第10話 第一回コンビニ会議
「あれ、花咲くんじゃん。どうしたの、こんなところで?」
滝田は初め驚いた様子を見せたが、固まる花咲を見ると少し笑いながらそう言った。
「アイス買いに来たんだよ。滝田こそどうしたんだ?」
「バイト上がりなんだよ」
グッドポーズを作って見せつけてくる。その意図がわからずに花咲が瞬きしていると、何がわかったのか、ハッとした表情をしながらもう片方の手でもグッドポーズを作ってきた。
「それ、何のアピール?」
「今日も頑張ったよってアピール」
「そうだな、えらいえらい」
「もっと褒めていいよ」
然程、感情を込めて言ったつもりはないのだが、滝田は嬉しそうだ。
「滝田ってバイトしてたんだな。意外だわ」
制服で帰ろうとしている姿を見ればわかる通り、滝田は学校から直接バイト先に来たのだろう。部活が終わった帰り道、その足でバイトしに来たのだ。
さぞ大変だろうと、そう思った。
「それは不器用そうってこと?」
花咲が発した「意外だわ」の意図が汲み取れなかったのか、滝田が首を傾げながら言った。
「そうじゃなくて、部活と両立しながらバイトするって大変じゃないかなってこと」
「あ、そういうことね!うーん、確かに大変だけど、私のところ片親だからさ」
結構重たい地雷を踏みぬいた音がした。
花咲が言葉を選んであたふたしていると、「気にしなくていいよ」と滝田がフォローを入れてくれた。
「大学には行きたいし、三年生になったら、バイトなんてしている余裕ないかなぁって」
「二年になったばかりなのに、今から進路の準備ってすげぇな」
今を生きることに必死な花咲にとってみれば、偏差値が十くらい上の学校の生徒に思えてくる。つくしといい、滝田といい、どうしてこうも向上心が高いのだろうか。
「こんな近くでバイトしてるなんて、思わなかったわ」
現実を見せつけられているような気がして、誤魔化すように花咲は話題を逸らした。
「ま、始めたのは二年生に上がってからだからね」
「そうなんだ…」
せっかく話を逸らしたのに、続ける材料を花咲は持ち合わせていなかった。
何か話す材料はないかと脳内の引き出しを引き抜き始めるも、こういうときに限って大抵中身は空っぽなのだ。
結局、花咲が次の会話の種を見つけるより先に、滝田が「そういえばさ」と会話を始めてしまった。
滝田は花咲の手元を覗き込みながら続ける。
「何のアイス買ったの?」
「ああ、チョコミントのカップアイスだよ」
「二つとも同じ味だね」
やべ、と花咲は声に出そうになる。まったく同じ二つのアイスを買うことなんて、普通しないだろう。またも脳内の引き出しのどこかに適当な言い訳がないかと探していると、
「よっぽどチョコミントが好きと見た」
そう勝手に納得されていた。滝田の立てている人差し指がピンと張って、まるで探偵気取りだ。
「……そんなところ」
「その紙袋は?」
「高梨のお母さんから、明日の朝飯用にって」
「へぇ、由紀の家に行ってたんだ」
「野暮用でね」
「そっか。野暮用か」
クスッと滝田が笑う。絵になるほど可愛らしい笑顔だ。
ふと、花咲は思い出したように口にした。
「そういや、六月六日って空いてるか?」
「ごめんね。その日は弟の誕生日だから、行けないんだよね。由紀にも誘われたんだけどさ」
そういえば前に弟がいると言っていた気がする。名前は確か、滝田光太郎。高梨もコウちゃんとか呼んでたっけな。
「そっか。それは残念だな。また今度忙しくないときにでも」
「そうだね。いつも通り気にせず誘ってよ」
「じゃ、今日もこの辺でお開きにしようか」
「うん、そうだね。じゃあ、はい」
何のことかわからずに首を傾げると、
「花咲君も」
と言いながら、両手の平を上に向けるポーズを取って、花咲にも同じようにするよう目配せで催促してくる。
実際に、そのポーズを花咲がすると、
「それでは、第一回コンビニ会議を終了します。では、お手を拝借。よおっ——」
ポン!と手を叩いた。遅れながらも花咲も手を叩く。
色々ツッコミどころはあるが、滝田的にこれは会議だったんだろうか。井戸端会議みたいなものだろうか。
「これ、第二回とかあるの?」
「あるよ。きっと」
自信を持ってそう言われると、そんな気がしてこないでもなかった。
「送って行こうか?」
つくしにするように自然と花咲は提案していた。
「いいよ。家近いし」
「そっか」
つくしだったら、「一緒に帰りたいの?」とか聞いてくるんだろうなと思った。
*
コンビニ会議から帰ってきたら、眠い目をこするつくしが「おはよう」と出迎えてくれた。
「まだ朝じゃないですよ、つくしさんや」
「ごめん、うとうとしてて。ちょっと寝ちゃった」
寝起きだから、おはようなのか。
「ほら、アイス買ってきたぞ。それと、高梨ママから惣菜とか炒め物ももらってきた」
「どういうこと?コンビニに行って惣菜もらってくることなんてあるの?」
「高梨の家に課題の答えを借りに行ったんだよ。そしたら、高梨のお母さんがくれたんだ。一人暮らし大変でしょう?ってな感じで」
「わざわざ答え貰いに行ってくれたの?」
「まあ、そうだね」
つくしは数度瞬きを繰り返すと、花咲の眼前に来て彼の頬を突如つねり始めた。
「い、痛いっす。つくしさんや。あの…マジで痛いんで勘弁を…」
「あ、ごめん。君…花咲くん…だよね?」
「俺、右手に寄生されたりしてないから。大丈夫だから」
というか、つくしも漫画を読んだりするんだな。かなり古い漫画だけど。少し意外だった。
「もしかして、私のために取りに行ってくれたの?」
「そうだけど、そう言われると気恥ずかしいから止めてくれ」
つくしからの感謝を求めて行動したつもりはない。動き出したら、ブレーキを踏む機会を見失っただけに過ぎないのだ。
「そっか。ありがとう」
だから、そんな顔をされると、湧き上がる感情を処理できなくなるから止めてくれ。
「あ、照れてる」
花咲が顔を背けたのを見て、つくしが指摘してくる。
「うっさい」
「照れてるのも恥ずかしくて誤魔化してる」
「いちいち俺の内心を実況しなくていいわ」
フフッとつくしが綺麗に笑った。毎度思うが、笑顔を美しいと思わせるのは才能だと思う。
滝田の無邪気な笑みとはまた違った、女性らしさを纏った笑みに、思わず見とれてしまいそうになる。
「もう寝ようとしてたのか?」
誤魔化すように花咲が言った。
「そうそう。眠くなっちゃって。誰かさんもいないから、話し相手もいなくてつまんないし」
「ごめんて。一緒にアイス食ったら寝るか?」
「仕方ないなぁ」
アイスを買ってきたのも、答えをもらってきたのも花咲なのだが、つくしが許す立場らしい。どこまでも調子のいい狐だ。
雑談しながら過ごしていると、結局寝支度を済ませるまでに一時間かかった。
「ねむ…」
歯磨きしながら寝かけるつくしをゆすり起こし、どうにか布団を被らせる。
「電気消すぞ」
俺の言葉を半分も聞かずに、つくしはむにゃむにゃ言っていた。こりゃ、一分と経たずに寝るな。
そのときだった。
花咲の視界の端に何かが映った。つくしの布団の近くに白い何かが落ちていた。
踏むとマズイかと思って手で拾う。
見ると、既に走り書きされた紙束だった。
つくしのメモ帳だろうか。
「つくし…って、もう寝たのか」
呼びかけるも、静かに寝息を立て始めたつくしを起こす気にはなれず、机の上に置いておく事にした。何が書かれているのか気にはなるが、勝手に見るのは流石に憚られる。
「明日にでも、聞いてみよう」
そう思って、花咲は誘われるように眠りに着いた。
*** うらまるより ***
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