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『魔力炉の最適化? いいえ、二度寝の環境整備です。~怠惰な生活を送りたいだけなのに、なぜか国中のエリートが私を「聖女」と崇め始めました~』  作者: こもり詩


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第26話:竜の羽ばたきと、王都の天才の推論

 


【リゼットの視点:厄災の真実と、約束された霜降り肉】


(違うって言ってるでしょ! なんでこの屋敷、私の話を聞かない重い人ばっかり増えていくのよ!)


 私が息も絶え絶えに、ドア枠にすがりつきながら心の中で絶叫していると。  

 平伏していたグラナート侯爵が、騎士たちを制して静かに顔を上げた。

 その瞳には、深い畏敬の念が宿っている。


「奥様……。一つだけ、どうか教えていただきたい。あの国を滅ぼした伝説の厄災(黒嶺竜)と、いかにしてあのような主従関係を結ばれたのですか?」


(えっ。私の安眠を妨害されたから、脅して魔力おやつをあげて契約しただけなんだけど……)  


 正直に言えば絶対に信じてもらえない空気だ。  

 私は酸欠で苦しい息を整えながら、適当に言葉を濁した。


「……ほんの少し、私の魔力を分け与えて……お互いの『平穏な日々』のために、理解し合っただけですわ……」


「なんと……!」


 侯爵と騎士たちが同時に息を呑んだ。


「ご自身の魔力(生命力)を分け与え、あの狂暴な竜の魂すらも『平穏』へと導いたというのか……!」  


 男たちの間で、またしても重すぎる解釈が爆誕している気がする。


「奥様。どうか私の非礼の詫びとして……私用に王都から手配しておりました、品評会で最高位を得た極上の牛肉を献上させてください。とろけるように柔らかく、滋養に大変良いものですので……!」


 侯爵が感極まったように申し出た。


(極上の牛肉!! つまり最高級の霜降り肉ね!? 侯爵様、怒ってないどころか最高級のお肉をくれるの!? このニート生活、完全勝利よ!)  


 私が内心でガッツポーズをした、その時だった。


「キュルルッ!」


 背後の冷たい廊下から、可愛らしい鳴き声が聞こえた。  

 仔犬サイズに圧縮された黒嶺竜のノアが、小さな翼をパタパタと羽ばたかせて応接室へ入ってきたのだ。  

 私の足元にふわりと着地し、喉を鳴らしてすり寄ってくる。


「ひっ……!」


 その瞬間、応接室の空気が完全に凍りついた。


(あ。これは……これがノアだと気づかれてしまってるわね)


「あの伝説の厄災」が愛らしいサイズになり、私の足元でペットのように懐いている姿を目の当たりにした侯爵と護衛騎士たちは、驚愕と恐怖で文字通り息を呑んで固まってしまった。


 その極限の緊張状態の中、バンッ! と勢いよく応接室の扉がさらに開かれた。


「カシアン様! 急ぎご報告が……っ!」


 血相を変えた魔法兵長のバルトが、勢いよく飛び込んできたのだ。  

 だが、バルトは平伏して震える王都の重鎮たちと、私の足元にいるノアを交互に見比べたかと思うと、完全にフリーズしてしまった。


 誰もが言葉を発せない異常空間。


(えっ、ちょっと待って。バルト、ここで固まらないでよ! ノアのせいでお客様が完全に石化しちゃってるんだから、あなたがこの気まずい空気どうにかして! お願いだから、早く私を退場させて……!)


 私が心の中でジタバタと助けを求めていると、カシアン様だけが悲痛な顔で動いた。


「リゼット。ノアも君を案じて追ってきたのだろう。もう喋らなくていい、君の体は限界だ。ジャネット、妻を部屋へ! あとは私がすべて引き受ける」


(やったー! さすが旦那様、ナイスアシスト! これで面倒な質問攻めも回避できたし、あとは夕食のお肉を待つだけね!)  


 私は内心ウキウキで、侯爵たちに淑女の礼をとると、足取り軽く(周囲には無理をして歩いているように見えたらしいが)自室へと退場した。



【魔法兵長バルトの視点:王都の天才と、絶望の防衛同盟】


 奥様が部屋へ戻られ、厄災の竜もパタパタとその後を追って消えると、ようやく応接室に呼吸の音が戻ってきた。  

 私は、なぜ我々辺境を見下していたはずのグラナート侯爵がここにいて、しかもカシアン様と妙に親しげにしているのか、さらにあの厄災がなぜあんな姿になっているのか、状況が全く飲み込めていなかった。


「カシアン様。ご報告がありますので一度別室にて……」


「いや、この場で構わない。グラナート侯爵にも聞いてもらいたい」


 私は困惑したが、カシアン様のただならぬ気迫に押され、王都での調査報告を始めるしかなかった。


「カシアン様。王立中央図書館の奥深くに、奥様の力と完全に符合する『法理の聖女』の文献が残されておりました。しかし、その末路については『若くしてその役目を終え、魂を天へ返した。二度と言葉を発することはなかった』と、死とは明言されない薄気味悪い記述しかなく……」


「どういうことだ?」


 カシアン様が眉間を寄せる。

 隣で聞いていた侯爵も、息を呑んで耳を傾けている。


「公的な記録の限界を感じた私は、若くして王宮魔導院の『主席術式学者』の地位に就いた魔法の天才、アイザック・ノーマン殿に接触しました。奥様の存在は伏せ、あくまで『過去の文献に記された法理の聖女が実在したとしたら』という仮定の話として、術式構造の観点から見解を求めたのです」


「アイザック殿は何と答えたのだ?」


「それが……私が文献の話をした途端、アイザック殿はなぜかひどく苛立った様子になり、吐き捨てるようにこう断言したのです」  


 私は、ボサボサの黒髪に重度の隈を作ったその天才の言葉を、一言一句違わずカシアン様にお伝えした。


「『図書館の本なんて、無能な詩人が書いたファンタジーだよ。技術的な視点から言わせてもらえば、あれは単なる演算回路の焼失だ』と」


「演算回路の焼失……だと?」


「はい。アイザック殿いわく『彼女たちは魔法を“願う”んじゃなくて、世界そのものの法則に直接干渉する存在だ。だが、神が作ったような膨大なコードを、人間という貧弱な脳で無理やり演算してみろ。焼き切れるんだよ。脳の魔力回路が、物理的にね』……そう言ったのです」


 アイザック殿の冷徹な言葉を口にするだけで、背筋が凍る思いだった。


「そして彼は、聖女の末路についてこう締めくくりました。『奇跡を無理やり起こした結果、最後には脳が機能を停止した“生きた人形”になる。二度と目覚めない空っぽの器……心が消え、ただ呼吸するだけの肉塊。それが世界を直した聖女の末路だ。救いなんて、どこにもない』と……」


 私の報告が終わった瞬間。  

 応接室の空気は、底知れぬ絶望に包まれた。


「生きた人形、だと……。では、リゼットがよく『眠い』と言ったり、倒れるように床に就いていたのは……」


「ええ……。魔法という演算で焼け付きそうになった脳の負荷を、必死に『睡眠』という名の冷却行為で修復しておられたのではないかと……」


 私が血を吐くような思いで告げると、カシアン様がギリッと奥歯を噛み締めた。


「やはり……! 先ほど、リゼットが息も絶え絶えだったのは、限界まで脳を酷使した結果だったのか!」


 グラナート侯爵が、震える声で叫んだ。


「王都の天才術式学者のお墨付きとなれば間違いない。リゼット様は我々のために、あの奇跡を……!」


「……ああ。私は、またしても彼女に無理をさせてしまった」


 カシアン様が、己を責めるように深く頭を垂れる。


「辺境伯よ、嘆いている暇はない! これが王都の俗物どもに知られれば、聖女様は便利な道具として脳が焼き切れるまで使い潰されてしまう! 王都からの干渉はすべて私が防ぐ!」  


 侯爵は立ち上がり、カシアン様の手を力強く握りしめた。


「そして、あの『牛肉』など、今の弱り切った奥様には劇薬だ! 消化に余計な体力を使わせれば、脳の冷却に支障をきたす! すぐに『消化に良い精進メニュー』と、我が領地の『不老長寿の特製ジュース』に変更させるのだ!」


「ああ、感謝する、侯爵……! 貴殿が同志で本当に心強い!」


 ガッチリと熱い握手を交わし、奥様の「絶対防衛・健康管理同盟」を結成するカシアン様とグラナート侯爵。


(……えっ?)  


 私は、その光景をただ呆然と見つめていた。


(なんで、私が王都で警戒していた気難しい大貴族様が、カシアン様と熱い友情を交わして、奥様の健康管理同盟組んでるの……?)


 私の脳の処理能力は、完全に限界を超えていた。  

 だが、この男たちの重すぎる決意が、ウキウキで夕食の肉を楽しみにしている奥様にいかなる絶望の草生活をもたらすか、この時の私はまだ知る由もなかった。

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