第11話 明晰夢と紙束
今回は一人称視点と三人称視点を織り交ぜながら書いています。読みにくいかもしれませんが、ご了承のうえお楽しみください。
【花咲修平(一人称視点)】
エレベーターで降りるときのような変な浮遊感に襲われて、気付くとそこは暗い我が家だった。
1DKの間取りは暗くても見紛えはしない。
時刻は夜中の零時を回っている。
暗がりの中、スマホの光が一人の男の顔を照らし出した。
「(俺?)」
電気も付けずにベッドの上に横たわる少年は、寝巻き姿でスマホを弄る花咲修平の姿をしていた。
その花咲は俺に気付く様子はない。
なんだか不思議な感覚だった。自分の怠惰な一面を見せつけられているようで、少し目を逸らしたくなる。
タイムトラベル作品で過去の自分を見る主人公は、こういう気分なのだろうか。
不快感が募って、俺は目を背けた。
つもりだった。
「(えっ、動かない)」
目線は変わらなかった。否、変えられなかった。
俺の身体はまるで金縛りにあったかのように動いてくれない。ずっと寝こける花咲を見つめたままだ。
自分の体がやっと動いたと思えば、胸元を弄ってペンと紙を取り出した。何かをささっと書いて花咲に見せるが、特に起こることはなかった。
何の反応も見せない花咲の様子に深く溜め息を吐きながら、俺の体は床に敷いてある客用の布団にもぐりこんでいた。当然、俺自身の意思ではない。
「おやすみ」
俺の口が独りでに動いて、そう発音した。
「(俺が俺に添い寝をしている。パワーワードが過ぎるだろ)」
心の中で突っ込むものの、状況は変わらない。思い通りに動かない身体が焦れったくて、無理矢理にでも布団を蹴飛ばそうと必死に力を入れていると、またも浮遊感に襲われて——
——数度瞬きすると、そこは大平高校の体育館に変わっていた。
「(……は?どうなってんだ?)」
今、俺が立っているのは喧騒とした体育館の出入口。どうやらバスケットボールの試合が行われているようだ。
体育の授業にしては、ギャラリーが多すぎる。体育科の教師以外も見に来ているということは、球技大会だろうか。腕組みをしている担任の湯口の姿も見えた。
「おい、花咲。そっちにボール行ったぞ!」
「あぁ、わかってるよ」
クラスメイトの一声にコート上でプレーする花咲が返事をする。
「(俺って、こんなにも動き遅かったのか)」
当然だが、自身のプレーを見るのはコレが初めて。少し自信のある競技だったんだが。
人知れずショックを受ける俺だが、周りが盛り上がっているとテンションは高くなってくるもので。体育館中に響き渡るクラスメイト達の活気あふれる声援につられて、俺も声を張り上げようと……するも、声は出なかった。
ここでも俺の身体に自由はないらしい。
「花咲、パス!」
その声に応じるように花咲は谷へボールをリターン。パスを受け取った谷がスリーポイントを決めると、盛り上がりは最高潮だ。
突如、目の前に立っていたハイテンションの女子が振り向いてきた。滝田たちと仲の良い吹部の女子だ。名前はなんだったか。
その女子は目が合うと、ハイタッチのポーズを取る。残念なことに俺は構えるどころか手を動かすことすらできないのだが。
しかし、その吹部の女子は、こちらの様子を気にすることなく手を伸ばしてくる。
その手を急いで避けるように体が右へ動いた。
彼女はもともと俺の後ろにいた女子とハイタッチをすると、ピョンピョン跳ねながら喜びを表現している。
焦点を合わせれば、一緒にハイタッチして喜んでいたのは滝田だった。その横に高梨もいた。
すぐ横に俺がいるというのに、話しかけてはこなかった。
もう一度、攻撃権が移って、花咲にボールが渡ってきた。そのボールを今度は谷へ回す。
試合時間は残り十秒。点差は二の二が一の二に一点リード。花咲は二の二所属。このまま、ただボールをキープするだけでも勝てそうだ。
「(……いや、待てよ)」
俺は知っている。この状況に既視感がある。
俺はどうしてこうなったか、これからどうなるのかまで詳細に思い出すことができることに、今更ながら気が付いた。
「(そうだ。これは去年の体育祭の……)」
これは当時、一の二の代表として出たバスケットボールの決勝の光景だ。
俺のパスを受け取った谷が、今から放つスリーポイントを外すのだ。そのリバウンドで弾かれたボールを無理に取ろうとして、俺は右足を挫くことになる。
ただ、ラインを超えそうになったボールを俺がどうにかすくい上げると、受け取った谷がゴールを決めて、そんなドラマみたいな逆転勝利にクラスメイト達が嬉々として騒ぎ出すのだ。
俺はただ痛みに呻きそうになるのを堪えて、谷の「大丈夫か?」って声に作り笑いでこう答える。
「大丈夫だって。それより俺の好プレー、ちゃんと見てたか?」
「バーカ。最後決めたのは俺だっての」
勝利のハイタッチは、クラスメイト達に邪魔されて上手くできなかった。
そこまで思い出すも、どうしようもないのも事実だった。動けないのだから。
ボールが弾かれる場所は知っている。そこで谷にパスを最後出せば、花咲は怪我無く終われる。
「(早く動けって!!)」
プレー中の花咲に叫ぼうとしても、俺の口は動かない。外れるスリーポイントとリバウンドを目で追うだけだ。
花咲がやっと動き始めたのは、リバウンダーがボールを取り損ねてから。花咲の動きは俺の記憶を完全にコピーしていた。
足首がグキッと音を立てる瞬間を俺は見逃さなかった。あれが治るのに二週間は掛かるのだ。当時掛かった医者によれば、応急処置が更に遅れていたら完治までその倍の日数が掛かる程度には、靭帯が痛んでいたらしい。
記憶と違わぬ形で一部始終がなぞられる。故に、この後に起こす行動だって、過去と変わってはいなかった。
「これにて、午前の部は終了となります。午後一時から女子バレーボールの決勝を開始しますので、選手の方は十五分前までに各コートにお集まりください」
試合が終わって興奮冷めやらぬクラスメイト達が、アナウンスを聞きながら教室へ戻っていく。
一刻も早く挫いた足首を冷やしたかったはずだが、花咲は何も言わない。盛り上がった雰囲気に水を差すことは気が引けて、帰宅するまで痩せ我慢をしているのだ。我ながらバカだと思う。
すると、それまでじっとしていた俺の体がやっと動いた。
向かったのは保健室。胸元をまさぐって紙とペンを取り出すと、氷嚢と固定具をくださいと一筆して養護教諭に渡す。養護教諭はそのメモを見ると、そのメモの指示通りに棚から氷嚢とその固定具を取り出して渡してきた。
「(俺のこと、見えてるのか?)」
しかし、会話は一切ない。氷嚢を手渡してくれただけで、目線も合わなかった。
俺は養護教諭に一礼すると、痛みに耐える花咲のもとへと向かった。
花咲は教室に居た。できるだけ平静を装おうとしているのだろうが、会話に混ざりながら右足をかばっている。
花咲の足に氷嚢を当てようとしても、もがく花咲に苦戦する。
「ほら、動かないでじっとしてて」
初めて言おうとした言葉と口にした言葉が一致した。上擦った声だった気がするが、そんなことより花咲だ。
やはり花咲には聞こえていないようで、動きを止めてくれない。養護教諭にしていたように、紙に書いて筆談を試みてみるも効果はなかった。
あまりにもジッとしていてくれない花咲に、俺がイライラし始めていると。バチンッとクラス中に響き渡るほど豪快に、俺は花咲の頬をビンタした。
当然、俺の身体が勝手に動いただけだが。強引にも程がある。
急な痛覚に戸惑ったのだろう。花咲の動きは見事に止まっていた。
その間に、俺は手際よく花咲の足首に氷嚢を巻き付ける。
「よし、終わり」
固定具合を確かめてから立ち上がると、俺はそのまま教室を出た——
——瞬間、再度浮遊感が全身を襲ってきた。
浮遊感が収まって、いの一番に見えてきたものは、山と積まれたオレンジの山だった。単価で百二十の値が付いている。
どうやら買い物中らしい。買い物用カートが目の前でガタゴトと揺れている。
そのカートを押しているのは、俺ではなく花咲だった。俺は俺と一緒に買い物に来ている絵面は、外から見るとどう見えるんだろうか。
もはや確認するまでもないが、この場面でも俺の身体は思い通りに動かせない。
そんな俺は、意思とは無関係に、花咲が押すカートへ食材をひょいひょいと積み上げていく。
オレンジも入れるのかと思いきや、手に取るだけで結局は戻してしまった。一つくらい買っても良さそうだが、再度拾いあげることは叶わない。
意思に反する自分自身の身体。所感は、夢でよくある思い通りにいかない現象のそれに近い。
身近な場所に突如現れたライオンや恐竜に襲われて、何度もすっ転んで食べられそうになったところで目を覚ますあの現象。夢の中でくらい超人的能力を発現させても良いだろうに、どんな夢でも妙にリアルさを求める辺りが俺らしい。
……そうか。これは夢なんだ。
夢と捉えれば、色々と納得がいった。
現実味のある花咲の私生活を覗き見るような体験に、自由の利かない身体。その二つが同時に叶うとしたら、それはもう夢の中でしか考えられない。
自覚するのは初めてだった。いわゆる明晰夢というものだ。
気付いたところで劇的な変化がある訳でもないが、思い通りにいかないもどかしさが少しは解消された気がした。
しばらく歩いていると、それまで一緒に回っていた花咲が俺の身体が向かおうとする先と別の方向へ歩きだしてしまった。慌てて花咲を追いかけると、カートを掴んでグイッと無理やり方向転換させる。花咲も押していたカートが見えていない誰かに持っていかれて驚いたのだろう。慌てた様子だったが、俺がしたように無理やりカートを持っていくことはせず、俺の後ろを付いて歩いてきた。
調味料のコーナーへやってくると、俺の体は懸命に何かを探しながら、ぶつくさ呟いている。
すぐに見つからなかったからか、近くにいた店員を引き留めると、またも胸元からペンと紙を取り出して、乾燥バジルの陳列棚まで案内するよう走り書きしたメモを見せる。
店員は、何も言わずに案内をしてくれた。
最後にデザートのコーナーに差し掛かって、プリンが目に入ると俺の足はそこで一時停止した。手に取って買い物かごへ入れようとするが、思い悩んだようにその手を止めた。デザートに興味のない花咲の横顔を見るとため息を吐きながらそれを元の位置へ戻す。
結局、そのままレジへと向かうと、花咲が会計を終わらせる。食材の入ったマイバッグを片手に帰路へ着く花咲の後を、俺の体は急いで追った。
家に到着して、アナログ式の鍵を開けると、花咲に続いて中に入る。
ただいま、と言ったのは俺。当然、返事など誰からも返ってこない。
俺が今発した声を聞いて、ふと不自然なことに気付いた。
裏返った訳でもないのだが、どうにも俺の声にしては高音過ぎる。
女性の声音なのだ。
口調に聞き覚えはあるのだが、声質に聞き覚えはなかった。つくしでもなければ、滝田でも高梨でもない。
一体、誰の声なのか思い出そうとしていると、既に慣れ始めた例の浮遊感が襲ってきて——
——次の場面では、俺は料理中だった。カレールーを溶かしている最中だ。カレー特有の風味が食欲をそそってくる。直後、玄関の鍵が開けられる音がして、鍋をかき混ぜる俺の手が自然に止まる。制服姿の花咲が見えた。丁度帰宅してきたタイミングなようだ。
「おかえり」
俺の口が勝手にそう言っていた。
花咲は俺の声に反応することなく荷物を床に放り投げると、制服を脱いで自室のベッドにダイブする。
スマホを手に、ベッドの上でダラダラと過ごし始めた。自堕落で生産性のない日頃の過ごし方だ。
基本的に家に居る間は、スマホの画面を見ながら食事時までのんびりするのが日常の一コマだった。つくしとの共同生活が始まってからは、あまりそうして過ごすことはなくなったが。
「できたよ~」
自室で寝転がる花咲に声を掛けるが、反応はない。俺の体は迷いもなく動き始め、花咲からスマホを取り上げると、リビングまで持って行ってしまった。
ベッドから起き上がってきた花咲は、行儀悪く、スマホで動画を流しながら盛り付けられたカレーを食べる。
「美味しいでしょ?」
俺から花咲に聞いてみるが、花咲が俺に一瞥をくれることは一切なかった。
「いつか花咲君を唸らせるのが私の目標なんだ」
切なそうな声で俺が言う。返事のない相手にずっと話しかけ続けるのは、結構悲しいもので、実際俺は心が折れかけていた。もう会話を望むだけ無駄なのではないかと、自分に言い聞かせるが、俺の体が諦める様子はなかった。
その後も話題を振る俺と返事をしない花咲の構図が続き、食べた皿を後片付けするでもない花咲に向けて、俺はまたメモを走り書きして見せながらこう言った。
「今度は感想聞かせてね?」
何故か、つくしの浮かべる作り笑いが目に浮かんで泣きそうになっていると、再度浮遊感とともに場面が移り——
——俺はやっと目が覚めた。
*
【三人称視点】
瞬きを数度して、見える天井が自室であることを確認する。
これは本当に現実かどうか怪しいものだが、自由に瞬きできることが明晰夢を抜け出れた証拠と言えよう。
時間を確かめると、まだ朝の五時だった。二度寝しようかと思ったが、花咲は明晰夢のことがあってなかなか寝付けない。
水でも飲もうと思いベッドから起き上がると、テーブルに置かれた紙束が見えた。
昨晩、寝る直前に拾い上げたものだ。手に取って何が書かれているのか確認して、花咲は唖然とした。
『おやすみ』
『氷嚢と固定具をください』
『乾燥バジルの陳列棚まで案内して』
『料理の感想を聞かせて』
それらの紙には、夢の中で花咲が書いたすべてのメモの内容と一切相違のない文言が書き連ねられていた。
*** うらまるより ***
挿絵一覧URL:https://50497.mitemin.net/
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