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0章五話 守れる男

 それから約七年半。


 ライトは能力の使い方を学びながら、雨の日も雪の日もヴォルケニア式トレーニングを続けた。


 十八歳になったライトは、背が高く、筋骨隆々の青年へ成長していた。


 本人は知らなかったが、その顔立ちも体格も、父のガレスによく似ていた。


「ライト兄! 今日は何のトレーニングをするの?」


 村の少年、オルテが声をかけてくる。


「今日は胸だな! 大胸筋を絶賛筋肥大させる時期だから、限界まで追い込むぞ! オルテもやるか?」


 オルテは苦笑した。


「嫌いじゃないけど、ライト兄は相変わらず暑苦しいね。今日は用事があるから、やめておくよ」


「努力と根性が俺のモットーだからな! 残念だが、また今度だ!」


「うん。また今度ね」


 オルテは手を振り、森の方へ走っていった。


 その背中には、小さな袋と結界を張るための杖があった。


 ライトは首を傾げたが、深くは気にせずトレーニングへ戻った。


 その日の夜。


 ライトとフィーナが夕食の支度をしていると、外から騒がしい声が聞こえてきた。


 家を出ると、大勢の村人が集まっていた。


 その中心にいたフィーナの娘、ピーナが駆け寄ってくる。


「大変なの! オルテが、いつもの時間を過ぎても帰ってこないの! お母さんの家には来てない!?」


「来てないさね。ピーナ、まずは落ち着きな」


 フィーナは娘の両肩を掴んだ。


「ライト。今日、オルテを見なかったかい?」


「昼に会ったよ。トレーニングに誘ったけど、用事があるって断られた。それからは見てない」


 ライトは、オルテが持っていた小さな袋と杖について話した。


 ピーナの顔から血の気が引く。


「明日、私の誕生日なの……」


 その場へ崩れ落ちる。


「最近、オルテが何度も欲しい物はないかって聞いてきて……私、デビルウルフの爪で作ったペンダントが欲しいって言っちゃったの」


「デビルウルフ?」


 フィーナの表情が険しくなる。


「この森の最外周に縄張りを作っている猛獣じゃないか! どうして、そんな危険なものを欲しいなんて言ったんさ!」


 ピーナは泣きながら答えた。


「病気で亡くなった夫が、一番好きだと言っていた猛獣なの……。デビルウルフの爪を身につけていれば、あの人がまだ近くにいるような気がして……」


「だからって、オルテに取ってこいなんて言ってないだろう?」


「もちろんよ! 無理だろうと思って、軽い気持ちで言っただけで……」


 ピーナは両手で顔を覆った。


「でも、あの子、最近ずっと自分の結界なら森の奥でも身を守れるって言っていたの。ライトみたいに強くなって、私を守れる男になりたいって……」


 ライトは奥歯を噛んだ。


 フィーナは泣き崩れるピーナを静かに抱き締めた。


「ピーナ。オルテは私が必ず連れて帰ってくる」


「お母さん……」


「お前は、あの子にとっていなくちゃならない存在さ」


「でも、お母さんが行ったら……!」


 フィーナは娘の言葉を遮り、笑った。


「気にすることはない。オルテは私にとっても大切な孫だ。それに、私はもう十分長く生きたさね」


 ライトがフィーナの肩へ手を置いた。


「そんなことを言うなよ」


 フィーナが振り返る。


「フィーナは、俺にとっても母親みたいな人なんだから」


 フィーナは目を見開き、溢れそうになった涙を必死に堪えた。


「ピーナも心配するな。オルテは俺が絶対に連れて帰ってくる。それに、オルテは結界を張れるんだろ? 俺が見つけるまで、きっと耐えてくれてる」


「駄目さね!」


 フィーナは涙を拭い、ライトへ怒鳴った。


「息子同然のお前が死にに行くのを、黙って見過ごせるわけがない! やっぱり私が行く!」


「ありがとう、フィーナ」


 ライトは穏やかに笑った。


「でも、俺は強いから、安心して待っててくれ」


 拳を握り、額へ当てる。


 思い浮かべたのは、十六歳の誕生日だった。


 村の女の子たちが、菓子や手紙を持ってきてくれたこと。


 村人たちから、頼れる青年になったと褒められたこと。


 フィーナが「随分と人気者になったね」と笑ったこと。


「村でモテた雷! バレンタインライトニング!」


 天空から落ちた雷が、ライトの身体を包み込んだ。


 全身に電気が巡り、筋肉の限界を超えた力が湧き上がる。


「夕飯は、ご馳走を作って待っててくれ!」


 ライトは地面を蹴り、一瞬で森の奥へ姿を消した。


「待ちな、ライト!」


 フィーナの声は、もう届かなかった。


 ライトは森を壊さないよう、枝や幹を足場にしながら木々の間を駆け抜ける。


 しばらく走ると、デビルウルフの遠吠えが聞こえた。


 声を追った先には、デビルウルフの群れがいた。


 その中心で、オルテが泣きながら結界を張っている。


 巨大な主が、何度も結界へ体当たりしていた。


 無数のひびが入り、今にも崩れそうだった。


「オルテ!」


「ライト兄!」


 ライトに気づき、オルテが泣き叫ぶ。


「ごめん! 俺が馬鹿だった! 結界があれば何とかなると思ったんだ! 母さんを守れる男になりたくて……!」


「反省は帰ってから聞く!」


 ライトは群れの前へ立った。


「今は結界を解くな! 絶対にそこから出るんじゃないぞ!」


「でも、ライト兄まで死んじゃうよ! 逃げて! 母さんには、ごめんって言っておいて!」


「馬鹿! 直接言わなきゃ意味がないだろ!」


 ライトはデビルウルフの主へ顔を向けた。


「帰ったら、勝手に危ない場所へ来たことをピーナに謝れ! それで明日、ピーナにちゃんと誕生日おめでとうって言うんだ!」


 主が唸り声を上げ、ライトへ突進してくる。


 ライトは巨大な頭を片手で受け止めた。


「俺は、食べもしないのにお前たちを殺したくない」


 主が牙を剥いて噛みつこうとする。


 ライトは横へ回り込み、攻撃をかわした。


 足元には、古くなって抜け落ちた爪や、戦いで折れた爪が転がっていた。


 デビルウルフの爪は定期的に生え替わり、巣には古い爪が残される。


「俺たちが欲しいのは、抜け落ちた爪を一本だけだ」


 ライトは持ってきた袋を開き、木の実と魚を地面へ置いた。


「これと交換してくれないか?」


 しかし、興奮した主は聞く耳を持たず、再び襲いかかってくる。


「……そう簡単にはいかないか」


 ライトは攻撃をかわし、主の腹部へ拳を叩き込んだ。


 殺さないよう、力を抑えた一撃。


 主は数メートル吹き飛び、木の幹へ激突した。


 意識はあるが、起き上がってはこない。


 群れのデビルウルフたちも、主が倒された姿を見て距離を取った。


 ライトは両手を下げる。


「悪かったな。これ以上は何もしない」


 月明かりを反射し、ダイヤモンドのように輝く爪を一本拾った。


 自然に抜け落ちたものだった。


 代わりに、主の手が届く場所へ木の実と魚を置く。


「これ、もらっていくぞ」


 主は唸り声を上げたが、追ってはこなかった。


 ライトはオルテの元へ向かう。


「もう大丈夫だ。結界を解いていいぞ」


 オルテは結界を解いた瞬間、膝から崩れ落ちた。


 ライトはその身体を背負う。


「俺の能力の効果が切れる前に村へ帰るぞ。しっかり捕まってろ!」


「うん……ごめん、ライト兄……」


「謝る相手は、まずピーナだ」


 ライトは地面を蹴り、ダンベル村へ向かって走り出した。

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