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第6話 居候の買い物

 日中はダラダラしてしまって、なんだかんだで買い出しに来たのは、夕方になってからだった。

 結局、部屋の掃除も済ませてからグダグダと余暇を過ごし、いつも通りの人の混む時間帯で買い物をする辺り学生らしいのかもしれない。

 最寄りのスーパー『たかみ』へ来て、主婦に並んでつくしが食材を取っては悩んでいた。そして、花咲の押すカートの買い物かごへと綺麗に並べ入れていく。

 慣れた手つきは、本物の主婦と見紛うほどだ。普段から家政婦のようなことをしている訳だから、手慣れていても驚きはしないが。

「今日、肉じゃがにするけど、いい?」

 買い出しメモを片手に品定めしているつくしが、視線は向けずにそう言った。

 どうやら、夕飯のメニューに悩んでいるらしい。作ってもらう立場としては、どんな物でも出された食事をおいしく頂くだけ。特に要望はなかった。

「いいよ」

「副菜は何にしよっかな……」

 そう考え込むつくしの横顔はどこか楽しそうに見えた。

「元々作るものを決めて買いに来てる訳じゃないんだ?」

「そうだね。安いなと思ったら、買うくらい」

「じゃあ、その買い出しメモは何のために?」

 俺はつくしの片手に握られている、『今日のリスト』と書かれたメモを指差した。

「少なくなってきた調味料とか、ないと困るものはメモしてあるの。でも、夕飯とかは物を見て決める事が多いかな」

 野菜類は粗方選出し終えたのか、つくしは肉・魚のコーナーへと足を運んで行く。花咲はカートを押しながら、その背中を引っ付き虫のようについて歩いた。

「へぇ、それが主婦術というものですか」

「主婦術って何よ」

 笑いながら聞いてくる。

「さぁ」

「花咲君って、そういう所あるよね」

「そういう所って?」

「テキトーな所」

「あるかな」

「あるでしょ」

 毎度毎度、真剣に問答している人間なんてそういないだろ、と思うものの口にはしなかった。

「ま、嫌いじゃないけどさ」

 つくしが言う。どうやら褒めている訳ではないにしても、貶している訳でもなさそうだった。

「つくしはお調子者が好きと」

「そんなんじゃない」

「でも、頼られるのは好きそう」

「怒るよ?」

「ごめんて」

 頼られるのが好きと思われるのは嫌らしい。

 だが、つくしからダメ男が好きそうな気配がするのは事実だ。実際、世話好きっぽいし。

 なんて考えていると、彼女は急に立ち止まって俺を見つめてきた。

「私のこと、ちゃんと頼って良いからね?」

「……どういうこと?」

「花咲君から、これからは頼られなくなる気がして」

「つまり、アレか。頼られたいけど、そう思われるのは嫌だってことか?新手のツンデレかよ」

 べ、別にアンタに頼られたい訳じゃないんだからね!ってやつか。少しイタいな。

「そういうんじゃなくて、私居候だからさ」

「えっと、……どういうこと?」

「一応さ、立場は気にしてるんだよ」

「ああ、なるほど」

 発言の意図を理解して花咲は頷きながら呟いた。

 つくしは不安なのだろう。

 花咲とつくしのwinwinの関係は、抱えているものが大きく違う。

 花咲はつくしがいようがいまいが、生活水準が変わるだけで生活は続けていける。

 一方で、つくしは花咲以外の人間の家に住むことを神さまに禁じられているという。

 さらに言えば、つくしと会話ができるのも花咲だけ。花咲との関係が拗れることで失うものは大きい。

 だから、居候としての立場を確保するため、そして気兼ねなく生活するための理由として花咲から頼られることを期待しているのだろう。

「毎日、美味しい手料理、食べさせてくれるんだろ?」

「任せて」

 つくしがグッドポーズを向けてくる。すべて任せろと言ってきそうな勢いだ。

 だが、花咲はつくしが望まない一言をぶつけた。

「でも、それ以外の家事は分担でやろう」

「……たぶん、そう言うんだろうなって思ってたけど、一応理由を聞いとく。どうして?」

「俺は人のためなら動けるらしいからさ。自堕落脱却のための一人暮らしなのに、つくしに甘えてたら本末転倒だろ?」

 親から一方的に言い出された課題ではあるが、花咲とて自堕落脱却のための手段として、一人暮らしに合意がないわけではなかった。

 花咲が笑ってみせると、つられるようにつくしも笑った。

 つくしは笑うと狐耳が横にずれる。撫でられるときの犬に似ていた。

「買い物の続きしよっか」

「そうだな。……って、ちょっと待って」

 混み合う店内をスタスタと歩いて行ってしまうつくしを、花咲が慌てて追いかける。

 追いついたときには、つくしは賞味消費の期限と睨めっこを始めていた。どうせすぐ使いきるだろうに、そこに拘ってしまう気持ちはわかる。夢中になっているつくしの横を歩く時間は、割と心地が良かった。

 そうこうして、スーパーの入り口から押されてきたカートは、反対側の出入り口付近にある冷凍冷蔵の食品群に到達した。

 今、花咲の眼前にはプリンやらケーキやらが並んでいる。

「さて。ま、こんなものかな。デザートとか欲しい?」

「いや、別に……」

 要らない、と喉まで出かかったが、花咲は言い淀む。

 デザートコーナーの目の前で、既に手に取りながら欲しいかと問われたら、要らないとは答えづらかった。

「じゃ、シュークリームで」

「私はプリンアラモードかな」

 そう言いつつも、目移りしているつくし。デザートが好きなんだろうか。

「他に欲しい物ない?」

「特にないかな」

 確認しつつも足はレジに向かっていた。特にないと返すことがわかっている足取りだった。

「次のお客さま、どうぞ」

 タイミングとして良かったのだろう。五台並ぶセルフレジの一つに空きができて、並ばずに会計ができた。

 ふと、つくしは商品の登録をどうするのかという考えが花咲の脳裏を過る。

 気になったので、興味本位につくしの行動を観察していると、誰に頼るでもなく流れ作業のようにタッチ画面で現金払いを選択してから、次々と商品のバーコードを読み込ませていった。

 つくしが声を掛けてきたのは、すべての商品の登録が済んでから。綺麗にマイバッグへ商品を入れながら、「会計お願いね」と言ってきた。

「三千六百九十九円だって」

「はいよ」

 ちょうど財布に三千七百円あった。お釣りは一円玉一枚で済むが、一円玉が増えるのは面倒なので近くに置かれている盲導犬協会の募金箱に入れておく。

「ありがとうございました」

 店員が会計の終わった花咲に声を掛けてきた。

「実はつくしのことが見えてたりしないかな?」

 今しがた、レジ打ちを済ませるつくしを見たばかりだ。認識されていてもおかしくないような気がして、突拍子もない話題を振ってみた。

「そんな訳ないじゃん」

 つくしに一蹴される。

「手に取った商品はどうなってるんだ?」

「見えているけど、不自然さを認識できない状態になるみたいだよ」

 花咲が持つマイバッグからニンジンを取り出すと、つくしは店員の目の前で振って見せるが反応はなかった。

 しかし、目の前でニンジンを落として見せると、店員はそのニンジンを空中でキャッチして店頭へ戻しに行ってしまった。

「これが証拠。私も何回か試してみたんだけど、私が持っているものは、どうやら空中に浮いてるように見えているみたいなんだよね。けど、それがおかしいって認識できないみたい」

 花咲の疑問を丁寧に解消してくれたつくしは、「ニンジン取ってくる」と言い残して行ってしまった。

 スーパーの出入口付近で待機していると、一本二千円弱もするたけのこが目に付いた。昨日はお高い夕食をいただいたものだ。

 一分と待たずに、持っていかれたものと同じ形のニンジンを掴んでつくしが戻ってきた。

「たけのこ高いね」

 花咲の視線を追ったつくしが花咲の考えを代弁する。

「そうだな」

「花咲君のお母さんに感謝だね」

「……そうだな」

 どうせ貰い物だったのだろうが、それは思うだけで口には出さなかった。

 つくしが自動ドアへ近づくと、独特な音を立てながらドアが開いた。

「へぇ、反応するんだな」

「私、機械になら認識されるから」

「だから、セルフレジは問題はなかったのか」

「そういうことね」

 おそらく、つくしを認識できない原因は、物理的なものでなく心理的なものなのだろう。

 消えている訳ではないからセンサーには認識される、という訳だ。

 確かに、それなら困ることは一切ないのかもしれない。お金さえあれば買い物はできるし、居候すれば寝床にも困らないし、服も快適なものが用意されている。

 しかし、果たしてそれは幸せと言えるのだろうか。

 気にするのは野暮なのかもしれないが、花咲はつくしの横を歩きながら、そんなことを思った。

 視線を上げると、澄んだ空に浮かぶ夕日が目に映る。綺麗だと思った景色を共有できない生活は、辛いのか苦しいのか、逆に楽しいのか、花咲には推し量ることができなかった。

「つくしはさ、その……この間までどうしてたんだ?」

 昨日、聞こうとして言い淀んだ質問が、花咲の口を突いて出てしまう。

 唐突な質問に、つくしが首を傾げていた。質問の意図が掴めないという意思表示。

 花咲もその話題に触れようと思っていた訳ではなかったものの、口にしてしまったものは引っ込めても仕方がない。

 割り切って、ぼかさずにはっきり聞いてみることにした。

「本当の意味で、この世界で独りぼっちだった訳だろ?その間、寂しくなかったのかなってことよ」

「ああ、そういう……」

 少し静かな間があった。

 話しづらくて悩んでいるようではなかった。何から話そうかと思考を巡らせているときの間。ひとしきり「うーん」と唸ってからつくしは口を開いた。

「私、元は人間だからさ」

 そうだろう。そこに疑問はない。

 あまりにも人の生活に馴染み過ぎている。たった一年で身に付けたものとは到底思えない。

「大平高校に通うはずだった普通の女子高生で、もちろんこんな耳も尻尾も生えてなかったし、瞳や髪だって黒かったし」

「そうか」

「普通に高校に通って友達作って青春して、付き合う人もできたりして……、今でもそんな何気ない青春に憧れてる」

「そうなんだな」

 隣を向くと、つくしの横顔が目に入る。表情は読み取れないが、視線は足元へ向いていた。


挿絵(By みてみん)


「独りぼっちで寂しいって思うときもあったけど、それ以上に何気ない青春を楽しめる人が羨ましい気持ちの方が強いかな」

 横に並んで歩いていたつくしが少しだけ前に出る。

「『神の遣い』って結局のところ、なんなんだ?」

 つくしの背中に花咲が問いかける。

 青春を捨ててまでなるものなのか、その価値があるのか、そういう意図の質問だった。

「『神の遣い』になることを『神隠し』って言うらしいんだよね。私は入学する前にシキ様に会って、『神隠し』になった」

 『神隠し』の状態になったと言いたいのだろう。ただ、聞きたいことはそういうことではなくて。

「その理由は?」

「シキ様とある契約をしたの。『神隠し』になる代わりに一つ願いを叶えてくれるっていう」

「へぇ。要するに、神さまから任務を請け負う代わりに、願いを叶えてもらうって訳だろ?その任務の内容って何なんだ?」

 質問攻めをする花咲だが、つくしの声のトーンは変わらなかった。嫌がっているのかもわからない。

 わかるのは、歩くペースが少し上がったことと、つくしの耳が少し縮こまっていること。それがつくしの気持ちを表しているのだとしたら、この問答はあまり良いことではない気がした。

「……実はさ、私の遣いとしての任務はもう終わってるんだよね」

「どういうことだ?『神の遣い』として、俺のところにいるんじゃないのか?」

 話の辻褄が合わなくて納得がいかないでいると、前を歩くつくしがやっと振り向いた。

 硬い笑みを浮かべながら、質問に質問で返してくる。

「『大平の七不思議』って本、覚えてるでしょ?」

 言われてから、分厚いカバー本を思い出す。借りたものなのに今はどこにあるかわからない。

「アレってただの本じゃないんだよね。シキ様の神器の一つで、シキ様の能力が書かれてるんだってさ」

「なるほど。だから、七不思議っぽくないのも混じってたのか。でも、項目以外には何の記載もなかったぞ」

「シキ様にしか読めないからね」

「へえ」

 『大平の七不思議』がシキの神器の一つだとして、そんなことは花咲にとってどうでもよかった。

「それで、その神器がどうしたっていうんだ?この話に終着点はあるんだろうな?」

「あるって。神器ってのは、神さまが権能を行使する神具であり、人を試す器でもあり、人に権能を発現させるファクターでもあるの。あの本が見えた人は神さまのことも見えるようになるんだよ。だから、花咲君は私のことを認識することもできるようになった」

「そんな本がどうして学校の図書室にあるんだよ」

「ある訳ないでしょ。私がシキ様から預かってたの。あのとき心ここにあらずだった花咲君が図書室に来たから、神器を試しに見せてみただけだよ。私の手から奪って持ち去っていったのは花咲君だからね」

「……………………」

 言われると、そんなことをした記憶がないではないような気がした。

「そ、それでお前の『遣い』の話はどうしたよ?あの神器を俺に奪われたから任務終了したとか言わないだろうな」

「いいや、その通りだよ」

「まじかよ」

 あっさりと肯定されて呆気に取られる花咲に、つくしが付け加えて説明する。

「もう少し言うと、私の務めは花咲君にシキ様の神器を認識してもらうこと。たったそれだけ。ま、それでも一年かかったけどね」

「その任務に一年もかける意味が……」

 花咲は言いかけて気付いた。

 シキという神の狙いが何であるかを。

 その矛先が向いているのは、自分であるということに。

「気付いた?狙われているのは君だよ、花咲君。君はもう神さまが見えるし、会話もできる状態になってる」

 非常にマズい展開になっている気がする。面倒くさいとかそういう次元でなくて、もっとこう大きなものに巻き込まれているような、そんな感じ。

「……俺はこれからどうなるんだ?」

「花咲君の選択次第だろうね。シキ様は選択を間違えないから」

 不安になった花咲をつくしはフォローしてくれなかった。

「もっと安心させてくれてもいいのに」

 弱音が出てしまって、自分でも少し情けないと思うが仕方ない。何が起こるのかわからないというのは、それだけで恐怖の対象だ。

 すると、つくしは花咲を安心させるでもなく、それでいて不安を仰ぐでもないことを言ってきた。それは花咲には理解しようのないことだった。

「私が初めて会ったときに花咲君が言ってくれたセリフ、今でも覚えてる。そのときの花咲君はもっとかっこよかったよ」

 そう言われてしまうと情けなさの方が勝ってしまう。

 心を落ち着かせてから、花咲は確認してみることにした。

「ちなみに、そのときの俺はなんて言ってたんだ?」

「『一年待ってろ!』って。すべて解決してくれるんだってさ」

 確かにかっこいいかもしれないが、無責任なことをよく言えたものだと心の中で笑った。

 すると、花咲の不安も少しは和らいだ。神に何かされた訳でもない状況で、気にするだけ無駄なのかもしれない。

 深呼吸をすると、ひんやりとした空気が喉を通った。冷たいが気持ち良い。

 前を歩いていたつくしに追いつくと、二人並んでゆっくりと歩く。

 スーパーから家までは徒歩十五分ほど。もう少しでアパートに着く。

 今日の夕飯は肉じゃがだと言っていた。和食の味付けがどんなものなのか、楽しみなところだ。

「今、何考えてる?」

 つくしがこちらを見て言った。

「夕飯のこと」

「そっか。良かった」

 作りきれていない中途半端な笑顔をつくしが向けてくる。もしかすると、情けない声を出した俺を見て、心配してくれたのかもしれない。そう思うと、より一層情けないのだが。

 先ほどのやりとりを思い出そうとして、ふと花咲はあることに気付いた。

「任務終了したつくしが、どうしてまだ俺のところにいるんだ?」

 ひょっとすると、任務とはまた別に理由があるのだろうか。

 つくしは青春に憧れていると言っていた。それがもし青春と関係しているならと思って、膨らんだ感情をぶら下げたまま花咲が聞いてみるも、

「言ったじゃん。帰る家が他にないって」

 つくしの返答は変わらなかった。

「じゃあ、本当にただの居候なのかよ!」

 少しだけ期待した自分が恥ずかしくて、花咲はつくしから顔を背けた。思わず立ち止まってしまうと、つくしが覗き込んでくる。

「なーに?他の理由が良かった?」

「……いや、別に」

「本当かなぁ?」

 今のつくしは悪い顔をしていた。谷と同じ顔だ。

 つくしは歩みを早めて少し先へ進んでから振り返ってこう言う。

「ま、一年住み続けて少し愛着も沸いたしね」

 いわゆる住めば都というやつか。

「それに、とにかくさ。これまで独りだったし、寂しかったし、辛いことも色々あったけど、今は少し気分が良いんだ。花咲君のおかげだね」

「そうか」

 つくしの毛並みの整った白い尻尾が揺れている。

 花咲が指差して指摘すると、つくしは笑って取り繕った。

「風だよ」

「そうだな。心地良い風だ」


挿絵(By みてみん)


 居場所としてつくしに選ばれたのだと解釈すれば、そう悪い気はしなかった。

*** うらまるより ***

挿絵一覧URL:https://50497.mitemin.net/

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今回は、おまけ付です。さて、何のオマージュでしょうか・・・


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