安眠環境は安定稼働に移行したわ)
だが、変化はそこだけではなかった。屋敷全体の「巡回導線」や「備品管理」も、私がこっそりUIで最適化(魔力による視覚誘導)した結果、驚くほどスムーズに回り始めていたのだ。
「……なぁ、最近、体が軽くねぇか?」
「ああ。夜警のとき、いつもなら足元が暗くて躓くんだが、なぜか最近は最適な場所に明かりが灯ってる気がするんだ」
廊下の影で、騎士たちがヒソヒソと話している。 彼らは気づいていない。それが私の**【自動ライティング設定(人感センサー代行)】**のおかげだということに。
さらに、調理場でも異変が起きていた。
「この大鍋、いつもは場所によって煮えムラが出るのに、今日はどこを掬っても完璧な火の通りだ!」
「おかげで味付けの微調整に時間を取られない。……まるで、鍋の熱伝導が物理演算されているみたいだな」
(※私が魔力炉の出力分布を再設計し、鍋の底を『ヒートマップ』による等温分布に書き換えたからです。職人の勘という名の不安定なアナログ入力に頼るから時間がかかるのよ)
現場の人間に「女神の奇跡」と拝まれるのは面倒だが、彼らが「なんか知らんけど仕事が楽になった」と満足して定時で帰ってくれるのは、私にとっても好都合だ。
「……奥様。また何か、ご不浄でも払われましたか?」
背後から、落ち着いた丁寧な声。中堅メイドのジャネットだ。 彼女は完璧な姿勢でトレイを抱え、私の手元――空中に残った魔法の残滓を、静かに見つめている。
「……何のことかしら」
「いいえ。ただ、奥様が指先を動かされるたびに、この屋敷の『淀み』……いえ、非効率が消えていくものですから」
ジャネットの言葉には、皮肉ではなく、深い敬意が含まれていた。 この世界の魔法は通常、術者の「イメージ」や「感情」で放つ不安定なものだ。 だが、私の魔法は違う。前世の知識を、UI(統合開発環境)が魔力言語へと翻訳・出力する**【独自記述式魔法】**。 いわば、魔法を「気合」ではなく「精密な設計図」として扱っているのだ。
「奥様のような、これほどまで理知的で無駄のないお力……私、初めて拝見いたしましたわ。……まさに、至宝に相応しい」
(……ジャネット。あなた、私が『作業』してるのを前提で褒めてるわね?)
「旦那様には、報告しないのかしら」
「まさか。……お仕事のできる主を煩わせるほど、私は愚かではございませんわ」
ジャネットは一礼し、トレイの端から「本物の肉料理(キッチンで余った最高級のステーキ)」を、給仕のふりをして差し出してきた。
「現場が円滑に回れば、私共の負担も減ります。……これは、そのささやかな『お礼』でございます」
(……ジャネット! あなた、やっぱり最高の後輩(同僚)よ!)
私はお肉を頬張りながら、UIのダッシュボードを確認する。
【領地満足度:微増】 【カシアンの疲労度:低下中】 【リゼットの隠蔽率:ジャネットにより一部突破(味方フラグ成立)】
よし。これでいい。 現場が有能になれば、トップであるカシアンの仕事も減る。 そうすれば、彼も私への過剰な「安否確認」を忘れて、ゆっくり寝かせてくれるはず――。
だったのだが。
「リゼット! 朗報だ!」
扉を勢いよく開けて入ってきたカシアンは、なぜか以前よりギラギラとした、やる気に満ち溢れた目をしていた。
「騎士たちの疲労が劇的に改善し、屋敷の運営が驚くほど効率化した! これで……『君を24時間体制で見守るための、余剰人員』を確保できたぞ!」
(…………逆効果だああああ!)
【分析:運営の最適化により、カシアンに『余剰リソース(暇)』が発生】 【結論:浮いたコストの100%が、リゼットへの過保護に転換されました】
私のホワイト化計画は、皮肉にも「社長が四六時中、私の部屋に居座って私を見つめ続ける」という、安眠における最悪のバグを引き起こしてしまった。




