第14話 祠の中の境内
街灯の上、片膝を抱える様にして座りながら、こちらに手を振る少年の姿が目に入った。
「そんなに驚かなくても。久しぶりの再会なんだから、もっと喜んでくれて良いと思うな」
「お前、誰だ?いや、違う。なんでお前がここに居るんだよ」
「誰だって言われても…」
そう言いながら、少年は花咲の目の前に降り立った。
目の前で笑みを浮かべる少年は、暗くてわかりにくいが歳の離れた弟に似ている気がした。
……いや、違う。コイツは。
「小さい頃の……俺?」
「声も似てるでしょ?」
「自分の声を生で聴いたことなんかねぇよ」
「それはそうだね」
ヘラヘラと笑い続ける眼前の少年の正体は、何となく察しがついた。
否、むしろそうとしか考えられなかった。
「やっぱり嬉しいね、再会ってものは」
「俺からすれば、初対面だよ」
「そっか、そうだったね。君とは初めましてになるのかな?」
「だから、そう言ってるだろうが」
相手が小さい頃の花咲を模倣した子どもの姿だからか、先程まで感じていた恐怖が微塵もなくなって、花咲はむしろ憤りを覚え始めていた。
「じゃあ、自己紹介が必要だね」
快活に話を進める少年の存在を、花咲は後退りつつも認めた。
「僕は神様。識の神だ。シキと呼んで欲しい」
対峙するとより鮮明に花咲は理解した。纏うオーラが、つくしのそれとはまるで質が違う。
見た目は昼休みに図書室で読書していそうな物静かな小学六年生。けれども、中身はマセガキの度を超えた、如何にも『神様』な雰囲気を醸し出していた。
神を信仰せずとも、この少年を見れば神と認識できるような、形容できないオーラを纏っていた。
神気とも言えるオーラに気圧されそうになって、花咲は一度唾を飲み込む。
そうしてどうにか、神の覇気を振り払うと今一度口を開いた。
「俺は花咲修平だ。呼び名は気にしないから好きに呼んでいい」
少し語気が強くなる。
舐められたくない。舐められたらマズい。何故か、花咲の中でそんな気負いがあった。
「うん、わかったよ」
とりあえず、自己紹介フェーズは終わった。さて、これから何が始まるのかわからないが、それゆえ雰囲気が不気味さを帯びている。
シキは、一体どうして姿を晒しに来たのか、答えを求めて花咲は思考を巡らせる。
全身を撫でるように伝う寒気を危険信号と捉えたせいか、脳信号の伝達が妙に速い。今なら、百メートルを五秒で走り切れそうな気さえする。
「君がそう気構えてしまうのは仕方ないと思うよ。けれど、勘違いしないで欲しい。僕は別に君をどうこうするつもりはないんだ。ほぼ一年ぶりに君が僕の所に来たから、少し嬉しくなってしまっただけさ」
花咲の警戒心にシキも気付いているようだ。神であれば心情を読めてもおかしくはないが、と花咲が考えたところで先手を打たれた。
「そうだね。僕には君の思考が読めるよ。まあ、といっても今考えていることなら、だけれども」
「……そうかよ」
「ここで話してても興が乗らない。場所を変えようか」
「変える……って!?」
眼前の出来事に花咲は衝撃を受ける。
シキが今まで立っていた場所から一歩踏み出すと、先程まで雑木しか生えていなかった場所に、小さな石祠が見えた。
「これ、雑木じゃないよ。榊さ。まぁ、この辺りじゃ自生はしてないけれどね」
「心を読むなよ」
シキは笑顔で誤魔化す。
もし仮にシキの心が読めたのなら、その心の中でシキが「テヘッ」とでも言っていそうだ。
「自生してないってことは、わざわざ植えたのか?」
そのサカキとやらで祠を隠しているのだろうか。
「そうだね」
取り繕った笑顔をやめて、シキが肯定する。
「そうしないと、取り壊しにくる輩がいるからさ」
「神に喧嘩を売るって、大層な奴だな」
「そうだね」
「相手は?」
「当然、人間だよ。いわゆる業者だね」
聞いたことがある。土地開発や不動産売買で邪魔になった祠は撤去されるらしい。規定のお祓いさえすれば撤去して良いとか、かなり人間都合な話だ。
「そう思ってくれるだけで、気分が良いよ。じゃあ、僕は先に行ってるからね」
そう言って、彼の身体は石祠に飲まれるようにして消えていった。……ように見えた。
「何がどうなってんだ!?」
一人、祠の前で騒いでいると、石祠の開かない窓からシキが顔を出してきた。顰め面だ。
「ほら、何してるのさ。入り方は知ってるだろう?」
「わからねぇわ。だいたい、今どうやって入った?その祠の窓、縦横一メートルもないぞ」
正確には、入母屋造りをしたその祠の側面にある窓のようなものだ。少なくとも、子供とて出入りするには一苦労しそうな狭さのそこを通って、シキは祠の中へ吸い込まれる形で入っていった。正直、理屈も原理も全くもって理解できない。
と思えば、シキは悩む花咲の方こそ理解に苦しむとでも言いたげにため息を漏らした。
「何を言っているんだい?君らが普段からしていることじゃないか。どうでもいいから、早くして欲しい」
「早くしろって言われてもな。生憎と、俺は神社に行っても二礼二拍手しかしたことがねぇんだよ」
「だから、それをすればいいじゃないか」
「……は?」
いったい何を言い出すのだろうか、と呆れながら花咲は眉をひそめてシキを見つめる。
「なら、お参りでもしろってか?」
「そうだよ。おじぎを二回に、拍手を二回。瞳を閉じて心を繋ぐ。ただそれだけのことだろう?」
「いやいや、そんなことしたところで意味ないだろ」
「君なら理解してると思っていたんだけどね。まぁいいさ。形だけでもやってみなよ」
二度目のため息と催促の言葉。少し腹立たしい。
ただ、話も進まないので半信半疑で言われた通りに身体を動かしてみる。
二度頭を下げてから手を叩いて、目を瞑っても変化はなくて、「なんだよ、結局何も起こらねぇじゃねぇか」なんて文句を言おうと目を開く。
そこで入ってきた情報に、呆けたようにあんぐりと口を開け、花咲は気付いてしまった。
ここは祠の中だと。
だって、闇がない。手入れの行き届いた庭まで見える。
「やぁ、いらっしゃい。君のその表情いいね。どうだい、幻想的だろう?こんな綺麗な庭園はもうどこにも残ってないからね。目にするのは、君は生まれて初めてなんじゃないかな?」
「あぁ、すげぇな……」
確かに、それは凄まじかった。荘厳な美がそこにあった。
庭園と言えば、大抵イメージするのは京都の寺だろう。しかし、それは寺であって、少なくとも神を祀る場所で庭園を見た経験はない。
神仏習合の意味を含んでいるのか、はたまた単に和という繋がりで庭園を造っただけか。
庭園に何か意味はあるのかと尋ねて、真っ先に返ってきた答えは、したりと笑うシキのニヤケ面だった。
「そんなの僕の趣味に決まってる」
広大な庭園に置かれた小さな社殿。
その社殿の一つに、茶飲み教室でも開いてそうな昔ながらの家があった。
その家の縁側に腰掛けながら、シキは語りを続ける。
「ここは僕を祀る祠の中にある境内で、僕の自由にできる場所だ。僕は、君たち人間が作り出す美が好きなんだよ。ただ、花火を見るより花を愛でたいのが僕だからね。アート寄りの場所にはしたくなかったのさ」
「祠にアートよりは庭園の方が、確かにしっくりくるな」
あくまでアートを引き合いに出せばだが。そう思う花咲は、「だろう?」と満足気な様子のシキを無視することにして、話題を変えた。
「神様ならいくらでも自由に世の理を捻じ曲げられそうなものだけどな。つくしをあんな姿に変えたのもシキなんだろ?」
鎌をかけるように尋ねるが、シキがつくしの言う神様であることを花咲はほぼ確信していた。自らを神と名乗る奴などそうはいまい。
「そうともさ、と快く全肯定したいけれども、違うね」
やれやれと役者を気取る様にシキは首を横に振る。
「何がどう違うんだよ」
「まず、僕は神様であって、何をしても許される財閥の一人息子じゃないんだ。何でもできるからこそ制約が必要なんだよ。神の間で誓約だって結ばれてる。僕一人、その決まりを破れば、当然処断がくだされて、僕は神としての権力も能力も失うのさ」
「神の世界も結構世知辛いんだな」
「そんなのどこも同じさ」
へぇ、そりゃ残念だ。
「それともう一つ。先程の君の言葉に訂正を加えないとね」
「なんだよ」
「君は僕が彼女をあの姿にしたと言っていたけれど、それはあくまで彼女の選択故だということをきちんと認識しておいてもらいたい」
シキは膝に肘をついて、さも楽しそうにニヤッとする。嘲るようでもない、その不気味な笑みには怪しさしかなかった。
「彼女ってのは、つくしのことだよな」
「いかにも。さっき制約があるって言っただろう?神の方から誰か一人を贔屓する様に関わるのは、度が過ぎると怒られるんだよ」
「誰に?」
「他の神に」
「だから、名前すら呼べないと?さっきから、俺のことも橋崎のことも代名詞でしか呼んでないが」
左の口角だけ上げて答えるシキ。
カッコつけた返し方にイラッとくるが、それが正確に返せない故の誤魔化しなのか、ただの嫌味なのかわからないから余計に腹立たしい。たいしてカッコ良くもないし。
「まぁ、別に縛りはないさ。例えば、君や彼女は例外扱いしても咎められはしないと思う。僕のことが見えているのだからね。けれども、僕は僕と対等の人間にしか呼応する気はないんだよ。あと僕はカッコつけている覚えはないから、そこへの評価は要らないよ」
「要するに、たかが人間ごときが神に名前を呼んでもらえると思うな、とそういうことか。如何にも高慢な神らしいな」
「受け取り方は君に任せるよ。そもそもだね。神とこうして話せるなんて、普通はできないんだよ」
よっこらしょ、と落ち着けた腰を上げて、本殿のある方へ向かうシキ。何を発するでもなかったが、その背中は付いてこいと言わんばかりだった。
「どういうことだ?」
「神と話すにも資格のようなものがいるのさ。人間側にね」
「その資格って、なんて機関が発行してるんだ?」
「別に誰も。持って生まれてくるものだから」
「いや、ボケは拾ってくれ」
冗談を受け流された事に微妙にショックを受けつつも、花咲は脳内でシキの言葉を要約する。
要するに、神との会話には天性が必要ということだろう。
皆が皆こうして神との巡り合わせがあるなら、きっとこの世界に無宗教なんて存在しなくなるだろう。そう考えれば、理解できない話でもなかった。
「そうだね。天性とも言い換えられる。神になり得る器のある人間が、僕のような既に神になった存在と談笑する権利を持てるのさ」
「へぇ、じゃあ俺は将来神になれるかもしれないと?」
「そうさ!」
一段と高揚したトーンで前のめりに熱の篭った視線を向けてくるシキに、花咲は少し動揺する。
いつしか見た、異世界に女神を連れて行った凡庸主人公に爆裂魔法を勧める紅魔族のようなテンションの上がり方だった。
「ち、ちなみに、神になるにあたって、どんな条件が必要か教えてもらっても?」
「良いよ」
そう口にしながらシキが足を止める。どうやら本殿に着いたらしい。
「二つある。まずは、神を信じる才能を持ち合わせていることだね」
その言葉に違和感は覚えなかった。神になれる素質を持っていれば、神と話せる。当たり前のことのような気がする。
「二つ目は?」
「僕の所有物たる神器を認識することだよ。会話するにも、神を認識してもらわないといけないからね」
そう言われて、花咲はつくしの言葉を思い出した。
神器が見えるようになると、それが通行手形のように神の存在を認識できるようになる。
その時に覚えた恐怖心を思い出して、背筋が一瞬ひりついた。
花咲の心情を読んだシキが袖口から取り出した一冊の本に目が奪われる。それは、滝田に振られたあの日、高校の図書館から借り出していた蔵書【大平の七不思議】だった。
「どうしてシキが……?」
「どうしても何も、僕の神器だからね。手元に置いておくのも、どこかに出現させるのもお手の物さ。ずっと彼女に貸していたけれど、もう貸しておく理由はなくなったからね」
花咲にシキの神器を認識させる。それが、つくしがシキから与えられていた任務だった。その任務が完了したから、貸し出す理由もなくなって【大平の七不思議】を回収したわけだ。
「魔法の道具みたいだな。好きな場所に出現させたり、手元に戻したりできるのは、神器なら何でもできるのか?」
「そういう訳でもないよ。場所が限られるものもある。例えば、奥に見える小さな社も僕の神器の一つだけれども、この境内でしか使えない代物さ」
シキの指差した方向を見る。
粒の細かい砂利の敷かれた地面に囲まれた大きな本殿の隣に、小さい物置のような社が建っていた。
そのやり取りの中で、花咲はふと思い出した。
「高梨がつくしを認識できるようになったのはどうしてだ?」
つくしも神に近い存在なわけで、神を認識するための条件として神の所有物たる神器を認識しないといけないなら、高梨がつくしを認識できたことの説明がつかないような気がした。
「彼女の場合は、まだ神になったわけではないからね。認識してコミュニケーションを取るだけなら、誰だってできるよ。ただ、視認するためには神器を認識しないといけないだろうけれど」
「神器を見るためには、どうすりゃいいんだ?目の前で振って見せて、ここに神器があるぞって教えてやれば、高梨でも見えるのか?」
「君の幼馴染にそこまでの素質はないよ。それに、神器を認識するためには、きっかけが必要だ」
「キッカケ?」
「そう。視野が広がったタイミングとも言える。君の場合で言えば、精神的ショックかな」
確かに、滝田に振られた日とつくしを認識できた日は同日だった。
「お腹が痛い時に神に願ったことはないかい?試験の結果が告知される前に、手をスリスリしたことあるだろう?それで何かが変わる訳でもないのに」
言われてみれば、不自然な話だ。
普段から神など信じてもいないくせに、誰に届いているのかもわからない神頼みをしてしまうものだ。
「人ってのは現金なもので、何かしらのショックを与えられたときに神を信じようとするものなんだよ。お腹が痛い程度の小さなショックで神器を認識できる者もいれば、もっと大きな事態に巻き込まれて認識する者もいる。どちらにせよ、大事なのはきっかけが与えられたタイミングで人は神を認識できるということだね」
「それなら、つくしも何かショックな出来事があって、シキのことを認識できるようになったのか?」
「そうとも言えるかもしれない。ただ、彼女の場合は、才能も大きく影響しているだろうね」
「才能ねぇ。ぶっちゃけ、その才能っていうのが、いまいちピンと来てないんだよな」
「神を信じる才能っていうのは、本当に才覚のことなんだよ。信じることができる、っていうのは大きいことなのさ。彼女はその才能がとてつもなく強かったから、僕の神器を認識せずとも、最初から僕の声が聴こえてたよ」
「へぇ」
信仰心の強さのようなものなのだろうと、花咲は納得する。
その時だった。
リンッと、鈴の音が境内で鳴り響いた。澄んで硬質な響きでありながら、重厚感も併せ持つような不思議な音色だった。
「彼女が来たようだね」
「彼女って?」
「君の家の居候さ。君を迎えに来たんだよ」
状況を汲み取れずに、花咲が首を傾げる。
「まあ、とりあえず今日はここでお開きということだね。ここでのんびりしていると、現実世界に戻ったときに君はとんでもない損失を被ることになるから」
そう言われても理解はできなかったが、このまま長居すると自分が損をするため、シキが気を遣って言ってくれているのだろうということだけは、花咲にも伝わった。
「戻った方が良いのはわかったけど、どうすれば良いんだ?」
「目をつぶって願えば良い。現実世界に戻ろうと願えば、あの石祠の前に出るよ。きっと彼女もそこで君を待っているから」
言われた通りにお祈りポーズを取る。目をつぶった花咲に「そうだ」とシキが声を掛けてきた。
「次に君が来た時、僕の神器の一つである、あの社を案内してあげるよ」
「なんだよ、いきなり」
「僕は未来を見通す神器も持っているからね。君に見せると良いことが起こるようなんだ。お互いにね」
「俺がまたここに来ることが確定しているみたいな言い方だな」
「いや、それは確定していないんだ。だから、今言った。君には近いうちにここへ来ることをお勧めするよ」
おそらく嘘は言っていないのだろうが、意図が読めないものは疑ってかかってしまうもの。花咲も半信半疑でありながら、念のため心に留めて置くことにした。
「わかったよ。それじゃ」
花咲が手を合わせて目をつぶる。すると、
「あの」
再びシキの呼び止める声がした。
「今度は何だ?」
つい無意識に言葉を尖らせて花咲は尋ねてしまう。
振り返ると、今度は笑顔のシキがそこに居た。
「今日は楽しかったよ。良ければ、また話したいところだね」
そこに在ったのは、マセガキの憎たらしいニヤけ面ではなくて、遊んでくれた近所のお兄さんに向けるような、可愛らしい小学生男児の笑顔だった。
なんだよ、調子狂うな。
「こんな夜更けじゃなけりゃ、いつでも相手してやるよ」
「そう言ってくれると思ったよ。流石、僕のお気に入りだ」
お気に入りって言葉に引っ掛かりつつも、花咲は現実世界へと帰還した。
*** うらまるより ***
挿絵一覧URL:https://50497.mitemin.net/
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