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『魔力炉の最適化? いいえ、二度寝の環境整備です。~怠惰な生活を送りたいだけなのに、なぜか国中のエリートが私を「聖女」と崇め始めました~』  作者: こもり詩


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第28話:神聖なる朝の体操と、有能なる裏の同盟

 


【リゼットの視点:ハードウェアの限界と、肉への道のり】


(違う……。私が求めているのは、この青臭いジュースじゃない。脂の乗った、暴力的なまでの『肉』なのよ……!)


 グラナート侯爵が持ち込んだ「不老長寿の特製ジュース」という名のドロドロの液体を喉に流し込みながら、私は心の中で血の涙を流していた。  カシアン様たちの過保護が突如としてまた謎の次元に突入し、私から約束された最高級の霜降り肉を没収した挙句、食卓を完全に『草』と『激マズジュース』に染め上げてしまったのだ。

「脳の冷却」だの「消化の負担」だの、意味の分からない理由をつけて。  魔法で肉を出そうにも、少しでも魔力の残滓を出せば、過保護な男たちが「また命を削った!」と泣き叫びながら突っ込んでくるに決まっている。


(そもそも、私が数歩歩いただけで息切れして倒れるポンコツな基礎体力が諸悪の根源よ!)


 私はこっそりと『システム画面』を空中に呼び出した。


【対象:リゼット・フォン・バウムガルト】

【項目:基礎筋力・心肺機能】

【操作:値を最大(MAX)に変更】


 ――カタカタカタッ、ターンッ!  指先で虚空を叩き、実行キーを押し込む。


【警告:現在の骨格および筋肉量で急激なパラメータ変更を行うと、肉体が崩壊します】

【リクエストを拒否しました】


(……チッ。一撃でマッチョにはなれないのね)


 どうやら私の肉体が急激なパッチ適用に耐えられないらしい。  

 私は決意した。

 屋敷の中が草に支配されているなら、外の世界へ行くしかない。  

 私はこの屋敷に嫁いできてから一度も街に出たことがないが、前世のファンタジー知識によれば、城下町の屋台には必ず「香ばしい匂いを漂わせる巨大な串焼き肉」があるはずだ。


(自力で基礎体力をつけて、監視の目を盗んで絶対に街で買い食いしてやる!)


【リゼットの視点:聖女のラジオ体操(第一)】


 翌朝。  

 私はバルコニーに出ると、朝日を浴びながら大きく深呼吸をした。  

 周囲には、私の「安眠」を邪魔すまいと息を殺して控える騎士たちの気配がある。


(……よし、やるわよ。前世の記憶に刻まれた、究極の全身運動を!)


 まずは、背筋を伸ばして腕を上下に。  

 次に、腕を大きく回して、胸を反らす。  

 私のなまりきった筋肉がピキピキと悲鳴を上げるが、脳内では「見知らぬ街の串焼き肉」が黄金色に輝いている。


(腕を大きく振るのよ……。これが串肉を掴む力になる……!)


 ジャッ、ジャッ、と軽快な(自分なりの)リズムで腕を振り、膝を浅く曲げ伸ばしする。  

 だが、その時だった。


「リ、リゼット……!? 君は、一体何を……!」


 悲痛な叫びと共に、カシアン様がバルコニーに駆け込んできた。  

 その背後には、グラナート侯爵と魔法兵長のバルトまで控えている。  彼らは、プルプルと震えながら複雑な演舞(ラジオ体操)を繰り出す私を見て、幽霊でも見たかのように顔を蒼白にしていた。


「リゼット、よせ! そのように激しく手足を動かして……! また何か、世界の法則に干渉するような巨大な契約を編んでいるのか!?」


「いいえ、旦那様。これはただの……その、体操……」


「馬鹿なことを! その流れるような腕の旋回、そして天を仰ぐその動作……。私にはわかる、君は今、大気中の魔力を無理やり練り上げ、自らの血肉を触媒にして何かを呼び込もうとしている!」


 カシアン様が私の肩を掴み、今にも泣き出しそうな顔で訴える。  

 横では侯爵が「おお……。これこそが、大地の穢れを払うための『天上の舞』……!」と、勝手に膝をついて祈り始めていた。


(違う! ただのラジオ体操よ! 体力作りのための!)


 だが、「街に買い食いに行くためです」などと言えるはずがない。

 そんなことを言えば、二度と外出を許されないレベルの監視がつくに決まっている。


「……だ、旦那様。……これは、その……」


 私は震える足で立ち上がり、聖女のような(実際は肉を渇望しているだけの)慈愛の微笑みを浮かべた。


「……これ以上は、やめてくれ!」と懇願するカシアン様に対し、私はもっともらしい言い訳を構築する。


「……いいえ、旦那様。……これは、この領地の安寧を……祈るための、動きですわ。……これを毎日、続けなければ……私の心が……(※お肉への野望が)……折れてしまいます……」


「領地の安寧を祈る……!? 己の体が崩れ落ちそうな状態でありながら、なおも我々のために祈りの舞を捧げるというのか……!」


 カシアン様がギリッと奥歯を噛み締めた。  

 バルトも感極まったように手帳に何かを書き殴っている。


「……分かった、リゼット。君のその慈悲深い祈り、私が止める権利はない。だが、せめてこれ以上、過酷な舞を続けるのは……!」


(ええ、やめるわ。っていうか、もう無理。膝が笑ってるもの。これに続く『第二』の跳躍運動なんてやったら、間違いなく骨折するわ)


「……ええ。……私の体力では、この『第一の舞』が限界ですわ……」


 私がプルプルと震えながら答えると、カシアン様は「第一段階だけでそれほどの負荷が……っ!」と嘆き、私を壊れ物のように抱き上げ、ベッドへと運んでいった。  

 ……街での買い食いへの道のりは、果てしなく遠い。



【侍女ジャネットの視点:有能なる裏の同盟】


 私は壁際に控え、ベッドで息も絶え絶えになっている奥様と、その手を握って涙を流す旦那様を、無表情で眺めていた。


(……奥様。ただ腕を回し、膝を曲げただけであそこまで体力を消耗されるとは。ある意味で奇跡の運動能力ですわね)


 奥様が「領地の安寧」などという高尚な目的で動くはずがない。

 あの絶望的な草生活から抜け出し、どうにかしてお肉にありつこうと足掻いた結果の、ポンコツな体操だろう。


 私はそっと視線を落とした。  

 奥様のベッドの足元には、仔犬サイズになった厄災の竜、ノア様が鎮座している。  

 私は彼と目を合わせ、ほんのわずかに顎を引いた。  

 言葉はなくても、完璧な意思疎通アイコンタクトが成立する。


(ノア様。このままでは奥様のモチベーションが底をつき、屋敷の運営に支障が出ます。私がお肉を密輸しますので、旦那様たちを部屋から遠ざけてください)


 私の無言の要請に対し、ノア様は『キュルルッ!』と短く喉を鳴らした。


(任せろ。侯爵の足元に擦り寄り、伝説の厄災による『恐怖の撫でてアピール』を敢行する。奴らは恐怖で固まり、部屋から逃げ出すだろう)


(感謝いたします。お礼に、ノア様にも肉をご用意しておきます)


(完璧な取引だ、同僚よ)


 直後、ノア様が侯爵の足元へとトテトテと歩み寄り、コロンと仰向けになって腹を見せた。


「ひっ……!? の、ノア殿が、私に腹を……っ! これは、撫でろという試練か!? もし機嫌を損ねれば腕が吹き飛ぶ……!?」


「侯爵! 危険です、一度退避して対策を練りましょう!」


 完全にパニックに陥った侯爵と旦那様たちが、逃げるように部屋から退出していく。


 静寂が戻った部屋で、私はワゴンに乗せて運び込んでいた銀の保温器クロッシュに手をかけた。


「奥様。旦那様からのご指示で、胃腸を温めるための『薬草の蒸し物』をお持ちいたしました」


「……ジャネット、私、もう草は見たくないのだけれど……」


 絶望的な声を漏らす主の前で、私は無言のまま銀の蓋を開けた。  

 モワァッと立ち上る、青臭い薬草の湯気。  

 だが、私はその「薬草が敷き詰められた上段の網」をパカッと取り外した。


 ――その下段(二段底)に隠されていたのは、薬草の蒸気と匂いで完璧に偽装された、分厚くて香ばしい『厚切りベーコン』だった。


「……っ!!」


「匂い漏れと監視の目を防ぐための、二段式のカモフラージュでございます」


「ジャネット……っ! あなた、一生ついていくわ……!!」


 ベッドの上で涙を流してベーコンを食べる主と、その横でベーコンをもらって歓喜する厄災の竜。  

 勘違いに包まれたこの屋敷で、私とノア様の「裏の密輸ルート」は、かくして強固なものとなっていくのであった。

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