第13話 識の神様
「おはよ!」
下足用のロッカーを開けたタイミングで、花咲は後ろから声を掛けられた。
振り向くと朝から声を弾ませる高梨がいた。
普段はどちらかといえばローテンションな高梨にしては、珍しく語尾にビックリマークの付きそうなトーンの声を響かせている。
違和感でしかない高梨の様子に戸惑っているのは花咲だけではないようで、その横にいる滝田は困惑気味に「どうしたの?」と高梨に尋ねていた。
「色々あってね。学校に来るの楽しみだっただけ」
「学校に来るのが楽しいって、つくしじゃあるまいし」
「つくしちゃんも学校が楽しいんだ!?」
気持ちが共有できたことが嬉しい高梨を横目に、花咲はつくしを見る。
尻尾が膨らんで左右に揺れている辺り、高梨につられてつくしもテンションが上がっているらしい。
「ねぇ、つくしさんって誰?」
高梨の調子についていけない滝田が、花咲の耳元に唇を寄せ囁くように訊いてきた。
滝田につくしの存在を教えても良いが、花咲たちをそっちのけで筆談し始めたつくしを遮るのも憚られる。
「そのうち話すよ」
「けち」
「人にはそれぞれ秘密にしたいことがあるんだよ」
そう言いながら、教室へと向かった。下駄箱から教室までは、すぐ近くにある。
自分の席に着いて鞄をおろす。クラスが違うというのに、まだ目の前には滝田が居た。つくしについてきた高梨と一緒にお邪魔する気らしい。
「由紀には話して、私には話せないとはいったい……」
「話したというか、バレたというか」
仕方がないから暴露しただけなんだが、だからといって昨日の状況を説明するのは少し面倒だった。
「私にはバレたくないんだ?……ということは、幼馴染だからかな?」
こちらを伺うように覗き込んでくる滝田に表情を読まれたくなくて、つい視線を逸らしてしまう花咲。
その様子を見て、クスクスと滝田が笑っていた。どうやらからかっていたらしい。
「そ、そういえば、バイトって週にどのくらい入ってるんだ?」
「え?ああ、バイトね。週に二回くらいかな。なんで?」
なんでかと聞かれると困る。話題を変えたかったというのが本音だが、そう言える訳もないからな。
「あのコンビニは近いからさ。滝田がバイトのときに冷やかしに行こうかなって」
「え、花咲君が!?」
「そんなに驚かなくても良いだろ。悪かったって、柄にもないこと言って」
「冗談だって」
そう言って滝田がはにかむ。
「でも、少し嬉しかったかも。わざわざ来てくれるんでしょ」
「そう言われると照れくさいけど、そういうことになるかな」
「じゃあ、次のバイトの時は声かけるよ。ちなみに、コンビニ会議の議長からの招集は絶対だから」
「ただの雑談だと思うんだけど、あれって会議だったんだ。というか、もしかして強制ってこと?」
「そうだよ。会議って言えば、どこでどんな話をしてても許される気がしない?」
「いや、しないけど」
会議とは、議論をして何かの決断を下す場ではなかろうか。どうやらお喋りの場と会議とを区別していない様子の滝田だが、大事な話でもない。どうでも良くなってしまって、とりあえずの呼び名として『コンビニ会議』と称しておこうと花咲は思った。
「そう?」
「ま、コンビニ会議ってのは、あくまでコンビニで話すからコンビニ会議なんだろ?」
「確かに!」
それっぽい言葉を並べると、合点がいったと首を忙しく縦に振る滝田。素直に納得されると、適当な発言をしたのが恥ずかしくなってくるからやめて欲しいところだ。
「修平さ、今日暇?」
そう思って返答に困っていたところで、背後から空気を読まない声が聞こえてきた。
声のした方を向くと、朝食用の菓子パンをかじる谷と目があった。
谷は花咲だけでなく、滝田とも目があったようで、二人が話し中だったことに気付かなかったのか、「今大丈夫だった?」と聞いてくる。
「いや、俺は良いけどさ」
「谷君と私の仲だからね。許してあげる」
「そうか。じゃあ、許されてあげよう」
互いに会話がふわふわしていて歯がゆくならないのだろうか。
「それはそれとして、修平、今日どこか行かないか?」
「創立記念日に行くんじゃなかったか?」
「だから、その日は俺が行けないんだって」
ふと、いつかの谷の言葉が脳裏を過った。そういえばそんなことを言っていたなと思い出した。滝田も弟の誕生日で行けないって言っていたことを思い出した。
「今日はサッカー部の連中休みらしいからさ」
「一緒に行こうってか?いやいや、俺だって今日、予定が……」
ないな。
「また、女狐の話か?」
「ちげぇよ。狐女だ」
「わかった。俺も行く」
言いながら、今も楽しく高梨と筆談しているつくしを見遣る。
後で今日の帰りが遅くなることを伝えておこうと、花咲は思った。
*
帰路に着いた時には既に八時を回っていた。
辺りはすっかり暗くなって、小さな街灯すら見上げれば眩しい。
「また寝てたりしないだろうな」
寝ぼけたつくしをベッドまで運ぶのは勘弁願いたい。
狐の姿をしているとはいえ、同い年の女子を支えるのは、年頃の男子的に来るものがある。というか来ちゃうものがある。
「アレは本当にやめて欲しい。というか、あまりにも無防備過ぎないか、つくしは」
花咲は、暗い夜道の中、立ち止まってそんなことを考える。いやいや、歩き出せよと思うかもしれないが、立ち止まったことにも理由がない訳ではなかった。
「どっちの道で帰ろうか」
我らが大平高校の脇道にある分岐点で、俺は帰路を決めかねていた。
近道だがかなり暗くてほとんど街灯のない闇路と、遠回りだが大通りに出て明るい夜道。面倒嫌いな花咲としては、近道を通りたいが決心が少し必要だった。
「よし。また、遅くに帰ってつくしを介抱することになっても嫌だからな。どうせ何か起こるわけもないだろうし」
フラグ臭い言葉を吐いて、花咲は近道することを選んだ。
夜に歩く人もそういないからか、街灯は見える限り一つだけだった。如何にも田舎道らしい。
「だから、水路に足を突っ込む人が出てくるんだよ」
そんな誰に宛てたものかもわからない文句を吐きつつ、早歩きで足を進める。
先程まで見えていた街灯の下まで、どうにか行き着いた。
「ここからまた暗いんだよな」
また少し距離を置いた先に燭光が見えはしたが、そこまで歩くのにも静けさと相まって恐怖があった。
「そうだ」
静かなら、音楽でも流しながら行こう。
どうせここを通る人など誰もいやしない。イヤホンを付けず垂れ流しにしても気に留める必要はないだろう。
再度立ち止まって、曲を探す。スクロールして購入済みのプレイリストを漁っていく——と、街灯とスマホ以外に、脇の山道で一つ光源が目に入った。
明るく照らす訳でもない、ルミネセンスとでも名前の付いてそうな微光が山道沿いを揺らめいていた。
「何アレ、怖いんだけど」
高梨はつくしのことを『妖怪』か何かだと誤解していたが、ひょっとすると、この光の主がその類なのかもしれない。神や神隠しが実在するのだ。妖怪が居ても、おかしくはない。
あの光で釣って、罠にかかった愚鈍な人間や獣たちを貪り喰らうような妖怪であれば、まず間違いなく逃げ切れないだろう。
「嫌な想像しちゃったよ」
曲を掛ける余裕すらなくなって、そろりそろりと後退する。
あの光が物陰に隠れて見えなくなった辺りで、駆け出そうと思った。
が、光が一つ、また一つと増えていく。
「嘘だろ、おい」
光が凝集して、その周囲の様子がわかるほどにまで明るくなっていた。
そうして、見えた。
否、声が聞こえて認識できた。
「やぁ、丁度一年ぶりだね、新人君」
その言葉は、頭上から聞こえてきた。
「僕は神様。識の神だ。シキと呼んで欲しい」
*** うらまるより ***
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